45話 騎士団長なのに侍?
「ここは王国騎士団でもよく戦闘訓練に使ってよく壊すから、仮に床を壊しても気にしなくても良いよ」
「分かり、ました」
「じゃあ先にあたしからね」
ミフネさんが一歩前に出た。
「あんたは見ただけで魔術や魔法を習得できるって聞いたわ。とりあえず、まずはそれを確かめさせて貰うわよ」
身構えたが、どうやら戦闘の必要は無いらしい。
彼女は右手を前に出した。その右手の上にオレンジ色の炎が出現する。
「これは“着色炎”って言う魔法よ。特に使い道のないカス魔法だけど、あたし以外に使える奴は見たことがないわ」
カス魔法って……口が悪いなぁ。
彼女は説明しつつ炎の色を変えていった。
緑、黒、白、桃色。普通ではあり得ない色の炎ばかりだ。
ひとしきり見せられ、炎が消える。
「ほら、やってみて」
なんかいきなりだな。もうちょっと説明が欲しかったけど……。
「言っとくけど無理ならやめときなさいよ。そんなんで無理して、火傷とかされたら困るから」
あ、やっぱり優しい。
「分かりました……では、いきますね」
“賢者”を起動させる。足元に魔法陣が出現した。
ミフネさんは驚いた様子だが、黙って見ている。
“着色炎”を習得した。
「……見ててください」
彼女と同じように右手を前に突き出し、“着色炎”を使った。
出現した炎は緑、黒と先程と同じ様に色を変え、最後に金、銀と色を変えて消えた。
「どうですか?」
ミフネさんに問いかけるため彼女の事を見たが、何故か頭を抱えている。
「あの、ミフネさん?」
「……はぁ……まさか本当に見ただけで? それもあたしが出せない金と銀まで? どうなってんのよ」
え、まじか。やらかした。
「もういいわ。あんたの実力はなんとなく分かったから」
そう言って彼女はコウさんと交代した。
コウさんは彼女を気にしている様だが、すぐにこちらに向き直した。
「えっと……あまり気にしなくてもいいよ? ミフネは前向きだからね」
「……ありがとうございます」
俺にも気を使ってくれた。こっちは普通にいい人だな。
「さてと、じゃあ手合わせをしようと思うんだけど、カイト君は剣術の心得はあるかな?」
「心得……」
正直言って、今まで剣……もとい、刀での戦闘は全て、力技のゴリ押しだ。となれば、心得は無いに等しいかもしれない。
そんな俺の思ってる事を、彼は察したらしい
「無理に答える必要はないよ。それじゃあ、剣で戦ったことはあるのかな?」
「い……一応……あります……?」
「そっか。それじゃあこれを」
そう言って木刀を俺に渡してきた。彼も同じ物を持っている。
「それじゃあ適当に打ち込むから、それを防ぐなり避けるなりして。余裕があるなら反撃しても構わないから。あ、魔法や魔術は使用禁止ね」
彼はすでに木刀を構えていた。慌てて俺も構える。
魔法や魔術は使用禁止か……なら、“新体系スキル”の身体強化かな。
このスキルは正に魔法の様な効果だが、“身体系スキル”であって決して魔法ではないのだ。
こんな強い能力が魔法では無い。これぞチート。
「準備は出来たかな? それじゃ行くよ」
そう言うと、彼は小走りで距離を詰めてきた。木刀を振りかぶる様子もない。
……な、なんだろ……?
そう思った瞬間だった。額の真上まで迫る木刀が目に入る。
「……え?」
声が漏れた時にはすでに手遅れ。木刀が額へ当たる。
「あうっ……」
しかし、威力は全く無い。痛くない程度に軽く叩かれただけだった。
「油断は禁物だよ。次から本番だから頑張ってね」
「え……あ……はっはい」
少しあっけにとられたが、気合いを入れ直して木刀を構えた。
「お、お願いします」
「うん。じゃあいくよ」
その後の俺を表現するなら、“必死”の一言だった。
凄まじい速度で迫る木刀を、ギリギリで受け止めたり、紙一重でかわしたり。
たったそれだけで息は上がってしまう。
しかし、コウさんは余裕の表情を見せている。
「よく捌けるね。じゃあ最後だよ」
そう聞こえたと思った瞬間、コウさんの姿が消えた。
「……あれ……?」
目の前にいた彼の姿はない。今さっきまでの存在感が嘘の様だ。
「……っ!!」
背後から一瞬、風切り音が聞こえた。
条件反射で振り返り持っている木刀を頭上に構える そしてその木刀を持っている手に手応えがあった。
見ると2本の木刀が十字に交差している。
偶然だが、防ぐことができた様だ。コウさんは驚いた表情をしている。
「……これを防がれたのはこの国では初めてだよ。よく風切り音に気がついたね」
コウさんは笑顔でそう言った。
この言い方、もしかしてわざと風切り音を出したの……?
