148話 コウの過去 11
道場の表へ来ると、門下生らしき人達が大勢外へ出ていた。数列に分かれ、綺麗に並んでいる。
「それじゃあ、功君はここで見ていてくれ」
縁側の端で功にそう言い、総一郎はその人達の前へ歩いて行った。
向かい合うように立った彼らは、互いに頭を下げ、動き出した。総一郎と大人の門下生1人を残し、残りは功と反対側の縁側に正座で座っている。
外に残った2人は、木刀を構えて少し離れた位置で向き合っていた。総一郎の木刀が、門下生の頭に置かれている。
「……ん!?」
あまりに一瞬の事で、決着したのを認識するのに時間がかかった。
門下生の木刀は地面へ落ちていて、離れていた距離はいつの間にかすぐ目の前まで近くなっている。
今の一瞬に何があった?
「なぁなぁ君」
そんなことを考え、礼をする彼らを見つめていると、声をかけられた。顔を向けるとそこには、今の自分と同じくらいの男子が2人こちらを見下ろしていた。
「君、さっき先生と一緒に入って来たんだって?」
「えっと……そ、そうだよ」
突然の質問に、若干引きつりながら答える。
「やっぱり、だから薄めで見てたって言っろ?」
「あ、だからお前、警策をいただいてたのか」
「うんそう。油断してた」
目の前で笑い合う男子2人に、愛想笑いをする功。彼は“警策”がなんなのか、分かっていなかった。
「えっと……君達は?」
「ああ、ごめんごめん。俺は裕作で、こっちは尊」
「……俺は功。ちょっと訳あって総一郎さんの家でお世話になってるんだ。それで、何か用かな」
彼らの見た目から、子供に話しかけるような気分で接する。すぐに、自分も彼らと同じくらいの見た目であると思い出した。
「功君ってさ、なんでここに先生と一緒に来たの? もしかして、新しくここに入門したりする?」
「あ、いや違うよ。ちょっと見学しに来ただけなんだ」
「見学? じゃあ入門はしないのか?」
「うん……そうかな。俺には“気”とか、よく分からないし」
そう答えた時、ふと彼らの後ろの光景が目に入った。先程と同じように、総一郎が門下生達の相手をしている。
「君達、あれはいいのかい? みんな総一郎さんと戦ってるけど」
その方向を向きながら尋ねた。すると、2人
笑いながら答える。
「いや、俺達はまだあそこには立てないよ」
「そうだよ。だって、まだ気を掴めてないから」
聞くと、2人は数ヶ月ほど前に入門したが、未だに気の感覚を掴めていないらしい。
気を掴むことが出来ない門下生は、武技は持っての他。木刀すら握らせてもらえないと言う。
「だから、午前はこれで終わり。と言っても、別に俺達が気を掴むのが、遅いわけではないんだよ?」
「そうだよ。気を操れるようになる時間は、人それぞれなんだから。遅い人もいれば早い人もいるし」
「そうなんだ……」
そこは個々の才能か、それとも感覚の差か……。
どちらにせよ、彼らの話は仙術への功の興味を引く要因となった。
「……気を掴むには、どんなことをしているんだい?」
「ん? ……教えてもいいのかな?」
「うーん……どうだろ……」
功はまだ入門すらしていない。2人は子供ではあるものの、その事はしっかり理解していた。
口を渋る2人を見て、功もなんとなくではあるものの察した。
「ごめんごめん。そうだね、門下生じゃないのに教える事は出来ないか」
「……うん、ごめんな」
「いやいや、俺が悪いから謝らないでよ」
こちらが無理強いをしたにも関わらず謝罪を受けて、功は慌ててそれを辞めさせる。
この国は良い人が多いな。まだ総一郎と美音以外3人としか会話していないが、功はそう思った。
それと同時に、1つ疑問に思う。
本当に、こんな人達が“髪が茶色”と言うだけで、人を迫害するのか。
気になった功は、特に深くも考えずに聞いてしまった。
「ねぇ、そういえば髪が茶色の人ってどう思う?」
そう聞いたと同時に、2人動きが止まる。
功はいきなり話題を変えてしまったことで、困惑させてしまった。そう思ったが、どうやら違うようだ。
「……ああ、怪憑き? そんなの、決まってるじゃん」
「そうだよ。見つけたら殺せって、みんな言ってるから」
「え……」
それを聞き、今度は功が固まる。
「い……いや……でもさ、茶髪ってだけで、普通の人と変わらないんじゃ……」
「それはないよ、功君。怪憑きは妖怪の仔なんだ」
「そうそう。その証拠に、妖術が使えるって言うしね」
「妖術……?」
その場に、沈黙が流れた。
それに耐えることが出来ず、功は苦し紛れに話題を出す。
「い、いや、急に変なこと言ってごめんね。そういえば、2人はなんでここに入門したの?」
「ん? えっとね……」
黙っていた2人は、何事もなかったかのような表情で、話し出す。それに、功は胸を撫で下ろした。
「……そうだなぁ、まぁ簡単に言えば、それしか道がなかったって事かな」
「……どう言うこと?」
「俺達ってね。先生が作ってくれた孤児院に住んでるんだ」
「と言う事は……」と、頭の中では思ったものの、口からその言葉が出る事はなかった。
「大人になったら、働かなくちゃいけないけどさ。お仕事って親から継ぐものでしょ? でも、俺達はそれが出来ないからね」
「だからここで強くなって、将来侍になれれば、とりあえず働くことは出来るから」
「ここの道場に来てる人で、そう言う人いっぱいいるよ」
彼らの境遇を聞き、言葉を失う。
「……ごめんね。変なこと聞いて」
「ん? 大丈夫だよ」
「気にする事はないよ」
彼らと話しているうちに、総一郎がやって来て声をかけた。なんでも、木刀を持てる門下生全員と相手をし終わったらしい。
今日はこれで帰るそうだ。