241話 飛び出して 3
「こ、こたつちゃんにはその事話してあるの! じ、事情があって……でも、秘密にするって約束してくれたから……!」
「誰にも言ってない。約束は守ってる」
カイトは必死さを感じさせる表情だが、こたつは全くの無表情。
温度差のある2人を交互に見たポチは、数回小さくうなづき事情を飲み込んだ。
「……とりあえず分かったよ。それで、さっき話が早いって言ったたけれど何か用かな?」
「そう、かいとに聞きたいことがある」
「な、なに?」
恐る恐る尋ねるカイトに、彼女は抑揚のない声で言った。
「これからどうする? 孤児院に戻る? それとも海の向こうに帰る?」
「……それは……」
カイトは黙り込んだ。
彼女のその声色や表情からは、感情が読み取ることが出来ない。単に気になったからなのか、それともなにか思うところがあるのか。
なぜその質問をしたのかは不明だが、聞かれたカイトは真剣に考えている様子だ。
「僕は……」
口からぼそりと声が漏れる。彼は一度口をつぐみ、深呼吸してから答えた。
「まだ……帰らない。お母さんとお父さんと、頑張るって約束したから」
先ほどまでの泣いていた彼とは違い、決意を感じさせる目をしている。
帰るかときかれ、倭国に来た理由を思い返した時にエアリス達との約束も思い出したのだろう。
「……帰らない、分かった。それじゃあ孤児院に戻る?」
「……ぁ……そ、それは……」
しかし、こたつの一言でその目を逸らしてしまった。あんな事があった手前、孤児院にはい戻りますと答えることは出来なかった。
「……かいと?」
「……えっと……」
「ああ、いたいた」
すると、街の方面から院長が駆け寄ってきた。彼も街の住民からここを聞いて来たのだろう。
「かいと君、心配したよ。さっきはすまなかったね」
「ぁ、いや……」
「もっと強く止めるべきだった。許しておくれ」
再開するなり頭を下げられ、戸惑うかいと。反応に困りつつ、謝罪を受け入れた。
ほっとした様子の院長は顔を上げると、ポチに不思議そうに顔を向けた。
「えっと、君は……」
「初めまして、私は史郎といいます。あなたは孤児院の職員の方ですか?」
「ああすまないね、私は孤児院の院長を務めている者だよ」
「あなたが……」
その返答を聞いたポチは、一瞬鋭い視線を彼へ向ける。しかし、すぐさま笑顔を作り話を続けた。
「私はこの子とその両親にかつて大変お世話になったんです。村を出ていらい、今日始めて会いました」
「そうなのかい?」
「ええ。それで今日、たまたま道で泣いているこの子を見つけまして。どこか落ち着いた場所で話を聞こうと思ってここに連れて来たんです。なにやら孤児院で辛い事を言われたようで」
ポチは口先では柔らかく話しているが、内心はかなり怒りを感じているだろう。院長はそれを感じ取ったのか、今度はポチへ頭を下げた。
「そうなんだ。その子にはこの本当に悪い事をした。これは院長である私の責任だ。申し訳ない」
「……」
「……」
「……頭を上げてください。さっきこの子はあなたの謝罪を受け入れたんですから、これ以上私がとやかく言う事はないです」
再びほっとした表情を見せる院長。しかし、即座にハッとし街の方へ目を向けた。
「今もみんな君の事を探しているんだ。すまないが、私と一緒に来てくれないかな?」
「ああすみません、その話なんですが」
カイトへ手を伸ばした院長を、ポチが制止した。
「この子は私の方で預かろうかと」
その言葉に院長がピクリと反応した。困ったような表情を見せカイトとポチを交互に見る。
「それは……」
「私はかいと君とその両親にとてもお世話になりました。その両親が亡くなられたのは今初めて知って動揺してますが……ならば、私がこの子の面倒を見るのが恩返しの第一歩になると思いました」
「……なるほどね」
「それと、この子にはそう言った環境は早いと思いました」
「……すまない。君の考えは立派だと思うが、それは許可できない」
ポチは主張を拒否され、一瞬怒りを思わせるように体が強張った。しかし、冷静さは欠けておらず落ち着いたトーンで聞き返した。
「それはなぜです? この子を傷つけたのは事実でしょう」
「ああ、それは事実だ。もちろん悪かったと思っている。しかしだな、私にも責任というものがあるんだ」
「ふむ、責任ですか」
「そうだよ。私は頼まれてその子を預かることになった。こちらの不祥事とは言え、それを他の人間に任せるだなんて無責任な事は出来ない」
「ならば、私がその人物と連絡を取り合うことが出来れば問題はありませんね」
「……それは」
「誰ですか? 教えてください」
「っ……」
「誰ですか」
言葉に詰まってしまった。食い気味に訪ねてくるポチに少々押されてしまったようだ。
それに対してカイトは、史郎を演じているとは言え普段のポチとあまりに違うその様に困惑したような表情を向けている。
「そちらにも守秘義務があるのでしょうが、特に問題はないでしょう。悪用するわけでも無い」
「……はぁ、分かったよ。大和功君だ、知ってる人かい?」
「あ、知り合いですね。何度か仕事を共にしました」
「なに、本当かい?」
「ええ、彼は……」
功の名が出た途端に「知り合いである証拠だ」と言わんばかりに、彼の特徴を挙げていく。院長はそれを記憶上の功と照らし合わせている。