264話 都にて 2
「良い良い。ぬしの話す内容はすでに暗部から聞いておる」
「……」
「さて、ここで本来ならばまだこれについての問答をするべきであろうが……あえて問おう」
「……」
「其方らは、此度の件をどうしたい?」
一見ただの質問のように思えるこの問い。しかし、どこかプレッシャーのある声色はまるで3人のことを試しているかのようだ。
「前の男、答えよ」
「はっ、総一郎様には大変お世話になりました。この件がいち早く解決するよう、どのような役回りでも尽力したいと思っております」
「ふむ……そうか」
コウの回答にそっけなく答える倭姫。どこかがっかりしたような印象がある。
「次に髪の長い方の女、答えよ」
「はっ……わ、私も総一郎様にはお世話になりました。総一郎様に稽古をつけていただいたおかげで幾多のこの身の危機を乗り越えております。その御恩を返すべく、私に出来ることはなんでもやらせていただきます」
「……ふむ」
緊張からか少し言葉を詰まらせつつ答えるセオト。しかし、倭姫はそれとは関係なしにコウと同じような反応を見せる。
「……では最後に髪の短い女、答えよ」
「……はっ。私は……」
そこまで話し、黙るミフネ。それに対して倭姫は不思議そうな反応を見せた。
「どうした、答えよと妾は言うておるのじゃ」
「……私は、総一郎様が居なければ……救ってくれなければ、もう死んでいました。しばらく総一郎様の元を離れていましたが、毎日のように想っておりました」
「ほう、それで?」
倭姫の声色が興味が出たような印象に変わる。
それに対して、ミフネはだんだんと怒りの表情が隠せなくなっていく。
「私は絶対にその毒を盛った者を許しません。だから……」
「だから?」
続きを求められたミフネがカッと鋭い目を倭姫と自分たちを隔てている屏風へ向ける。
「……そいつをこの手で殺します」
「……ほう」
過激な言葉を吐いたミフネに、コウは焦りの様子を見せていた。倭姫の前でそう言った言葉遣いがまずいと想ったのだろう。
しかし、姿勢を崩すことも声を出すことも許されていないためそれを伝える手段がない。
「……!」
ハッとした様子のミフネ。自分の発言に気づき慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません……! 出過ぎた発言を……」
「よいよい、構わぬよ」
額に汗をかいている彼女に対し、あまりにもあっさりと許しをだす倭姫。
それが逆に不気味さを醸し出していたが、3人はほっと息をついた。
「妾はそれが聞きたかったのじゃ」
その倭姫の声はどこか心躍らせているように聞こえる。
「他、2人はどうなのじゃ? 毒を盛った者を殺したいのではないか? 答えよ」
「……! は、はっ。……私もこの身で仇を取る事ができるのならば本望です」
「わ、私もです」
「……良かろう」
そう言うと、倭姫はぱんぱんっと手を叩き誰かに向かって声を上げた。
「この者らに十分な路銀を用意せよ!」
「……?」
突然のことに、3人は状況を理解できていないようだ。
「さて……それでは、お前らは明日の朝領地へ戻るが良い」
「……!」
「此度の件、解決はお前らに一任しようではないか。その手で仇を取り、妾に勝報を聞かせよ」
「「「……! はっ!」」」
「今日は宿を手配させる。行け」
指示に従い、3人は部屋を出ようと立ち上がる。
しかし、倭姫に呼び止められた。
「髪の短い方の女、其方とはちと話してみたい。此処へ残れ」
「は、はっ」
「なにあんずるな。くだらぬ話がしたいだけじゃ」
ミフネを残し、来た長い部屋を戻るコウとセオト。2人は彼女を心配そうに見ているが、出来ることはない。
「さて……楽な姿勢で良い」
「はっ……」
「言葉もくずせ。ここにかぎり無礼も許そう」
突然の事に、訳がわからないと言った表情のミフネ。
「おい、屏風が邪魔じゃ。どかせ」
そう言うなりミフネの右横の襖から女性が3人ほど出てきて、倭姫とミフネの間にあった屏風を片付けてしまった。
「……!」
屏風がなくなった事により、倭姫の姿があらわになる。
白や黒の麻地に華やかな模様が描かれた帷子を着て、その上から赤い打掛を羽織っている。
黒く僅かな光を反射し光る髪は床スレスレまで伸び、結われている。凛とした人相は自信と美しさを全面に感じさせ、かつ淑やかに座る姿はまさに“姫”と言ったものだった。
「ほう、そなたなかなかの女ではないか」
「……や、倭姫様も大変麗しゅうございます」
困惑しつつ、頭を下げるミフネ。そんな様子に倭姫は少しムッとした。
「楽にしろ、言葉をくずせと申したのが聞こなかったのか? 妾は命令したのじゃ。まさかそれを反故にする気か」
「っ!? い、いえそんなつもりでは!」
「ならばそうしろ」
「は、はぁ……分かりました」
最低限の敬意を示しつつ、言葉をくずす。
その様子を見て満足したのか、倭姫は話を切り出した。
「ふーっ……此度は災難であったな」
「……お気遣いありがとうございます」
「まさか、あの鬼殺しに毒を盛る阿呆がおるとはの。妾も知らせを受けた際は驚いた」
「……はい」
先程との様子の違いに慣れないまま会話するミフネ。
「鬼殺しとは過去に会った事があるが、毒を盛られる隙を見せるような者には見えんかったがの」
「……倭姫様、一つ、質問をいいでしょうか?」
少しの間考える様子を見せていたミフネが、突然切り出す。
「む……良いぞ。なんじゃ?」
「総一郎様が毒を盛られたと言う知らせは受けたと聞きました。それなら、なぜなにも対策が見られなかったのでしょうか」
総一郎の領地では、都の人物らしき者はいなかった。それどころか、看病をしていたのは弟子一人。
総一郎は人間側の戦力としては捨てるに惜しい。そんな人物が毒を盛られているのに、動きが見られなかった事に疑問を感じたのだろう。
「あー……そのことじゃが……」
「……はい」
「実はの……毒を盛られたと言うのは今知った」
「……え?」
「さきは話の流れで知った“ふり”をしたのじゃが、妾の元へ来た報告は鬼殺しが病にら倒れたと言うものだけじゃった」
「ええ……」
「そうでもせんと威厳が保てぬからの」
ミフネの口からは、若干の呆れや落胆の感じられる声が漏れている。それに対して、倭姫は悪びれることもなく笑っていた。
「くくっ、すまぬのう。上に立つ者の癖でな」
「は、はぁ……」
不真面目そうに笑みを浮かべる。しかし、すぐにその表情は硬くなった。




