65話 秘密がバレた 1
「君“ニホン”という国名に覚えがあるんじゃ無いかな?」
「……ぇ……」
以前……1度目の人生で暮らしていた国名を突然聞き、俺は硬直してしまった。
「知っているなら知っている。知らないなら知らないではっきり答えて欲しいんだ」
「あ……と……」
展開に頭が追いつかず、何も考えられない。
彼の目的は? 何故その国名を知っている?
そんな疑問が一瞬頭をよぎるが、思考が止まってしまっていて、その疑問の答えに見合う答えを出す事ができない。
「カイト君。これだけはちゃんと答えてくれ」
頭が真っ白の状態でコウさんに急かされしまった俺は、何も考える事が出来ないまま正直に答えてしまった。
「ぇ……知って……います……」
すると俺の返答を聞いた瞬間、コウさんの表情がみるみるうちに嬉しそうな表情へと変わっていく。
それは今までの作ったような笑顔ではなく、自然な笑顔だった。
「やっぱり! そうだと思ったんだよ!」
彼は俺の手を取り喜んでいる。
それに対して俺は頭の処理が追いつかずボーっとしている。
すると、そんな俺に気がついたようで彼は両手を離した。
「ああ、ごめんね。1人で舞い上がっちゃって」
「い……いえ……」
コウさんは笑顔のまま、深呼吸を数回繰り返した。
「ふぅ……それじゃあ、“ニホン”を知っているなら君は“ニホン”に住んでいたのかな? それとも、ただ知っているだけ?」
「す……住んでいました……」
「やっぱり!」
「……ハッ」
ようやく我に帰り、話を遮る。
「ちょ、ちょっと待ってください。コウさんは何故“ニホン”を知っているんですか?」
「ああ、ごめんね。ちゃんと説明しなきゃね」
コウさんは前のめり気味だった姿勢を戻した。
「実はね、俺も以前は“ニホン”で暮らしていたんだ」
「ええ!?」
って事はつまり……。
「あの、もしかしてコウさんは……て、転生してこの世界に……?」
すると彼の表情がさらに喜びにあふれた物になった。
「そう! その通りだよ!」
「そうなんですか!?」
「ああ、まさか同郷の人に出会えるなんて……夢みたいだ!」
まじか、こんな身近に転生者がいるなんて夢にも思わなかった。
「ごめんね。ちょっと取り乱しちゃって」
「いえ、大丈夫です」
あれから数分、ようやくコウさんは落ち着きを取り戻し、俺が知っている彼に戻った。
「それじゃあ、改めて自己紹介するね。俺の名前はコウ・ヤマト。遠く離れた倭国からこの国に来た。色々あって騎士団長を務めている」
ここまでは以前聞いた自己紹介と同じだ。
ミフネさんも言ってたけど、『色々あって騎士団長』ってなにがあったんだ。
「……それで、前世は日本に住んでた。高校生だったんだけど、事故で死んでこの世界に転生して来たんだ」
「転生……事故死だったんですか」
「そう、トラックに轢かれたんだ。異世界に転生する死因の定番だね」
確かにトラックにひかれて転生するのは定番だ。
いやしかし、驚いたな。本当にそれで転生する人がいるとは。
それにしても、定番……か……。
「コウさんはどうしてトラックにひかれてしまったんですか? 誰かを庇ったりしました?」
トラックにひかれそうな誰かを庇い、代わりにひかれるというのは定番の1つだ。
そう思った俺は軽い気持ちで聞いてしまった。
「ははは、そんなたいそうな事じゃ無いよ。俺にはそんな勇気ないしね」
そういうコウさんの目から次第に光が消えていった。
「コウさん……?」
声をかけると彼はこちらに視線を向け、ゆっくりと口を開いた。
「俺はね……妹が怒ったからなんじゃないかと思ってるんだ」
「……え」
妹が怒った? ……まさか、怒った妹に押されて……とか?
