210話 倭国の宗教
「なんだい? まさか、金のためにやってると思ってんのかい?」
「えっと……」
「安心しなよ。これは金じゃなくあんたのためにやってんのさ。分かったら、早くこっちへおいで」
「……」
お、お金いらないんだ……じゃあ……。
お金という心配が無くなった……けどまだちょっと不安……でも、これ以上は迷惑になる。
意を決めて草履を脱いで女性の元へ向かった。
「そんなに怖がらんでも大丈夫だよ。さっきも言った通り、あんたのことを思ってやってんだからさ」
「あの……な、なんでそこまで……?」
「はは、なぁにこの街にいる連中はみんな、子供を大事にする奴ばかりだからだよ。子供が笑わない街なんて死んでるようなもんだからね」
「し、死んでる……?」
「ああそうさ、これはみんな承知してる。だから、なにか困ったことがあったらそこらへんにいる大人を頼りな。手を貸してくれるだろうからね」
笑って、当たり前のように話す女性の顔を見て、なんだかさっきよりも安心してきた。
「さ、分かってくれたかい? 分かってくれたなら、そこに座りなよ。あ、茶でも出そうかね」
ようやく俺がちゃぶ台の前に腰を下ろすと、女性は手際よくお茶を出してくれた。
お茶は屋敷で飲んだものと同じ茶色で、ほかほかと湯気が上がっている。
「ああそうだ。まだ名乗ってなかったねぇ」
女性はハッとした様子で手を叩いた。そういえば俺もまだ名乗ってなかった。
「あたしは“橋本 幸恵”ってんだ。まぁ、おばちゃんでもなんでも好きに呼んでくれて構わないよ」
さちえさん……って言うんだ。功さんの話にも出てきたけど、名前を聞くのはこれが初めてだったなぁ……。
「……ぁ、えっと……ぼ、僕の名前は……」
あ、危ない危ない。俺もちゃんと自己紹介しないと。
しかし、慌てて自己紹介をしようとしたところで、とある問題に気がついた。
苗字、決めてなかった。正直にグローラットって言うわけにはいかないし……。
「えっと、あの……か、かいと……です」
「かいと? 珍しい名前だね。苗字はなんてんだい?」
「……あの、無い……です……」
「……本当に無いのかい?」
「えと……はい……」
ど、どうしよう……嘘ついちゃった……。
「そうかい……苦労があったんだね。ちょっと待ってな、今菓子でも出すからね」
後悔する俺に対して、幸恵さんは少し悲しそうな顔をして、戸棚から煎餅が入った木の皿を持ってきた。
「ほら、食べながら街のことでも教えてあげるよ」
「あ……ありがとうございます……」
幸恵さんがどう思ったのかは分からないけど、その言動からなんとなく勘違いをしているのは分かる。
勘違いをするような言い方をした俺が悪いんだけど……。
「どこか行ってみたいところはあるかい? 1つくらいはあるんだろ?」
「……お、お寺とか見てみたいです」
「寺かい? 信心深いんだね。えっとねぇ……あったあった。ほらここだよ」
彼女が指を刺した部分の地図を見ると、五角形の中に墨で“御寺”と書かれていた。きっと、その五角形がお寺の形なのだろう。
周りの四角は民家なのかな? それに比べると、お寺は数倍の大きさだ。
「お寺、おっきいですね……」
「ああ、ここ数年でかなり大きくなったからねぇ。仙人様も喜んでおられるよ」
仙人……? 仙人って……あれ? 神様だっけ? でも、お寺があるんだから神様……なのかな?
「神様……」
そんな事を事を考えていたら、無意識にそう呟いてしまった。幸恵さんの顔を伺うと、呆気にとられたような表情をしていた。
「へぇ……あんた、“創神教”にも興味があんのかい?」
「へ……そ、“創神教”?」
「そう、創神教……って、知らずに言ってたのかい?」
「ぁ、いや……」
思わず目をそらすと、幸恵さんは「ふぅ」息を吐いて説明してくれた。
「いいかい? あんたが最初に言った御寺は、“仙教”の物なんだよ。そんで仙教というのは……そうだねぇ、子供には少し難しいかも知れないねぇ」
「む、難しい……?」
「まぁ、分かりやすく言えば、“仙術”を世に広めた7人の仙人様を崇める宗教さね。今じゃ、倭国中に広まってるよ」
「そ、そうなんですか……」




