224話 あの子は
「えっと……森はあっちか」
神社を出発して数分。街道へたどり着き、傘と手ぬぐいを握りしめて森へ向かって歩き出した。
やっぱり、家はどこも閉まってるなぁ……それに、誰もいない……。
雨に打たれながら歩いていた時同様、街は静まりかえっている。朝の光景が嘘みたいだ。
でも、それも仕方がないと思う。こんな雨じゃ、外に出たくなくなるのも分かるし、なにより結構寒い。
俺だって、よっぽどの用事がない限りは、外に出ようだなんて思わない。
「……」
あの女の子は、そんな雨の中にいるんだ。早く行ってあげないと。
ちょっと怖いけど……今度はちゃんとお話しするって決めたから……。
街道を歩いていた足は、いつの間にか走っていた。ぱちゃぱちゃと水が跳ねて足にかかるが、気にはならなかった。
しばらく走っていると、街道脇の建物が少なくなっていき、やがて森が見えてきた。俺がさっき入って行った森だ。
女の子は、ここのどこかにいるはず。
道と森の境目から、背伸びをして森の中を見渡す。しかし、背の高い茂みや草木に阻まれて先が見えない。
「……よし」
今いる場所から探すのを諦めて、森の中へ足を踏み入れる。
街道に比べて地面は凸凹してたり、根っこが土から飛び出したりしている。おまけに雨で地面はぐしょぐしょで滑りやすい上に、視界も悪い。
でも、大丈夫。状況が悪くても、森の歩き方には慣れてる。
茂みや草木を避け、大きな和傘に傷がつかないように気をつけながら進む。
確か、女の子は木の下で雨宿りしてるって言ってたっけ。
キョロキョロと辺りを見渡しながら進む。しかし、やはり視界が悪く女の子はなかなか見つからない。
探しているうちに、森の結構深いところまで来てしまった。
「朔夜さん……たしか、森の入り口の近くにいるって言ってたよね?」
だとしたら、これより先には居ないのかな? もしかして、通り過ぎちゃった?
戻るべきか、このまま進むべきか悩んでいる時、足元の泥に目がいった。
「……!」
そこには、俺のものより少し小さい足跡が残っていた。雨のせいで消えかかっているが、それは俺が来た方向より右に逸れて続いている。
きっと、こっちだ……!
見つけた足跡を辿って進む。足は自然と走っていた。
「……あ、あれ……?」
しかし、ある程度進んだ時、足跡を見失ってしまった。どこから見失ったのかと、後ろを振り返る。
「……あ……」
体がビクッと震えて固まった。
右後ろにあった木の根元。そこに、見覚えのある和服を着た少女がうずくまっていた。
間違いない、あの女の子だ。
女の子は、両手を膝と頭で雨から庇うようにうずくまっていた。それのせいか、俺がいる事に気が付いていない。
意を決して、大きく深呼吸してから彼女へ声をかける。
「……ぁ、あの……」
「んぅ……?」
彼女の小さな声が耳に届き、再びビクッと体が震える。だけど、今度は逃げずにいられた。
声をかけた女の子は、ゆっくりと顔を上げてこちらを見た。その顔はやはり無表情で感情をいまいち読み取れない。
しかし、俺の事を認識したのか、少しだけまぶたが上がり目を見開いたような気がした。
「あ、君……」
「ぅ……あ、あの……だ、大丈夫……ですか……?」
彼女に雨が当たらないよう傘を持ち、恐る恐るそう尋ねる。
女の子は傘と俺を交互に見ながら、抑揚の無い口調で答えた。
「ん、私は大丈夫。その傘……私を、迎えにきてくれた?」
「ぁ、あの……そうふぇ……そうです……」
ビクビクしすぎて噛んでしまった。しかし、彼女はあまり気にする様子もなく抑揚の無い声でで話し続けた。
「ありがとう。嬉しい」
う、嬉しい……? 無表情で、全然そうは見えないけど……。あ、そうだ。
「こ、これ……良かったら……」
「ん……」
彼女の目の前に、朔夜さんから渡された手ぬぐいを手渡した。女の子は、立ち上がって、「ありがとう」とお礼を言ってそれを受け取った。
しかし、彼女は手ぬぐいで自分を拭こうとせず、両手で大事そうに持っていた何かを念入りに拭き始めた。
そして、その何かを拭き終わったと思えば、雑に自分を拭いて俺に手ぬぐいを返そうとする。
木の下で雨宿りをしていたとはいえ、その体はかなり濡れてしまっている。あんな雑に拭いただけでは、全然足りないだろう。
無表情だけど、きっとかなり寒いに違いない。ちゃんと拭かないと……。
「ま、まだ……濡れてます……よ?」
「ん、大丈夫」
そう指摘しても、彼女は手ぬぐいを返そうとする。