「うん。これで俺との手合わせは終わりだよ。お疲れ様」
「え……はい。ありがとうございました……」
「……あ、そうだ。俺からも1ついいかな?」
一息ついたところ、そう言われた。
「な、なんですか?」
「君ってこの国じゃあ珍しい、黒髪黒目だよね」
「……?」
「でも、ワコクではみんな黒髪黒目なんだ。だから、君はワコクに関係してるのかなって思ったんだけど、どうかな?」
「……え?」
もしかして、俺の事をワ国人だと思ってる? ワコクはよく分からないけど……日本みたいな国なのはわかるんだよね。
日本で言ったら漢字とか……。
「いえ……漢字は分かりますけど、この国出身です」
「漢字を知っているのかい?」
「……あ」
自分のアホさ加減に泣けてくる。
普通だったら知るはずのない事を、当たり前かのように言ってしまった。
……もう誤魔化せないかな……変に誤魔化しても、怪しまれるだけだし……。
「は、はい。知ってます……」
「そうなんだ」
「漢字知ってる奴初めて見たわ」
ミフネさんが駆け寄ってきた。
「どこで知ったんだい?」
「あ……いや……知ってるのと同じかは……」
「……じゃあ、書いてみるから見てて」
そう言ってコウさんは、木刀(木の枝)でガリガリと石畳に文字を書き始めた。あの木刀(木の枝)、どんだけ硬いんだ。
“大和 功” “大和 美音”
やっぱり漢字……。
彼が書いてみせたのはやはり見覚えのある漢字だった。
となるとやはり日本に似た国があるのか? “ワ国”も『倭国』の事だろう。
「……その反応、やっぱり知ってるんだ」
「あんたはどこで漢字を知ったのよ」
あ……言い訳が思いつかない……。
「あの……本で………たまたま見つけて………」
「うちの国、鎖国してるから文化とか外には出ないはずなんだけど」
鎖国とかしてるの? 本当に日本みたいだ。ってそれどころじゃない。
「えっと……その………」
目を泳がせている俺を、2人はジト目でみている。
「……まぁ良いわ。多分あんたとは、また話す機会があるでしょうしね」
「……そうだね。その時は色々と話そうか」
「あ……はい」
「うん、じゃあお疲れ様。また今度ね」
「おつかれ」
そう言い残し、2人は一緒に王様の元へ戻っていった。
「……ふぅ」
王様から事前に『手合わせが終われば帰って良い』と言われていたので、これでようやく帰れるな。
小走りで両親の元へ向かう。
にしても……日本に似た国があるなんて……いつか行ってみたいな……。
「……ん……」
その途中、コウさんとの手合わせが頭をよぎった。
はっきり言って終わった今でも、何が何だか全く分からない。終わった時の俺は、完全に息が上がっていた。
しかし、実際に受けた木刀の打撃は、合計でたったの6発。
たったの6発で、俺は息が上がってしまったのだ。それほど鋭く重いもので、俺に余裕が無かったのだ。
前に戦った盗賊の……えっと……盗賊団長。
あいつは腕力こそあったが、大振りで一直線だったから、剣(刀)の扱いが素人の俺でも捌けた。
でも今回はまるで違う。
太刀筋は全く見えなかった。一瞬だけ影が見えた事による条件反射と、身体強化任せで防げていただけだ。
俺は自分の力に執着するようなタイプでは無いのだが、あそこまで一方的にやられてしまうとやはり悔しい。
「カイト、大丈夫?」
「もしかして、怪我でもしたのか?」
両親の元に到着するとお母さんとお父さんに心配された。
「ううん、怪我はしていないから……」
「そう……とても悔しそうな顔をしてるわよ?」
「え……」
どうやら感情が表に出てしまっていたらしい。
「……ちょっとだけ、悔しい……」
俺はうつむいてそう答えた。すると、両親の様子が変わる。
「そんな事ないわよ! あの人の攻撃を防げるだけですごい事なのよ?」
「そうだぞ。悔しがるどころか素晴らしい事だ」
「……そうなの?」
「もちろんよ。王国騎士団員でもあなたほど彼の剣を捌ける人は滅多にいないのよ? 本当にカイトは凄いわね」
悔しくて気分が落ちていたが、褒められた事により次第に高揚していった。口角が勝手に上がってしまう。
「え……えへへ……」
緩み切った表情でそう口からもらした。
俺は“褒められる”事に全く慣れていない。その上幼児退行で感情が表に出やすくなっている。
だからこんなあからさまに照れているのだ。
「……はっ」
ハッとして表情を戻す。
自分がどんな顔をしていたのかを想像すると、恥ずかしくなってくる。
「もう、そんなに恥ずかしがらなくっても良いのに」
やっぱり顔に出てたんだ……。
「は、恥ずかしい……」
「あなたの素の表情が見れて私は嬉しいわよ? 年相応な反応をしているだけなんだから、気にしないで」
年相応……俺、中身は大人なんだけどな……幼児退行してるからいいのかな?
いや、テイルは元からって言ってたっけ?
……考えないようにしよう。『今の』俺は9歳の子供だ。
それならば少しくらい子供じみてても、おかしくは無いんじゃないか。
そう結論づけて自分を無理矢理納得させた。
ワコク……日本に似ているとは。一体どんな国なのでしょうか。




