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175話 コウの過去 38


今まで相手して来た河童は約60〜70センチメートルほど。しかし、その大きな河童は1メートル半以上ある。

 体格的には功にも引けを取らない。むしろ、筋肉量ではあちらの方が優っている。

 

「あれが……この群の親玉かな……」


 木刀を構える両手に力が入った。その手を伝って汗が地面へ落ちる。


「ねぇ……功君」


 そんな功へ、美音が弱々しく話しかけた。


「もう……いいよ。あたしを置いて逃げて」

「……え……!?」

 

 その発言が一瞬理解できず、思わず彼女の顔へ目を向ける。

 

「あたしね……苦しくなって、もう駄目だって思った……死んじゃうんだって思った……でも……」


 俯く彼女の顔に、涙が流れた。弱々しい声で話す顔は常に地面に向いている。


「いつのまにか功君が目の前に居た時、凄く……凄く安心したの」

「……美音ちゃん……」

「功君が無事だって分かって、安心して、嬉しくて、胸が凄く暖かくなった」


 俯いていた顔がゆっくりと上がる。

 その表情は、いつか彼女が見せた満面の笑みだった。


「でも……お願い……あたしを置いて逃げて。お父さんやお母さん、お兄ちゃんみたいに、あたしのせいで功君が死んじゃうのは……嫌なの……」

 

 笑顔で自分を犠牲にするよう話す美音。その発言に、彼女の優しい性格の全てが詰まっていた。

 

 その言葉を聞きいた功は、何も言わずに視線を河童達の方へ向ける。それを見た美音は、覚悟を決めたように目を閉じた。


「俺は逃げないよ」


 しかし、功が言い放った一言でその目は再び開いた。


「……なんで……? なんで逃げないの……? このままじゃ、功君まで……」

「ごめんね。そのお願いだけは聞けない。何がなんでも、君を守るから」


 背を向け話す功の両手に力が籠る。


「美音ちゃんを見てると、妹を思い出すんだ。でも、悲しくなるわけじゃない。むしろ、胸が暖かくなる。……本当に君には感謝してるんだ」

「功君……」


 そう語る功の背を見た美音は、少し嬉しそうに微笑んだ。


「だから……絶対に逃げない。絶対に守るから」


 妹への贖罪の為にも。


 心の中で覚悟を決める。

 親玉の河童の咆哮。それと共に、周囲の河童達が走り出す。


 先ほどと同じように、上段の構えから1番前にいた河童の頭を叩き割る。

 しかし、数は先程とは桁違い。振り下ろした木刀を上げる前に、3匹の河童が目の前まで迫っていた。


「っっ!!」


 苦し紛れに木刀を横に振る。だが、それは右側の1匹の河童の頭部をかすめるだけだった。

 3匹がそれぞれ両足、功の左腕にしがみつく。それにより、バランスを崩して仰向けに転倒してしまった。


「っ! うああっ!!」


 叫び、木刀を右足の河童へ振り下ろすが、甲羅に当たって跳ね返された。

 その時、その3匹の後方にいた1匹の河童が、仰向けに倒れる功の腹へ飛び乗った。その衝撃で一瞬息が止まる。


 そして、不快な雄叫びと共に、鋭い爪の生えた手を振りかざし、功の顔面へ振り下ろした。

 紙一重で直撃は避けたものの、功の頬についた3本の傷から血が噴き出す。


「功君!!」

「っ、あああ!!」


 美音の叫びと共に、反撃へ出る功。木刀を強く握り直し、その切っ先を腹の上の河童へ突き出す。

 それは河童の喉元に命中し、その河童は腹の上から転がり落ちた。そして、喉元を押さえてのたうちまわっている。

 倒せてはいないが、しばらくは動けないだろう。


 そうこうしているうちにも、他の河童が集まってくる。

 功はもう1度、右足の河童へ木刀を振り下ろした。今度は頭部に命中し、皿が割れる音が響く。

 自由になった右足で、左足の河童を蹴りつける。その河童をなんとか引き剥がし、左手にしがみつく河童の皿も木刀の柄で叩き割る。


 次から次へと襲いかかってくる河童を、死に物狂いで迎撃し続けた。


 親玉が登場してから、河童達は先ほどよりも統率のとれた動きをしている。

 しかし、その行動自体は知能の低さを感じさせるもの。先ほどの河童は“しがみつく”だけで、反撃も自らの防衛もしなかった。


 おそらく、親玉から指示された事をひたすらにこなそうとしているのだろう。

 

 すると、再び親玉の咆哮が響き渡った。続いて、怒号のように聞こえる鳴き声を上げ、喚き散らし始める。その様子に、他の河童達はたじろいているようだ。

 それはまるで、親玉が『なぜあれだけの獲物を狩れないんだ!』と怒っているような光景だった。


 親玉が喚いている間、功を襲っていた河童達の動きは止まっていた。その隙に、近くにいた河童の皿を叩き割り体制を整える。


「……!」


 その様子を伺っていた功に緊張が走る。

 一頻り喚いた親玉が功を鋭い目で睨みつけだと思うと、ゆっくりと前にで始めたのだ。

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