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243話 コウとポチ 2


「主人様が決定した事ならば、私はそれに従うほかありませんので」


 先ほどまでの様子が嘘のように、彼は穏やかな口調で話した。


「すみません、少々威圧的に話してしまいましたね。人間として過ごす事に慣れたと自負していましたが、まだまだのようです」

「……いや、気にしなくてもいいよ。君の怒りは最もだかさ」

「いえ、今は私は少々情緒不安定気味のようですね。気をつけなければなりません」


 様子が戻ったポチへ、平常心を保ちつつ応えるコウ。それに対して、ポチは顎に手を当てて感心している。


「……で、要件って言うのはさっきの事かい? それなら、俺自身も出来る限りそうするつもりだからさ、あ……」

「いえ、それに関しましてはまだ全て話し終えておりません。話が脱線してしまいましたね。では早速続きをば」

「……」


 ようやく緊張がほぐれてきたコウへ、ポチは話した。


「主人様はとてもお優しい方です。自らよりも、他の方を優先するほど」

「……うん、それは実感しているよ」

「そうでしょう。まさに今、そのような状況なのですから」

「……そうだね」

「それ故に様々な事件に発展したり、巻き込まれたりしてしまう事も多いです」

「……そ……」


 コウが「そうだね」と返そうとしたその時、ポチは言い放った。


「ですので、私は主人様だけを連れて王国へ帰る事を考えています」

「……っ!?」


 コウは、その言葉に衝撃を受けている。


「勿論、今すぐと言うわけではありませんが」

「……」


 それを聞いて、少し安堵する。そんなコウに、彼は続けた。


「帰るというのは、主人様がこの地で事件に巻き込まれる、もしくは巻き込まれそうになった時、私が手に負えないと判断した場合です」

「……それは、かいと君と相談して?」

「いえ、私の独断です」


 質問には即答で答えられた。


「この独断には、ご両親様の願いが取り入れられています。ご両親様の主人様への想いには、感慨深いものを感じます」

「ご両親……ね」

「はい。ご両親様は、私へ『必ずカイトを守って』と命じられました。必ず主人様を守り通せる手段として、王国へ帰る事が最善と判断したのです」

「……なぜ、この国ではダメなんだい? 君の実力なら、十分……」

「『未知』だからですよ」


 コウの疑問に、ポチは再び即答で返した。そして、両目を閉じ話し続けた。


「この国は私にとって“未知”すぎます。まだこの地に降り立って数日である事もそうですが……なによりも警戒すべき存在が2つあります」

「2つ……1つなら分かるけれど……」

「ええ、1つ目は御察しの通り妖怪です。その存在は不明な点ばかり……警戒をせざるを得ません」

「……」


 この意見に関してはコウも賛同だった。実際、これほど人間と妖怪は長い間対立しつつも、その存在は謎が多い。

 過去に妖怪が住まう都へ人間が攻め入ったと言う歴史もあるが、逆にいえばそれ以上の事は分からない。

 

 人間の間では、力や能力について分かっている妖怪は、ほんのひと握りと言われている。


「どのような妖怪がいるのか不明……中には私を上回る実力を持つ者が存在してもおかしくはありません」

「……うん、それについてはわかった。それじゃあ、もう1つの方を教えてもらってもいいかな?」


 すると、ポチは神妙な顔持ちになった。そして、ゆっくりとその口を開く。


「……そろそろあのご老人が戻ってきますね。私はこれで失礼します」

「……え、ちょ、ちょっと待ってくれよ」


 孤児院の奥を一瞥し、突然出て行こうとするポチを慌てて引き止めるコウ。

 

「もう一方ってどれを指しているんだい? まさか、倭国人の事……」

「そうではありません。私はー」


 ポチは何かを言いかけ口を紡いだ。


「……いえ。それでは、私はこれで失礼します」


 彼はそう言い残し、店を出て行った。それと同時に遮断されていた様々な音がコウの耳へ届き始める。

 背後からガラッと襖が開く音が鳴り、奥から老人が姿を現した。


「待たせて悪かったね。みんなに話はつけて……はて、どうかしたのかな?」


 老人は戸をじっと見つめるコウを見つけ、不思議に思った。声をかけると、彼は何かを考えるようなそうぶりを見せる。


「……いえ、なんでもないです」

「……? そうかい?」

「はい、それで、手続きの方は?」

「ああ、特に問題はないよ。明日その子を連れてきてくれるかな?」

「分かりました」


 しかし、それ以降特におかしな様子なく話すコウ。老人もそれ以上何か思う事はなく、手続き終了を告げた。


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