76話 ワイバーン討伐作戦 4
本隊と別れて早数十分、俺達はリーダーのクルツさんの後ろにつき、ワイバーンの巣の山岳を進んでいた。
彼の手には大まかに書かれた地図が、握られている。
それは数十年前に起きた、同じような事件の救出部隊の生存者が残したこの山岳の地図だそうだ。
と言っても、既に何度も何度も書き写されているため信憑性に欠けるらしい。
その地図の大半も“図”より“文字”で記されている。“〜の形の岩の後ろに〜の形の岩がある。そこを左に曲がったところで真新しい2人分の遺体を発見”と言った感じだ。
正直頼りないが、闇雲に探すよりかはマシだろう。
「! 全員岩陰に隠れろ」
アベルさんの指示で岩陰に隠れると、大きな影が目の前を横切った。
きっと、今真上をワイバーンが飛んでいるのだ。手を口に当てて息を殺す。
「……よし、行ったな。行くぞ」
そっと頭上を確認する。そこにワイバーンはいなかった。
な、なんだか……ホラー映画の中にいる気分だ。見た事無いけど。
胸をなで下ろすのと同時にそう思った。
敵がいつどこで襲ってくるか分からない上に、その姿は遠くから見えただけで実際に確認したわけでは無い。というのはホラー系の定番だ。
しかし、今は作り物のお話などでは無く、本当に死んでしまうかも知れない現実にいるという事実。
今まで感じたことのない緊張感と恐怖……。
先程から動悸が激しく、冷や汗が止まらない。
「……全員止まれ」
胸に手を当て激しい心臓の音を感じた時、先頭からそう聞こえた。顔を上げると、目の前には高い崖がそり立っていた。
「地図にはこの崖を登ったと書いてあるんだが……落石で崖の形が変わってしまったみたいだ」
「リーダー、どうしますか? 他の道を探します?」
「ああ……しかしな……」
ここは目の前にある崖と同じような崖にぐるりと囲まれている地形だ。他の道を探すとなると、来た道をかなり引き返さないといけない。
ワイバーンに見つかるリスクを避けるためにも動き回るのは避けたいところ。
「……ぼ、僕に任せてください」
この崖を全員で短時間で登る方法を思い付き、俺は崖へ近づいた。
「カイトさん? どうされるのです?」
「皆さん、僕の後ろに集まってください。出来るだけ詰めてお願いします」
指示すると、不思議そうにしながらも全員が俺の後ろへ集まってくれた。
「では、いきますね」
俺は両手を地面につけ、土魔術を使った。
すると、俺含め7人と足元の地面が円柱形にボコリと出て、エレベーターの様に上昇し始めた。
「音を出さないよう、ゆっくり行きますね」
6人はその場で座り込んだり、端から下を覗き込んだりしている。
「うわ、す、凄いな……」
「魔術ってこんな事も出来たの……?」
「いや、前に宮廷魔術師の土魔術見たことあるけど……ここまでではなかったよ……」
「さ、流石救世主……」
6人は口々に驚きの声をあげている。
あと今誰か救世主って言ったな? やめてって言ったのに……。
「おい、お前達気を引き締めろ。いつどこで戦闘になってもおかしくないんだぞ」
クルツさんの一言で全員が身を引き締めた。流石リーダー。
「もうすぐ崖の上に到着します」
崖の上付近で上昇を一度止めた。
「僕が先に見てきます。少し待っていてください」
そう言い残し、円柱形の足場から更に小さな円柱を伸ばして俺だけを崖の上へ運んだ。
そっと頭を出して見渡たす。周囲には何もいないようだ。
崖の上へ飛び乗り、残りの6人を運んだ。
「ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。あと、敬語はやめてくださいって……」
その時だった。
グアアアアアアアアアアア!!!
背後から咆哮が轟いた。
それを聞いた瞬間血の気が引いていくのを感じる。
ワイバーン!?
