162話 コウの過去 25
手紙のようだ。総一郎の物と思われる、達筆な字が 書かれている。
『功君と美音。まずは落ち着いてこれを読みなさい。
きっと、街が騒がしくて起きたのかもしれんが、大した事はない。
ただ妖怪共が攻めてきただけじゃ』
「……え!?」
突然知らされた重大な事に、思わず声を上げる。
過去に自分の村が、妖怪の襲撃にあった時の記憶が蘇った。
手足が震え、呼吸も少し荒くなる。
『しかし、心配はない。街では朝から対策を練っている。夜明けには静かになるから。
わしは今街にいる。だから、家で静かにしていなさい。決して外に出てはいけないよ』
「……っ」
呼吸を整えながら、再び読む。そして、その文を見て息を飲んだ。
「……功君……」
置き手紙を握り締め、部屋の外へ視線をやる。当然視線の先に、功の姿はどこにもない。
いつも通りであれば、彼は屋敷の中にはいないと思われる。
功はこの手紙を読んだのか? 妖怪のが攻めてきたということを、知っているのか?
もしこの手紙を読んでいたのならば、外に出ることはないだろう。
しかし、もし本当に外へ出ていたら?
「……なきゃ……」
美音の呟きに覆いかぶさるように、街の方面から突然轟音が鳴り響いた。
『こんばんは。よく来てくれましたね』
「こんばんは……どうしたんですか? こんな急に……」
木刀片手に森を歩いていた功が、ようやく華奈の元へ到着した。だが、いつもと違い遠回りだったような気がする。
木刀を持ってくるよう指示されたことと言い、一体なにがあったのだろうか。
『まずは、突然呼び出したことをお詫びさせてください。本当にすみません』
「いえ……大丈夫です。それで、どうしたんですか……?」
『……』
突然黙り込む華奈に、疑問を抱く。風の音やや動物の鳴き声しか聞こえない状況が続いた。
『……以前……』
「……?」
『以前、私が偉業を成し遂げたと言ったのは、覚えていますか?』
「……え?」
『覚えいますか?』
「あ……はい。覚えています」
繋がりの見えない質問に、反応が遅れる。しかし、そんな功を置いて華奈は淡々と話し続けた。
『では、それについて話しましょう。ぜひ聞いてください』
「……わ……分かりました」
功は華奈の態度に疑問を抱いた。
なぜ突然呼び出し、そんな話をするのか。なぜ呼び出した理由については、教えてくれないのか。
まるで、何かから気をそらそうとしているような……。
『では、話しますね。私の偉業と言うのは……』
総一郎の領土の隣にある森。その中に、大勢の影があった。
そのどれもが異形の姿をした妖怪。尖った耳や、小さなツノ、手には様々な武器が握られている。
「ようやぐだあ。ようやぐ、人間共を襲える日がきただあ」
「ああ、そんだな。この日をどれだけ待ちわびたか」
独特のなまり口調で話す2人の妖怪。彼らの目先には、静まり返った民家がある。
「人間の肉っで、どんな味がすんだがなあ」
「分がらね。でも、もうすぐありつけるど」
その時、どこからかホラ貝の音色が重く響き渡った。妖怪達の目の色が変わる。
「合図だ! 行くど!」
森の中からわらわらと、大小様々な妖怪達が街へ雪崩れ込む。
先ほど話していた2人の妖怪が、道の端にあった民家の戸を蹴破り、その中へ押し入った。
「オラァ! 大人しぐしろ!」
「大人しぐしてたら……ん?」
しかし、彼らの動きが止まる。
押し入った民家には、人の姿が無い。とっさに隠れた、という事も無さそうだ。
「んだごれ?」
「おい、人間共がおらんだよ」
「他の家ば探してみるど」
勢いが空振りした2人は、頭をポリポリとかき、蹴破った戸へ近づく。
その瞬間だった。
「一段目撃ちなぁ!!」
大きな女性の声の直後、複数の激しく短い音が響く。2人の妖怪が居た民家の壁は破壊され、大きな穴が空いた。
「……い、いでで……」
なにが起きたのかも分からず、とっさに守った頭を上げる妖怪。彼の目に最初に映ったものは、先程まで会話していたもう1人の妖怪の横たわる姿だった。
「ほらほら! 二段目構え!」
再び響く女性の声。
まだ動けずに居た妖怪が、その声のした方へ目を向ける。
広い道に、多くの妖怪が血を流して倒れている。
その先に、数列に並んだ影が見えた。
十数人の人間が横に並び、膝をついてこちらへ何かを構えている。その後ろには筒に何かを詰めている人間。