128話 逃げる 4
とてつもなく早い物体が、聖騎士長へぶつかったのだ。吹き飛ばされ、木の幹に激突する。
「っ!?」
3人は反射的に、その飛んできた物体を目で追う。
それは聖騎士長と衝突した後失速し、地面を転がって停止した。
「やはり……片翼で飛ぶのは、バランスが取れませんね」
その飛んできた物体……いや、“彼”はそう呟きながら起き上がった。
「ポチ!!!」
“彼”の正体が判明したと同時に、カイトはその胴体へ飛びついた。そして、力一杯抱きしめる。
「生きてたんだね!」
それは紛れもなくポチだった。しかし、全身は血まみれ、流血もひどく、翼と腕は片方ずつしかない。
しかし、生きている。
「ポチさん!」
カイトに続いてリティアもポチへ抱きついた。その腕の中には彼の翼がある。
「……主人様。リティア様。遅くなってしまい、申し訳ありません。ご無事でなによりです」
ポチは微笑み、呟くようにそう言い、抱きつくカイト達へ腕を回した。
「……生きてたのか」
そんな声がポチ、カイト、リティアの3人へ届いた。
3人の視線の先には、険しい表情のコウがいる。
「お初にお目にかかります。ポチ・シリウスと申します」
「……そうらしいね」
「コウ様。この度は主人様、リティア様の救出へのご協力感謝いたします」
そんな険しい表情のコウへ、ポチは微笑み自己紹介をした。
コウの表情は晴れないままだ。
「君がポチ……思っていたより、頭は良さそうだね」
刀が鞘から抜かれる音が鳴る。それに対し、カイトとリティアは反射的に反応した。
「ま、待ってください!」
「ポチさんは、悪い人じゃないです!」
コウとリティアは2人の間へ立つ。しかし、ポチはそんな2人の間を通り、コウの前へ立った。
「ポチ……?」
「ご安心を、主人様。リティア様」
微笑んでそう伝えたポチ。振り返り、コウと見合った。
「コウ様。どうか、刀をお納めください」
「……悪いけど、それは出来ないかな。君は信用出来ないからね」
その光景からは、強い緊張がピリピリと伝わってくる。
「ふむ……私は人族の皆様と、敵対するつもりは無いのですが……しかし、今ここでそれを証明することは難しいようです」
「……そうだね。俺は今すぐにでも、君を斬りたいよ」
「その思い、理解できます。信用できない者は力をなくしている間に排除する……効率的です」
すると、ポチは流し目で何かに目を向けた。
「しかし……今、私を屠ることはお勧め出来ません」
ポチの目線の先へ目をやる。そこには、聖騎士長の死体があった。
その死体は、まだ微かに動いている。
「ここへ到着する直前の会話が、わずかに聞こえました。なんでも、この死体の処理に困っていたご様子……」
再び、ポチはコウへ目を移した。
「あれは私が処理致しましょう。それを、一時の信用としていただきたく」
その言葉に、コウはピクリと反応する。
彼としては、どうにかして今ここで、あの死体を処理したかった。
しかし、自分は魔術を使えず、カイトやリティアも同じ。かと言って、いつ動くか分からない死体をこの場所に放置して1度帰ることも、誰か見張りとして置いていくことも出来ない。
「……本当に出来るのかい?」
「無論。確実に処理すると約束しましょう」
「……」
コウはポチの目を見つめたまま、少しの間考えた。
「……分かった。今は他に手がないからね」
刀が鞘へと納る。カイトとリティアは胸を撫で下ろした。
「感謝致します」
木の根本に転がっていた聖騎士長の首を拾い上げ、死体の前まで歩くポチ。
首と体を同じ場所に配置すると、背後にいる3人へ声をかけた。
「『ブレス』を使用します。危険ですので、下がっていてください」
コウとリティアは言われた通りに距離空けた。しかし、カイトだけはその場に残っている。
「ポチ……」
なにか嫌な気を感じ、不安そうな目で、ポチを見つめている。すると、彼は優しい微笑みを向けた。
「主人様。どうか、ご安心ください。何事も無く終わります」
「……」
カイトは不安こそ消えなかったが、彼の言葉を信用し、駆け足で離れた。
その様子を見て、ポチが一瞬だけ寂しそうに笑う。
「では……いきます」
顔を死体へまっすぐ向け、目を閉じる。それと同時に、顔の向く先に黒い光の球が現れた。
息を吐き続けるにつれ、出現した黒い光は大きさを増す。パリパリと、小さな雷のような細い光も纏い始めた。
そして、ポチの目が見開く。
『ブレス』
激しい衝撃が周囲に広がった。
「っっ!!」
その様子を木の影から見ていたコウは、とっさにカイトとリティアの体に両腕を回し、固定する。
しばらくの間、強風に耐え続けた。
風が収まり、辺りがしんと静まり返る。それを認識した3人は、木の影から出て状況を確認した。
視線の先にはポチの後ろ姿。
しかし、その前方にはなにも無い。ポチの周辺にあった木々は薙ぎ倒され、地面は深くえぐれている。
当然、聖騎士長の死体など跡形もなく消え去っていた。
「凄まじいな……」
コウの無意識の呟きの最中、カイトはポチへ駆け寄った。
「ポチ、ありがとう」
「……いえ……私は、私に出来ることをしたまでです……」
「ううん、ポチがいなかったら、きっと今頃……ポチ……?」
ふと、彼の違和感に気がついた。
どんな怪我を負っていても、いつも変わらぬ落ち着いた口調だった彼が、力のない話し方になっている。
それに、彼はこちらに背を向けたまま話している。普段ならば、必ずこちらに面と向かって話すはず……。
「ねぇ……どうしたの……?」
「……主人様……」
ポチがゆっくりと振り返る。
その表情は、安らか……しかし、寂しそうな印象も受ける。
それは、いつも微笑みを絶やさなかったポチが、初めて見せる表情だった。
「申し訳ございません……」
「え……?」
ポチはそう呟くように言うと、力無くしたように仰向けに倒れた。
その姿は、異様な物だった。両頬には“ヒビ”が入り、体のあちこちは瞬く間にワイバーンのものへと変わっていった。
一体ポチの身に何が……。