後ろを振り向くと、岩陰からその咆哮をした獣が出てきた。
「……くま?」
出てきたのは大きな熊だった。
とりあえずワイバーンじゃない事が分かってホッとする。
しかし、他の人はそういうわけにもいかないようだ。
「ブラッドベアー!? 何故こんなところに!?」
あれはブラッドベアーって言うのか。結構でかいな……5メートルくらいあるかな?
その体のあちこちには、傷が出来ているのが確認できた。
きっと、ワイバーンが餌として捕まえてきたのが逃げ出したのだろう。
って事はワイバーンって、あんなでっかい熊も食べるのか……凄いな。
ブラッドベアーはかなり興奮状態のようで、再び咆哮をしながらこちらへ突進してきた。
「まずい!」
それに合わせて俺も身体強化をかけてブラッドベアーへ走り出す。
「カイトさん!?」
後ろから名を呼ばれたがそのまま走り続ける。
ブラッドベアーが突進してきた方向からだと俺達は、前はブラッドベアー、後ろは崖と逃げ道がない。
なら、倒すしか無いよね。
右手をかざし、ブラッドベアーの顔へ炎魔術を撃つ。
それは直撃し、ブラッドベアーは片腕で頭を抑え、片腕を地面につけ四つん這いの姿勢をとった。
勢いをつけて思い切り飛ぶ。
そんなに大声で鳴いたらワイバーンに見つかるでしょ!
全力でブラッドベアーの後頭部を踏みつけた。
ブラッドベアーの頭部が地面にめり込む。そして、そのままピクリとも動かなくなった。
「……もう大丈夫です。先を急ぎましょう」
そう言いながら振り返ると、6人の表情が引きつっていることに気がついた。
「ビ……Bランク魔獣を一瞬で……素手で……」
「すごっ……」
少しの間呆気にとられていたが、クルツさんが指示を出した。
「おい、急いでここを離れるぞ。さっきの音と血の匂いでワイバーンが来るかもしれない」
その指示で再び移動が始まった。
だが、先ほどよりクルツさんの歩速が早い気がする。
「あの、クルツさん。あまり急ぎすぎると……」
声をかけると、彼はハッとした様子を見せた。
「……すいません。この近くに連れ去られた人達が居るかも知れないので、気持ちが急いでしまいました」
「え……どうして分かるんですか?」
「あのブラッドベアーはおそらく、ワイバーンに餌として捕まったと思われます。ワイバーンは餌を特定の場所に集めるという習性があると言われているので、その餌が逃げてきた道を辿れば他の餌が集められている場所にたどり着くはずです」
なるほど……。
「と言っても、この広い山岳の一箇所に全てが集められるわけでは無いと思いますが」
すると、彼は地面を指差して続けた。
「見てください。あのブラッドベアーの血が所々に落ちているんです」
そこを見ると、確かに血が点々と落ちている。
なるほど……ワイバーンはそんな習性があったのか。
「ですが……もし本当にあのブラッドベアーがワイバーンに捕まったのなら何故、逃げだせたのかが謎ですね」
「どういうことですか?」
「ワイバーンは食物連鎖の頂点に立っています。それが捕まえた獲物をやすやすと逃すでしょうか?」
……確かにその通りだ。
「カイト様も見たと思いますが、背に中途半端な傷を負っていた理由も分かりません」
クルツさんも気がついてたのか。
いや、そんな事より、Bランクの魔獣なら人の手でも狩れるという事。それが生物の頂点に立つワイバーンから、あの程度の傷で逃げられるものだろうか?
ブラッドベアーにあった傷も思い返してみれば、血は流れるもののそこまで深い傷ではない。
……分からないな。
その後は逃げ出した魔獣などはおらず、俺達はワイバーンに見つからないよう、岩陰に隠れながら血を辿り慎重に進んでいった。
色々と謎が出てきたようです。