180話 コウの過去 43
今出来ることは、出来る限り早くこの刀を抜いてあげることだ。
より一層の力を込め、刀を抜きにかかる。
しかし、刀を抜くことはできなかった。
柄を掴んでいた手が血で滑り抜けてしまった。込めていた力が空回りし、勢いよく後ろへ倒れる。
再び、視界には苦しそうにする美音の全身が映る。
刀は両手で全力で引いても抜ける事はなかった。
ただえさえ非力な子供の腕力、それも疲弊しきった体では、今以上の力を出す事はできない。
それを理解した瞬間、再び脳内にとある言葉が浮かんだ。
“また救えない”
その瞬間、魂が抜けてしまった様な不快な感覚、そして、胸がぐしゃぐしゃに押しつぶされてしまいそうな痛みを感じた。
妹の時と違い、今回は全力を尽くした。命をも投げ出す覚悟で、限界まで手を尽くしたつもりだった。
しかし、結局救う事は出来ないのか。
「っ……うぅ……」
自分への怒り、失望、悲しみ、見損ない……様々な負の感情が入り乱れる。
「ぅ……ぐすっ……」
負の感情に心を蝕まれた功の目からは、涙が滲み出る。
もはや、そこにいるのはただただ自分の無力さに嘆く1人の少年だった。
泣きながら、ふらつきながら立ち上がり、刀を両手で掴む。
しかし、一向に力を込める様子はなく、彼の目には意識を失った美音が映り続けていた。
ゆっくりと刀へ視線を移した功。そんな彼の感情に変化が現れる。
「これさえ……無ければ……」
鬼を退けられたにも関わらず、逃げる事が出来ないのも、美音が傷ついているのも、この刀が原因。
行き場のない自分への怒りは、いつしか刀へ向けられていた。
「これさえなければ……!」
怒りに任せて刀を引っ張る。だが、変わらず地面へ刺さった刀はびくともしない。
「っ……き……ろ……」
ぽつりと功の口から言葉が漏れる。
「き……えろ……消えろ……」
何も考える事は出来ず、ひたすらに目の前の刀への憎しみを込めた呟き。それは次第に大きくなっていった。
「消えろ! 消えろ!!」
叫ぶことが解決につながるなどとは、微塵も思っていない。しかし、彼の口は同じ言葉を吐き続けた。
大量の涙を流しながら、尽きることのない自分への怒りを刀へ向かって吐き出す。まるで癇癪を起こした幼子の様だ。
「消えろぉ! 消えろおお!!」
功は、完全にヤケを起こしていた。このまま叫びつつけたら、どうなってしまうかも分かっていた。
今度こそ死ねるとも、意識の片隅では期待していた。
「消えろ! 消えろおおおお!!!」
一際大きく叫び、功の声はぱたりと止んだ。
だが、その場にいるのは功と美音だけ。霊鬼は居ない。
功の叫びが止まったのは、別の理由だった。
「ぇ……」
驚愕し、尻餅をつく功。彼の目線の先には、地面に横たわる美音。
その腹部には、刀の影も形もない。
なんと、本当に刀が消えてしまったのだ。
「な……んで……」
それを飲み込めず、ただ呆然とする功。
その時、かれの耳に声が届いた。
『……ん……! ……功さん!』
「っ!?」
びくりと体を震わし、周辺を見渡すも、声の主の姿見えない。
『私です! 華奈です!』
「あ……華奈さん……」
『……! ようやく言霊が届きましたか……』
声の主は華奈だった。功は、彼女へ向かって上の空で声をかけた。
「やっとって……?」
『言霊は普通の言葉と違うので、相手が何かに強く集中していると届きにくいのです。……今はそれどころではありません』
「……?」
『今すぐ美音さんを抱えて、街へ向かってください。そこは危険です』
「っ!!」
ハッと我に帰り、美音へ駆け寄る。
意識はないが、呼吸はある。ただ気絶していただけのようだ。
折れている肋骨を圧迫するわけにはいくまいと、横抱きで抱え上げる。
その際に右肩がズキンと痛むが、気にしてはいられない。
『道案内はしますので、出来るだけ急いでください』
「は……はい……! お願いします!」
華奈の案内の元、街へ向かって走り出す。
意識を失いながらも苦しむ美音の呻き声、そして全身から伝わってくる痛みを耐え続け、ひたすら走り続ける。
そして、ついに木が開けた場所へ出た。
「っ……つ、着いた……!」