205話 謝らなきゃ 2
どうしようもなく、“恐い”。頭の中はそれだけ。
……もう耐えられない。
「ぅ……ぅええええ……」
「はっ!? ちょっ、なんで泣くのよ!?」
もう感情も涙も抑えられない。ただただ泣くことしかできない。
「ぐすっ……ご、ごめんなさいぃ……ゆるじて……」
「はぁ? もう……とにかく落ち着いてよ」
服の裾を握りしめて泣く俺の頬に、美音さんの手の感触があたった。
「ほら……あたしが悪かったわ。何もしないからさ……ね?」
「ひぐっ……ぅぅ……?」
わ……悪かった……どういうこと……?
「昨日はあたしが悪かったわ。散々怖がるなって言っておきながら、最後には脅したんだからね」
「ぅぅ……?」
「だから、そんな泣かないで。怒ったり痛いことなんてしないから」
俺の頬をなでる手は、とても優しかった。口調もどことなく、普段より優しい気もする。
俺が泣いてるの……自分のせいだと思ってるの……? で、でも……。
「う……ぅええええええええ……」
「……ねぇ、あたしはなにも……」
「ち……ちがっ……」
「……え?」
「違う……んですぅ……」
口から否定の言葉が出た。いや、本心が出た。もう口が勝手に話始め、止められなかった。
「違うって……なによ」
「ぼ……ぼく……約束してたのにぃ……破っちゃってた……ぐすっ……ごめんなさいぃ……」
「は? 約束……ってまさか……」
「ま……まじゅつ……み、みられた……」
「……」
い……言った……。
ついに、約束を破った事を美音さんが知った。これから俺がどうなるのか……全く分からない。
ただただ怖くて、許してもらう事しか考えられなかった。
「ご、ごめんなさいぃ……許してくださいぃ……」
頭の中も視界もぐちゃぐちゃ。全てが逆さまになったような気持ち悪さを感じる。
「……かいと」
「ひっ……」
そんな中、美音さんの声が届く。体は反射でびくりと震えた。
どんな罰を受けるのか、想像もつかない。……でも……。
「ふぐぅ……い……いだくしでもいいからぁ……ゆるしてぇ……」
本当は痛いのなんて嫌だけど……それよりも、とにかくゆるして欲しかった。
「……」
「うぅ……!?」
すると、美音さんが両手で俺の顔を挟むように掴んで来た。一瞬なにが起きたのか分からず、思わず顔を背ける。
「むぐぅ……!?」
しかし、両頬を掴んだ手にすぐに向きを強制された。痛みを覚悟して目を強くつむる。
「かいと、あたしを見なさい」
いつまで待っても痛みはなく、代わりにそんな声が聞こえた。だが、びくびくと震えるせいで目が開けられない。
「かいと」
「う……うぅ……」
手で顔を庇うようにしながら、恐る恐る目を開ける。涙で滲む視界には、俺の目をまっすぐと見る美音さんの姿が映った。
これからなにをされるのか……びくびくと震えながら、彼女の目を見ると、再び声が聞こえた。
「かいと、よく見なさい」
「ぐすっ……ぅぅ?」
見るって……なにを……?
「あたしは怒ってなんていないわ。痛いことなんてしないし、怒鳴ったりもしない。だから、落ち着きなさい」
「ふぇ……?」
お……怒ってない……?
「な、なんで……」
「怒る理由がないからよ」
「へ……?」
言っていることが理解できず、ただ彼女の顔を見つめる。すると、美音さんは心の内を察したのか、話し始めた。
「たしかにあんたは約束を破ったけど、それはこっちも悪かったわ。大事なことなんだから、念を押しておけばよかった」
「ぐすっ……」
「それに、あんたはまだ子供。失敗するのが当たり前なのよ」
目尻の涙を彼女の温かい手が拭いとった。
「良い? よく聞きなさい。人間は誰でも失敗をするわ。大切なのはその失敗から学んで、次に生かすことよ。ほら、あんたの口で言ってみなさい」
「ぇ……? ぁ……ぅ……」
「……ほら、“失敗から学んで次に生かす”」
「し……失敗……から、学んで……つ、次に生かす……」
びくびくしながら復唱すると、美音さんはにこりと笑って俺の頭を撫でてくれた。
「分かった?」
「ぅ……うん……」
「ん。ならもう大丈夫ね?」
いまいち状況が理解できない。美音さんはあまり怒ってないように見えるけど……。
「ぉ……」
「ん? なによ?」
「おこ……らない……の……?」
「怒らないわよ」
「ぇ……なんで……?」
まわらない頭で聞く。すると、美音さんは頭を撫でながら教えてくれた。
「さっきも言ったでしょ。あんたは子供、失敗するもんなのよ。まぁそりゃあ叱るのも時には大事でしょうけど、“子供”が泣くほど反省してるし。だったら、“大人”は怒らないでちゃんと話をしてやるのが当たり前なのよ」
「ぅ……ぅぅ……」
「だから、怒ってない」
頭を撫でられる感触を感じながら、体から力が抜けた。
「ぅ……うぅ〜……?」
「あー……はいはい、怖かったわね」
少しの間、ぼろぼろとなく泣く俺を美音さんは慰めてくれていた。頭を撫でたり、涙を拭いたり、ちょっとだけ抱っこもしてくれた。