「俺の前世には、妹の“ユリ”がいてね。両親はユリが産まれてすぐに事故死したから、2人で支え合って生きていたんだ」
「……」
「でも、あの日……俺が高校3年生になった日の朝だ。当時中学生だったユリと別れた瞬間、目の前でトラックがユリを轢いた」
「……っ」
「ユリはトラックと電柱に挟まれ即死。俺の目の前にはユリの鞄と、それを握っていた右腕だけが落ちていた」
彼はうつむいたままこちらを見ない。もう止めるべきだろうか?
しかし、彼はうつむき淡々としゃべり続けて止められそうにない。
「次の日には、その電柱の下にたくさんの花とか飲み物が置いてあったよ。でも、俺はまだ受け入れられなくて、それを1日中眺めてた」
聞いてるこちらがだんだん泣きそうになって来た。しかし、彼の口は止まらない。
「そしたら……ね」
うつむいていた顔が上がる。
「ユリが死んだ場所と……全く同じ場所に、トラックが突っ込んできて俺も死んだんだ」
「……そんな」
そんな事があるのか。悲しすぎる……。
「ぁ……で、でも、それが何故妹さんが怒っているかもしれない、ってなるんですか?」
「実は……あの時、こっちに向かって来たトラックの挙動がおかしい事に気付いていたんだ。もしかしたら突っ込んでくるかもしれない……って、そう思った。……でも、体が動かなかった」
「……」
「人って言うのは、お話のようにとっさに体が動くものではないんだ」
彼の話は現実味があり、その様子を予想できた。
「俺は……ユリを……妹を見殺しにしたんだ。あの時……少しでも体が動けば助けられたかもしれないのに」
少しの間、沈黙が流れた。
「あ、あの……」
俺が声をかけたとほぼ同時に、彼は笑顔を見せた。
「いやあごめんごめん。俺ってあんまりこういう話をするような柄じゃ無いんだよね。そもそも、これを話のは君が初めてだし」
「……」
「そうだ、良ければカイト君のこの世界に来た時のこと聞かせてもらえないかな」
「……分かりました」
無理に笑顔を作っている彼を見て、断る気など起きなかった。
1度目、2度目の人生の事、テイルの事、そしてお母さんに出会うまでの事を話した。
「な、なんだか凄く壮絶だったんだね……俺なんて比べ物にならないな……」
「そ、そんな事ありませんよ! お互いに辛い思いをしたのは同じですから」
「……ありがとう。……にしても、まさか神様の友達だったとはね」
コウさんはかなり驚いたようだ。
まぁ、神様と友達だなんて言われたら無理もないか……。
「神様と友達になってチート能力をもらった、だなんて……カイト君ってまさに“主人公”って感じだね」
「そ……そんな事ありませんよ……それにコウさんには手も足も出なかったですし……倭国の人ってみんなそんなに強いんですか?」
「いやいや、そんな事ないよ。自分で言うのもなんだけど、俺って結構強い方なんだよ。まぁ、1番ってわけでは無いけど」
「と言うことは……ま、まだ上がいるんですね……」
そういえば、俺の能力はテイルからもらったものだ。
でも、彼はどうなのだろう。
「コウさんは転生した時はどんな状況だったんですか?」
さっきは『森に捨てられてミフネに見つけてもらった』と言っていたけど、あれは本当なのか?
「ああ、それはさっき話した通りだね。捨て子っていうのはただ話を合わせただけだけど。ごめんね」
「そうなんですか」
「本当は、トラックが突っ込んできて死んだと思ったんだけど、いつのまにか森の中にいたんだ。子供の体でね」
「え、その時誰とも会わなかったんですか?例えば……自分を召喚した人とか、僕の場合テイルでしたが」
「うーん……それらしい人はいなかったね。実際その後、2日間森を彷徨って死にかけたし」
コウさんは腕組みをしてそう答えた。
“目覚めたら森にいた”と言うのは、俺の2度目の人生の始まり方に似ている気がする。
もしかして、テイルが言ってた『俺と同じようなミスをした人』って……。
いや、違うな。彼はテイルの知り合いというわけではなさそうた。
彼の話から、テイルが地味にトラウマになってた『信じられないくらい罵倒された』って事実には当てはまらないだろう。
「それじゃあ、コウさんは修行をして、そこまで強くなったんですか?」
すると、コウさんの表情が曇った。
「うーん……半分合ってて半分違うかな」
まさかの同郷です。