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237話 自己紹介



 夕方


 部屋で待機しているカイトの耳に、次第に子供の幼い声が届きはじめた。仕事から子供達が帰って来たのだろう。

 その声は、どうやら互いに今日自分がした仕事を教えあっているもののようだ。声色から、老人が言っていた通り仕事を楽しんでいるようにも思える。


「……すぅ……ふぅ……すぅ……」


 そんな声を聞きながら、カイトは小さく深呼吸を繰り返していた。

 老人からは、ある程度の紹介はするが最後にちゃんと自分から自己紹介をするように言われている。


「……僕はかいと……です。えっと……今日から……」


 自己紹介の文章を頭の中で作り、その時になって、なんと言えば良いのかを忘れないようにそれを何度も何度も繰り返し読む。


 しかし、緊張でなかなかスムーズに言う事ができていない。

 

「……」


 なんとか緊張を抑えようと、実際にその場に立って自己紹介をするイメージを巡らせる。

 そう繰り返しているうちに、過去に実際に自己紹介をしている状況が頭に浮かんできた。


 王様やコウ、冒険者のメンバーなど、この世界に来てから自己紹介という経験はたくさんあった。

 なにより母親のエアリスや父親のグレイスと出会った時、人と出会うのは数年ぶりだというのにちゃんと自己紹介出来ていたではないか。


 嘘を交えたり片言という特殊なケースではあったが。


「……」


 そんな事を思い出していると、少しづつ自信がついて来たように感じた。


「それに……1ヶ月間だけだし、きっと大丈夫」


 ここで暮らすのは1ヶ月間限定、それに過去の自分はちゃんと自己紹介出来ていた。今回も上手く出来る。

 そう自分を励ました。


 しかし、気が緩んだのが原因か、それとももっと自信をつけたいと思ったのが原因か、さらに過去のことまで思い出してしまった。


 “小学校”へ初めて行った時の自己紹介。それは2年生の時だった。

 家庭の事情で学校は2年生から通うことになった。正確には、2年生になってから通いはじめた。


 しかし、やはり1年という期間は子供にとって大きかったのか、途中から突然自分たちのクラスへ来た小柄の少年を受け入れる者は居なかった。

 それどころかきみ悪がる者までいた。


「……ぅっ」


 ハッと我に帰り、頭を振るう。

 

 嫌な事を思い出してしまった。そう後悔する。


「……っ」


 追い討ちをかけるように、耳に届いた子供達の声がその記憶を掻き立てる。

 そして、こたつを送り届けた時に感じた事を思い出してしまった。


 ここは学校に似ている。


「……ふぅー……」


 必死にその気づいた事を振り払う。ここはあの学校ではないことはもちろん分かっている。

 バクバクと大きな鼓動を感じる胸を押さえて大きく息を吐いた。


「大丈夫……大丈夫……」


 自分に言い聞かせるように繰り返し呟く。そんな時だった。

 カイトはこちらに近づいてくる足音に気がついた。なんとなく、それがあの老人であることも分かる。


 そして、案の定開けられた襖から老人が姿を見せた。


「かいと君、子供達が皆帰って来たよ」

「……は、はい」

「さ、行こうか」


 うなづき、彼の後を歩く。先程まで遠くから聞こえていた声が次第に近づいて来た。


「……」

「大丈夫かい? すごい汗だよ」

「あっ……は、はい……大丈夫……」


 指摘され慌てて答える。


「……汗……?」


 額を拭ってみると、彼がが言っていた通りかなりの量の汗が手についた。


「かいと君、無理をすることはないが……」

「……大丈夫です」

「……そうかい」


 院長は彼の顔を伺い、心配しつつ子供達が集まる部屋へ向かった。カイトは激しい鼓動を抑え、平常心を保てるよう深く呼吸を繰り返す。


 そして、すぐその部屋へ到着した。老人はカイトを一瞥し襖を開ける。


 そこには5〜15歳に見える子供が20人ほど、そして職員の男女数人が立っていた。

 その中にこたつの姿もあった。表情を動かしていないため驚いているのかは不明だが、じっとカイトの事を見ている。


「……っ」


 それをみた瞬間、カイトに強い緊張が走った。震える唇を噛み締めて、部屋へ入る。


「あれ? あの子……」

「あの子、数日前に来た子ですよね……?」


 カイトを見て、小声でそう確認し合う職員。そして、子供達は新しい子供が来ると聞きざわめいている。


「院長、その子ですか?」

「ああ、そうだよ。皆、静かに」


 それを老人改め院長が鎮め、静かになったところで話しはじめた。


「子供達にはつい先程伝えたが、今日から新しい子がここに入ることになった」


 院長が話し始めると、職員と子供は静かに聞きはじめた。

 

「……」


 その横でカイトは何もせず黙って聞いていた。緊張からか、うつむいてしまっている。

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