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265話 倭姫


「くくっ、すまぬのう。上に立つ者の癖でな」

「は、はぁ……」


 不真面目そうに笑みを浮かべる。しかし、すぐにその表情は硬くなった。


「しかし、毒を盛られたとなればこちらも動かざるを得ないのう」

「……! は、はい」

「其方らにこのくだんを任せたとはいえ、こちらでも手引きしておこう」

「ありがとうございます」

「最近は解毒薬というのも種類豊富になってきた。しばらく城下町に滞在して選んで持っていけ」

「はい」

「うむ、じゃから其方らはくだんの解決に励め。……して、もう一つ聞きたい事がある」

「なんでしょうか?」


 ミフネがなにかと聞くと、倭姫は広角をほんの少しだけ上げた。



「異国での生活はどうじゃった」



 その言葉に、ミフネの表情が時間が止まったかのようにぴたりと動かなくなる。次第に冷や汗が額に浮き出始めた。


「姫とあろうものが、過去に異国に送った我が国の民の事を覚えておらぬとでも思ったか」

「あ……いえ……」

「たしか、同伴しておった男は功、もう一人は瀬尾じゃったか。となると、其方は美音じゃな?」

「……はい」


 名前を言い当てられ、得体の知れぬ緊張が走る。


「くく、案ずるな。我が国の民が帰ってきただけじゃ。特に何かしようと言うわけではない」

「は、はい」

「しかし、気になることは多い。お主は異国へゆく船では顔を隠しておったそうじゃな? して、今回はいつのまにかこの国におった。話ぶりからして帰ったのは此処数日か?」

「……」

「……」


 突然質問を畳みかけられ答えを必死に探すミフネ。

 しかし、そう簡単に答えは見つからないだろう。なにせ、顔を隠していたのは髪を隠すためであり、帰ってきた手段はポチだ。

 そうやすやすと話すわけにはいかない。


「……まぁよいわ」

「……!」

「顔を隠していたのには訳あり。帰ってきた手段は異国の船。妾が聞きたいのはそんなことより、異国の戦闘技術じゃ」


 興味がそれ、ほっと胸を撫で下ろす。そして戦闘技術について考える。


「……魔術ですか」

「ほう、異国では“まじゅつ”なるもので戦うのか?」


 ミフネは魔術について説明した。長年異国にいた事で、彼女が魔術について詳しいことに倭姫はとくに怪しむ様子もなく聞き入っている。

 だが、ミフネは自分が魔術を使えることは話さなかった。


「ふむ、……魔力か、まだ国交が生きていた頃に入った書物にその様な事が書かれていたのう」

「ならば、私が持っている知識はおそらくその書物と同程度かと思います」


 さりげなく、それ以上の詳しいことは知らないとアピールする。


「ふむ、分かった。もうよい」

「ありがとうございます」

「もう聞きたいことは……いや」


 ようやく終わるかと思われたが、まだ何かあるようだ。


「其方は含みを交えて素晴らしい黒髪じゃの。異国には素晴らしい伽羅油でもあるのか?」

「……異国にいる間は使っておりました」

「ふむ、それはそうか。それを手に入れるために、国交を再開しても良いかも知れぬな」


 褒められ慣れていないことと、髪について触れられた事の動揺を隠しつつ返事を返す。それに対し倭姫はくっくっくと笑っている。

 

