236話 孤児院へ 2
コウの姿が見えなくなり、今まで感じていた不安が大きくなる。しかし、そんな彼を心配する様に顔を覗き込んで来た老人には、あまり心配させないようにと愛想笑いで答えた。
案内された部屋で座布団に座りひとまず落ち着いたカイトは、数日前に来た孤児院と、今日の孤児院の違いを感じ取った。
とても静かだ。子供がいるとは思えないほど静寂に包まれている。
「かいと君」
「……あっは、はい」
「随分と周りを気にしているみたいだけど、なにか気になることがあるのかな?」
「えっと……」
気になったことを聞くか悩んだが、特に聞いてはならない理由もない。
それについて尋ねられると、老人は納得したようにして答えた。
「今子供たちは、皆んな仕事に出ているんだよ」
「……仕事?」
カイトが疑問そうに呟くと、老人は優しい口調で説明を始めた。
仕事といっても子供を使って金を稼ぐ、といったような悪徳なものではない。
孤児院は決して金銭的に余裕があるわけではない。領地からの支援で孤児には教育が施されてはいるが、一般的な家庭と比べると限界がある。
そこで、将来手に職をつけやすいよう、農民や商人などの元へ実際に仕事の手伝いをさせに行かせているそうだ。
そうして手伝ううちに得た経験と知識を、将来孤児院を出る年齢になった時に役立てるのだと言う。
中にはそのまま手伝っていた店に雇われると言う事もあるらしい。
街の住民は皆この活動に賛同しており、雇う対価は昼職のまかないだけということもあり様々なところから孤児院へ声がかかる。
時には雇った側から好意で孤児院に物資が贈られることもあるという。
「子供達も皆、頑張ってくれているよ。なにより1つの仕事だけでなく、色々な仕事をさせられるよう心がけているから皆楽しそうにしている」
「そうなんですか……」
「うむ、そうだよ。もちろんかいと君もこれに参加してもらうけれど、大人は皆優しいから安心なさい」
「は、はい」
老人はカイトに孤児院について様々な事を教えた。1日の時間の割り振りや勉学の事など、説明が終わったあとは老人は席を離れた。
「たまに様子を見にくるから、ゆっくりしていなさい。子供達が戻って来たら本館の方に行って、それから皆に紹介しよう」
出て行く際にそう言い残し、襖が閉められた。
一方、街を出たコウ一行は都へ向かって見晴らしの良い丘の道を歩いていた。
「「「……」」」
3人の表情はどこか暗く、考え事をしているようにも見える。
「……かいとさん、大丈夫でしょうか?」
セオトが2人に尋ねる。2人はあからさまに「うーん」と腕組みをして悩んだ。
「身の安全って意味なら……大丈夫だろうね。ぽち君がいるし……」
「まぁそうでしょうね。でも……ねぇ?」
「そうだね、彼が孤児院っていう場所にとけ込めるかって言われたら……」
やはり、3人はカイトのことで頭がいっぱいのようだ。罪悪感や不安感、さらに答えの出せない疑問に頭を痛める。
「……かいとさんが、孤児院の子達と仲良くなれれば良いんですけど……」
「そうだね、それを願うしかないなぁ」
「……ええ、正直こうなってしまった以上、あたし達が出来ることは、できるだけ早く都で用事を済ませて街へ帰ることよ」
「そうですね」
「そうだね」
そううなづき合う3人は先ほどよりも足早になっていた。
すると、セオトが今度は少し躊躇うように2人へ尋ねた。
「……あの、話を変えて申し訳ないんですが……」
「なによ」
「私達……なぜ都に呼び出されたんでしょうか?」
その問いに、2人は再び悩み始めた。
現状として、3人は王国から帰ってきた使節のものである事は誰にも明かしていない。
倭国にはポチの背に乗って来たため、実質不法入国の身である。倭国は今、鎖国をしているため他国からの来船を受け付けていない。
もし10年前の使節団の者であることを明かせば、どうやってこの国に来たのかと問われ面倒なことになってしまう。
そのため、数日前に総一郎の件で都に近い街へ出向いた時も、総一郎と親しい人間であること以外は話していない。
それでまさか他国から来た者だと疑う者も居なかったため、その時は3人は久方ぶりに街へ戻って来た総一郎の親戚として認識されている。
考えるのを放棄したミフネの意見に2人は「それもそうか」と賛同した。
疑問に答えが出せずなんとも言えぬ感情だが、3人はとにかく目に見えているすべき事を終わらせるべく道を急いだ。
夕方
部屋で待機しているカイトの耳に、次第に子供の幼い声が届きはじめた。仕事から子供達が帰って来たのだろう。




