163話 コウの過去 26
広い道に、多くの妖怪が血を流して倒れている。
その先に、数列に並んだ影が見えた。
十数人の人間が横に並び、膝をついてこちらへ何かを構えている。その後ろには筒に何かを詰めている人間。
そして、膝をつき構えている人間達の中心に、1人の女性の姿があった。
総一郎と親しく話し、功とも会話をしたあの八百屋の女性だ。
右手には大きな筒状の“武器”が握られている。
火縄銃だ。
「二段目撃ちなぁ!」
その女性が叫ぶと同時に、パッと光る閃光、そして筒音が鳴り響く。
次の瞬間には道に居た妖怪達が、バタバタと倒れていく。
動けずに居た民家の妖怪の額に固い物が命中し、彼も道の妖怪と同じようにパタリと倒れた。
その様子を見て、街と森の境目にいる妖怪達の足が、尻込みをしたように止まる。
すると、女性がニヤリと笑い叫んだ。
「残念だったねえ妖怪共! あんたらが来ることは、とっくのとうに知ってんのさ!」
ざわつき始める妖怪達。
すると、民家の陰から大勢の刀を持った男女が姿を現した。
総一郎を先頭に、道を埋め尽くすように列をなす。
「前線はあんたらに任すよ。ほら、あたしらは高台から援護だ! 配置につきな!」
女性が指示を出すと、火縄銃を持った人達が散っていった。
じりじりと妖怪の大群へ距離を積める人々。
そして……。
「街を守れええ!!!!」
総一郎の、咆哮を思わせる声。それと共に、怒号のような大勢の男女の声。
そして、地を揺らしながら妖怪の大群へ距離を積めていった。
それに合わせて、妖怪達も意を決したように森から飛び出し、人々へ向かった。
2つの勢力が激しくぶつかり合う。
鉄同士がぶつかる音、肉が切り裂かれる音、筒音、怒号、悲鳴。
様々な音がその場に鳴り響いた。
「しっかし、あんたの言う通りになったねぇ。ま、別に疑ってたわけじゃ無いけどさ」
火縄銃を肩に置き、総一郎へ話しかける女性。それに対して、総一郎は余裕のある表情で応えた。
「うむ、わしも初めは半信半疑じゃったよ」
「そうなのかい? それにしたって、どこからそんな情報が入ったんだい?」
「……とある“ツテ”から、とでも言っておこうかのう?」
「ははっ、なんだいそれ。まっ、別に良いけどねぇ」
余裕を感じさせる笑顔を見せる2人。
しかし、目の前で起きている戦場へ目を向けると、真剣な面持ちになった。
「……で、どう見る?」
「そうじゃのう……」
女性に問われた総一郎は、一帯を見渡してから答えた。
「この場は問題ないじゃろう。強力な妖怪も無し。わしらが手を出さずとも、問題はない」
「そうかい。それなら、思ったより早く終わるかねぇ」
「いや、そうともいかぬじゃろう」
その言葉に、女性はぴくりと反応する。
「どう言うことだい?」
「おそらくこれは別働隊じゃ。本体は別に居る」
すると、女性は真剣な面持ちになり、ゆっくりと妖怪達へ目を向けた。
「それは……まずいねぇ。この数で別働隊かい」
「そうじゃな。“あの件”以降、稀に見る規模の襲撃じゃ」
総一郎の柄に乗せられていた左肘が退かされ、右手がその柄を軽く握る。
その瞬間、総一郎の存在感がより一層濃くなり、空気が重いものへと変化した。
それを感じ取った者は妖怪も人間も境目無しに、彼へ目を向け動きを止めた。
それは驚き、畏怖……様々なものだ。
そんな中、彼の隣にいた八百屋の女性だけは、歯を見せて嬉しそうな表情をしていた。
「ははっ、珍しいじゃないかい。あんたが本気を出すなんてね。現役の時だって、本気を出すことはあまり無かったじゃないか。隣で見てたから知ってんだよ?」
「出す必要が無い時が多かっただけじゃよ。じゃがな……今は憤りを感じておるからな」
「へぇ。憤りかい……」
「わしの領地へ攻め入った阿呆共に、身の程を教えてやらんといかぬ」
総一郎は刀を抜かずに、一歩前へ出た。それを見た妖怪は、びくりと震え後ずさる。
「それにな、今はそれ以外にも守りたい者が居るんじゃよ」
「……!」
ゆっくりと歩きながら話すその言葉を聞いた八百屋の女性は、目を見開いて驚いた。
「守りたい者かい?」
「うむ。まぁ、その話はよい。まずは、この阿呆共を片付けんとの」
遂に刀を抜いたその背を見つめる、八百屋の女性。その目はどこか寂しげだ。
「それが私だったら良かったんだけどねえ……」
「領主様! 領主様ぁ!!」
八百屋の女性の呟きに覆いかぶさる様に、彼女の背後の道から細身の男性が、必死の形相で走ってきた。
刀を構える総一郎の代わりに、八百屋の女性がその男性へ応える。
「ちょっと、どうしたんだい!?」
「避難所の道場に、妖怪が攻めてきたんです!」
それを聞いた総一郎は歩みを止めたものの、目線は変えずに答えた。
「道場にも人員は割いておるし、何より秀幸がおる。そう簡単にはやられんじゃろう」
しかし、男性の焦りは消えなかった。そして、“何が”攻めてきたのかを叫ぶ様に伝える。
「“鵺”が攻めてきたんです! 今、秀幸さんが戦っているんですが、いつまでもつか……!!」
「っ!?」
その瞬間総一郎は血相を変え、踵を返して走り出した。
「お主はこの場を頼む! 片付いたら街周辺に警戒を続けてくれ!」
「あいよ、任せな!」
低い姿勢を保ち走りさる。それは、音をも置き去りにするほど速かった。