「……」


 しかし、その笑顔がすんと無表情へ変わる。


「……気が変わった」

「……え?」

「気が変わったとゆうたのじゃ」

「も、申し訳ありません」


 ムッと顔をしかめる倭姫に、慌てて頭を下げる。


「“百聞は一見にしかず”、其方らが海の向こうの国で見てきたものを報告せよ。そうじゃな、14日ほど都におるがよい」

「……!? じゅ、14日……ですか!?」


 一刻も早く総一郎の元へ帰りたいミフネにとって、それはあまりにも長すぎる。


「うむ、他の使節団の者らと違い、其方らは長い間海の向こうの国にいた。帰りの船を出してもらった事を見れば、それなりの地位か人脈があるのじゃろう」

「……」


 実際は船では無いのだが、一般的に海を渡す術はそれしかない。


「父は鎖国を命じたが、妾は利用できる技術は利用すべきという考えじゃ。なにか海の向こうの国の技術があれば全て話せ」

「……はっ、分かりました」


 ミフネはこれを断る事はできない。仮に断ったら倭姫の機嫌を損ねるか、改めて“命令”されるだけだろう。

 大人しく頭を下げて了承するしかない。


「うむ、他の2人に伝えておけ」

「はっ」

「それと……最後に一つ助言じゃ」

「……? はっ」


 なんだ? と倭姫へ視線を向ける。その表情は不敵でどこか妖しい笑顔。


「秘密というものは、黙っておれば隠し通せるというものではない。自分の秘密を知り尽くしておる者というのは、案外近くにいたりする」


 ゾワッと背中に悪寒が走り抜け、その後からは脂汗が滲み出た。それを隠すために必死に表情を取り繕う。

 それに対し、ふっと笑う倭姫。


「安心するがよい、脅しをかけるつもりは無い。あくまで“助言”じゃ」

「は……はっ」

「もう良い、ゆけ」

「はっ」


 深くお辞儀をし、部屋を後にするミフネ。心音がバクバクと鳴り、その鼓動が脳に伝わる。

 今にでもふらつきそうな足を必死に動かし、城の出口の門へ向かう。

 外にはコウとセオトが立っていた。


「あ、良かった。お疲れ様」

「……うぅ……」


 緊張がほぐれ、ぐったりと肩を落とす。その様子に2人は何があったのかを聞く。


「いや……ちょっと疲れたわ。それは後にして」


 明らかに様子がおかしい彼女に、2人は心配の声をかける。


「な、何かされなかったかい?」

「大丈夫よ……ただ、ちょっと休みたいわ」

「そ、そうかい……とりあえず、宿の場所はもう聞いてあるから、そこに行こうか」


 促され、歩き出す3人。城下町に入り、街道を歩く。


「えっと……あ、ここだここだ」


 ぐったりしたミフネが話を変える。手配された宿は城下町の中でありふれた一般的な宿だ。

 用意された部屋へ向かい、そこでミフネは城であった事を話した。



 薄暗い部屋の奥、そこで倭姫はまだ鎮座していた。その表情はなく、ただ虚空を見つめているように見える。


「……聞きたいことは聞けた、香はもう良い」


 物音は一切しなかったが、なにかの気配を感じたのか彼女の視線が左側にある障子へ向き、お香を止めるよう指示をする。


「許す」

「御意」


 その倭姫の短い一言に、何者かが答える。声色からして男性だろうということしかわからない。

 そして何かを報告しているようだが、その声はあまりにも小さく耳打ちをするような声量。

 しかし、倭姫にはしっかりと聞こえていたらしい。


「……ふん、やはりあやしどもは阿呆じゃのう」


 不敵に笑うその顔は、とてもではないがミフネと話していた倭姫と同一人部とは思えないオーラを発している。


「……倭姫様。ご質問をお許しいただきたく」

「許す」

「先程の者達へ、鬼殺しのくだんを任せるとおっしゃっていましたが」


 障子の向こうにいる男が小声で尋ねる。

 すると、倭姫は鼻で笑い飛ばした。


「ふん、任せるわけがなかろう。本作戦の変更は一切無しじゃ。あやつらへの作戦の伝達も一切禁ずる」

「御意」

「……あやつらは利用できる。人の怨みというのは便利じゃからのう」


 この時の倭姫の目は、全てを見下すように冷たいものに変わっていた。はじめからミフネ達を騙すつもりだったのか。


「それと、あの女……美音といったか」

「はっ、その通りでございます」

「あそこまで成長した怪憑きは初めて見たのう。異国に逃れていたのか」

「そのようでございます」

「ふん、鬼殺しの名を使い顔を隠したまま使節団員になったか」


 肘付きに肘を置き、頬を手で支えながら呆れたように話す。


「その女、いかがいたしますか」

「……」


 殺気まじりの声で男が尋ねる。倭姫は少しの間空を見つめてから答えた。


「泳がせておけ」

「御意」

「あと妾の前で殺気を出すな。鬱陶しい」

「申し訳ございません」

「……まぁよい。あやつは、この城に入る時何も預けなかった。他2人は刀を預けたにも関わらずじゃ。となると、ほかの自衛法を持っているかもしれん。異国にて魔術や魔法を会得した可能性がある」


 そう空を見つめたまま話し続けている。そして、不意に不気味な笑みを浮かべた。


「幸い怪憑きは足りておる。魔術、魔法に関する書物も十分揃っておる。あの女は自由にさせておいた方が、我が希望の達成に役立つかも知れん。死にそうな時以外は手出し無用じゃ」

「御意」

「もう良い、ゆけ」


 その言葉と同時に、男の気配はふっと消えた。その場には倭姫だけが残る。


「くくく、異国で魔術や魔法に触れた怪憑きか。興味深い」


 そのどこまでも闇を感じさせるつぶやきは部屋の暗闇にのまれ、消えていった。

 


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