227話 無表情の女の子 3
彼女の言う孤児院は、割と近くにあった。周りの建物よりも大きく、外から見ても中がとても広い事がよく分かる。
中からは複数の子供の声と、大人の男女の声が聞こえてくる。
子供の声ははしゃいでいるだけだが、大人の方の声はなにやらそんな雰囲気では無い。
「あの子はまだ帰ってこないんですか?」
「ええ……どこかの家に入れてもらえていると良いんだけど……」
「……でも、あの子って感情表現苦手じゃ無いですか。上手く伝えられますかね?」
「……うーん」
……多分、こたつちゃんの事を言ってる。まぁ、こんな雨なら心配になるのは仕方ないよね。
なら、早く安心させてあげないと。
孤児院の戸をノックしようと、傘から右手を離す。重くて傘がよろけてしまうが、すかさずこたつちゃんが両手で支えてくれた。
「あ、ありがとう」
「ん」
戸をノックすると、すぐに細身の男性が中から姿を現した。その後ろには、長髪の女性が見える。
「こたつちゃん!」
「良かった。その子に送ってもらったのね」
そう言うと、2人は俺とこたつちゃんを中へ入れてくれた。
孤児院の中はやはり広く、結構な人数の子供が走り回っている。
すると、奥に見えた部屋からもう1人男性が駆け寄ってきた。入り口付近にいた2人よりも歳をとっている。
その手には大きな手ぬぐいを2枚持っていた。
「院長」
「ほら、もし濡れてるところがあるならこれで拭きなさい」
院長と呼ばれたどこか優しげな雰囲気の男性は、俺とこたつちゃんに手ぬぐいを1枚ずつ渡してくれた。
体はたいして濡れては無いけど、受け取って足とかを拭いた。
そんな俺を、院長はじっと見ている。顎に手を当てて、なにやら考えているような様子だ。
「あ、あの……?」
「ああいや、すまんな。ただ、あまり見かけない顔だと思ってね」
「ぅ……」
やっぱり、俺の顔って倭国じゃ不自然なのかな……? どっちかと言ったら外国人っぽい顔な気がするし……。
「あれ? その子誰?」
院長の後ろから子供の声が聞こえた。と思えば、何人かの子供がこちらへ駆け寄って来ている。
「初めて見る子だ」
「新しい子?」
「なになに? 何かあるの?」
それを皮切りに近くで遊んでいた子供が、わらわらとこちらへ駆け寄ってきて、物珍しそうに俺を見始めた。
俺と同じくらいの子がたくさん……なんだか、日本にいた頃の学校を思い出す。
「……」
あの頃は辛かったな……みんな、俺の事をお化けとか化け物とか言って、避けたり嫌なことしたり……。
いやなことを思い出してしまった。
「こらこら、そんな目で見ないの」
女性の声でハッと我に返った。
「ねぇねぇ、その子新しい子?」
「いえ、この子はこたつちゃんをここまで送ってくれたのよ。……あら? どうしたの?」
「ぁ……い、いえ……」
嫌な汗をかいた……少し心臓がバクバクしてる……。
女性が心配そうに顔を覗き込んできた。慌てて笑顔を取り繕って見せる。
「かいと、大丈夫? 心配」
「う、うん……大丈夫だよ……」
こたつちゃんが俺の手を軽く引っ張りながら聞いてきた。そんなにひどい顔してたかな……。
「……して、かいと君。この子を送ってくれて感謝するよ、ありがとう。まだ、雨は上がっていないようだしここにいるかい? それとも家に帰るかい?」
「ぁ……えと……」
ど、どうしよう……帰る……家はないんだけど……なんだか、ここには居たくないっていうか……。
も、もちろんこたつちゃんが嫌だとかここの人達が嫌いだとかじゃなくて……。
この子供が沢山いる状況が落ち着かないっていうか……。
「えー、お家あるの? いいなー」
「新しく入ってきた子じゃないんだ」
院長の周りにいた子供は口々に俺を羨ましがっている。
そっか……ここ、孤児院だった……。
それにしても、なんだか帰る家はないって言いづらくなっちゃったな……。
「えっと……あの、今日はか、帰ります……」
「そうか? 雨が上がってからでも……」
「い……いえ、傘も返さないといけないので……」
「返す……?」
院長が少し不思議そうな顔をした。
「……そうか、分かった。気をつけて帰るんだよ」
「は、はい……」
手ぬぐいを院長へ返して、外へ出る。
空を見上げてみた。雨足は先ほどよりかは弱くなっているが、まだまだ止みそうにない。
「かいと」
「……!」
声をかけられ振り向く。こたつちゃんが雨に当たるギリギリの所まで出てこちらを見ている。




