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244話 どこに行く 2


 ため息混じりの落胆。地面に向けられたその顔からは彼の心情がよく見て取れる。

 

 しかし、それに反するように彼が求めていた声がどこからか聞こえてきた。


「かんにんえ、かいとはん」

「!!」 


 ほとんど反射に近い速度でカイトの顔が上がる。

 

 その目線の先には昨夜が居た。今し方まで居なかったはずの神社の入り口に立ち、柱に手をかけながらカイトを見下ろしていた。

 その様子からは、申し訳なさそうなかつ悲しそうな雰囲気が感じられる。

 


「朔夜さん!」

「せっかく来てくれはったんに、ほんま悪かったなぁ……」

「あ、いや……だ、大丈夫です。それで、あの……ぼ、僕何か悪いこと……あのっ……なんで、出てきてくれなかった……?」


 突然彼女が目の前に現れたことによる興奮と、今まで口にすることの無かった不安が入り混じり、思っていた事をそのまま聞いてしまった。

 

 本人は「しまった」と言わんばかりの表情をしたが、朔夜が即座に否定した。

 とんとんと数段のきざはしを降り、カイト前へ立つ。


「いーえ、かいとはんはなんも悪いことしてへんよ。むしろ……うちの方がかいとはんにえげつないことしてしまいました。ほんにかんにんえ」

「ぇ……?」


 まぶたを閉じて丁寧に謝る朔夜を前に、困惑した様子のカイト。

 そんな彼を見てか、ポチが尋ねた。その内容は彼をとても驚かせるものだった。


「主人様……朔夜様はそこにいらっしゃるのですか?」

「……え?」


 困惑した顔を今度はポチへ向ける。彼が何を言っているのかよく分かっていないようだ。


「そ、そこって……朔夜さん、ここにいるけど……」

「……なるほど……」

「……?」


 顎に手を当て、咲夜をじっと見つめるポチ。その奇妙な反応に首を傾げる。

 すると、朔夜がカイトの袖をくいっと引っ張った。


「……とりあえず、中に入りまひょ。ここじゃ雨に当たってしまいますさかい」

「ぁ……は、はい。ポチ、行こ」

「……ええ、分かりました。」


 ポチにしては反応が鈍い。そう感じつつ、咲夜に連れられ神社の境内へ入った。

 境内は外見と似つかわしくなく、とても綺麗だ。以前来た時となんら変わらぬ様子に、カイトはどこか安心感を覚える。


「さ、くつろいでおくれやす。今座布団持って来って来ます」

「あ、ありがとうございます。……あ、そうだ」


 和傘の事を思い出し、ポチから受け取り昨夜の元へ駆け寄る。


「朔夜さん、これ……」

「ああ、おおきに。これは役にたった?」

「あの……本当に助かりました。ありがとうございました」


 深々と頭を下げるその様に、朔夜はにっこりと笑顔を浮かべている。


「はいはい。ちゃんとお礼が言えて、かいとはんはええ子やね」

「ぁ……えと……は、はい……」


 褒められ、あからさまに照れるカイトへ座布団が差し出される。色は茶色で少々見窄らしいものの、匂いは決して臭くなくむしろ洗濯したばかりのような爽やかさを感じるものだった。


「そないに匂がんでも、ちゃーんとさらぴん同様綺麗に扱こうとります。もちろんいらい心地もええやろ?」

「い、いら……え?」

「ああ、かんにんえ。触り心地どす」

「あ、触り心地……」


 意味を理解し、座布団を持つ両手に少しだけ力を入れる。もふもふとした感触に心地よさを覚えた。


「すごく触り心地は良いです」

「ふふ、それならえかった。さ、そっちの人の分も」


 座布団を2枚受け取り、ポチの元へ駆け寄るカイト。


「ありがとうございます」


 ポチは怪訝そうな表情をしていたが、カイトが駆け寄ると同時に微笑みに変え受け取った。

 2人が座布団に座ると、咲夜も自分たってきていた座布団へ座り込んだ。


「さてと……なにから話しまひょか」

「……?」


 すると、首を傾げているカイトへポチが静かに話しかけた。


「主人様、朔夜様とお話ししているところ申し訳ありません。少しお話ししなければならない事が」

「……な、なに?」


 そのとても冷静な声色に、逆に身構えてしまうカイト。それに対し、表情を全く変えずに話した。


「単刀直入に申し上げます。私は朔夜様の姿も声も認識出来ておりません」

「……へ? ……え!?」

「……」


 その言葉を遅れて理解し、驚きの声をあげる。しかし当の朔夜は驚きはせず、むしろ分かっていたかのように微笑んでいる。

 だが、その微笑みからはどこか寂しさを感じる。


 「朔夜が見えない」と言う発言に驚愕したカイトは、四つん這いで彼の元へ寄り問い詰めていた。


「み、見えないって……どういうこと!?」

「言葉の通りです。主人様は先ほどから、そちらにいらっしゃると思われる朔夜様と会話しておりますが……」


 そこまで言ったポチが、朔夜の方へ顔を向ける。しかし、その視線は朔夜を捉えてはおらずその向こう側の壁に向けられていた。


「私からは、ただあなたが1人で会話をしているように見えていました」

「え……そ、そんな……事って……」


 それを受け入れられず、わなわなとゆっくりと彼の視線を追う。その目にしっかりと映る朔夜の姿が、余計にカイトを混乱させた。


「……それ、ほんまですよ」


 すると、混乱する彼へ言い聞かせるように朔夜が呟いた。

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