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172話 コウの過去 35


 総一郎と怨京鬼おんぎょうきが戦っている最中さなか、功は華奈の元を離れ森の中を必死の形相で走っていた。

 その右手には、彼女の指示で持参した木刀が強く握られている。


 なぜ彼がそんな状況下にいるのか。それは、数分前に遡る。



 ー 数分前、御神木前


『……今、街の方では最後の戦いが始まりましたね』


 何かを感じとったように、華奈がふと呟く。


「最後って……」

『はい。総一郎さんと妖怪側の大将が戦いを始めました』


 その言葉に緊張を覚える功。しかし、ここからは総一郎の勝利を願うことしか出来ない。

 だが、そんな時だった。


『……え……!?』


 華奈が突然驚きの声を上げる。

 

「え、どっどうしたんですか!?」


 ただ総一郎の勝利を願っていた功は、何やら不吉を感じさせる彼女の声に、びくりと反応した。


『……』

「……? 華奈さん?」

『……いえ、話すべきですね。功さん、落ち着いて聞いてください』


 突然様子の変わった華奈を見て、功の心拍数が跳ね上がる。

 

美音みふねさんが1人で森の中にいます』

「え……!?」

『それも、どうやら迷い込んでしまったようですね……』


 あまりに予想だにしていなかった出来事に、焦りから頭を掻く功。この状況下、森の中で1人でいるだなんて何が起こるか分からない。


 もしかしたら、この世界に来たばかりの時の自分のように襲われているかもしれない。


「……華奈さん、俺を美音ちゃんの所へ案内してくれませんか?」


 焦りつつも彼女の元へ向かうため、華奈へそう頼む。


「お願いします」

『ええ、もちろんです』

「……えっあ、ありがとうございます!」


 想定よりもあっさりした答えに、一瞬反応が遅れる。自分以外の人間の手助けはしないと、言われると思っていたからだ。


 そんな功の考えていることを察したのか、華奈はその答えになることを伝えた。


『美音さんには、私の言葉を信じてくれた恩があります。恩は返さないといけませんからね』



 ー 森の中


 誰もいない森の中を、裸足で駆け抜ける1人の少女の姿。その必死の表情は、何かから逃げているようにも、誰かを探しているようにも見える。


 なぜ彼女がこんなところにいるのか。それは、功を探すためである。


 総一郎の置き手紙を見た後、屋敷の敷地内を探したが、功を見つけることはできなかった。

 その時、代わりに見つかったのは塀の外へ枝が伸びる松の木。そして、その根本にある強く踏みしめたような足跡だった。


 功はここから外へ出た。


 そう確信した美音は、自分より功の身を案じ、妖怪がいるかもしれない森へ足を踏み入れたのだ。

 

 しかし、策も当ても無しに森の中へ入れば、当然迷ってしまう。

 そのことは、逼迫ひっぱくした状況下での彼女の幼い思考では気づくことができなかった。


「はぁ……はぁ……」


 涙目で走り続ける彼女の足からは、土汚れや軽い出血により黒ずんでいる。しかし、彼女が走るのをやめないのには理由があった。


 つい先ほど川のすぐ近くを通ってから、背後から草をかき分ける音が迫っているのだ。それも1つや2つではない。

 得体の知れない存在に追われていると感じた彼女は、足の痛みより逃げることを優先させていた。


 川の流れる音にかぶさるように、背後から聞こえる草をかき分ける音が大きくなってきた。それと同時に、今まで聞こえなかった得体の知れない鳴き声も聞こえてくる。

  


 ゲッ ゲーッ ゲッゲッ



「ひっ……」


 まるで美音を嘲笑うかのように、不快な鳴き声を上げる得体の知れない生物。その鳴き声が更に美音の恐怖心を掻き立てる。


 その時だった。


「痛いっ!」


 草むらから飛んだ拳ほどの石が、美音の右肩に命中。突然痛みを感じた美音は驚き、その拍子に足がもつれて激しく転倒してしまった。


 痛みを耐え起き上がろうとする彼女へ飛びかかる影。草むらの奥から現したその姿は醜悪なものだった。


 頭に皿、醜悪な顔面、6〜70センチメートル程の体躯、嫌悪感を抱くほどに骨が浮き出た緑色の肌、クチバシ、背にある亀のような甲羅。


「か……河童かっぱ!?」


 その姿を視認したと同時に、腹部へ衝撃を受ける。飛びかかってきた河童が彼女へ体当たりをしたようだ。


 かなりの勢いだったらしく、背を木の幹へ強く打ち付けてしまう。意識が一瞬揺らめいだ。


「う……うぅ……」


 歯を食いしばり、腹を押さえながら涙目の目を開ける。そして、絶望した。


 2匹の河童が、自分の足を押さえつけるように掴んでいる。そのひんやりとしてぬめった感触に嫌悪感を感じる。

 その後ろには、いくつもの光る目が闇夜からこちらを睨み付けていた。


「あ……」


 反射的に感じる近い未来の自分の姿。いつぞや見た妖怪について記されていた本に、河童も書かれていたことを思い出す。


 その中で1番印象的なのは、河童に尻子玉を抜かれた者は死ぬと言うこと。


 2匹の醜悪な顔がこちらへ近づく。その(くちばし)には、細かく歪で鋭い牙がずらりと並んでいる。同じくちばしを持つ鳥とは、かけ離れているものだった。


「……! ……!」


 恐怖か緊張か焦りか、声が出せない。体も動かない。目線すらも離せない。ただただ体が震え涙が流れ出るだけだった。

 しかし、そんな美音と対照的に、河童は勝ち誇ったように目を細める。その様子を見て危険がないと判断したのか、闇夜から様子を見ていた河童達もわらわらと集まってくる。


 右足を抑えている河童が美音の首に手を当て、締め始めた。抵抗ができず、そのまま呼吸ができなくなる。

 そして遂に、左足を抑えている河童が美音の秘部へ手を伸ばし始めた。

 

 今から自分は殺される。そう感じた。


 痛みはあるのか……苦しいのか……。そんな思いと共に、ふと脳裏に記憶が流れた。


 怪憑きにも関わらず、愛してくれた今は亡き両親と兄。怪憑きと知っていながら、命を救ってくれたくれた総一郎。


 そして、自分は怪憑きだと言うことを忘れさせてくれた功と瀬音。

 

 出来ることなら、また2人と一緒に遊びたかった。しかし、もはやその願いは叶わない。

 2人の笑う顔が目の前に見えたような気がした。


 ……。





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