125話 逃げる 1
「まガイものぉォオおお!!!!」
アンデットと化した聖騎士長がカイトとリティアへ、叫声を上げながら接近する。
「なっなにあれ!?」
異変に気がついたリティアが、その場から立ち上がった。
聖騎士長がここにいると言うことは、アジトの入り口にいた盗賊は全てやられてしまったと言うこと。
その脅威度は未知数。
魔術が使えない今、そんな敵とは戦闘は出来る限り避けるのが賢明な判断。
「逃げるからついて来て!」
「わわっ!」
リティアの手をしっかりと握るカイト。その手を引っ張って走り出す。
身体強化をかけてはいるものの、彼女がついてこれるよう強くはかけていない。
「あっあれなんなの!?」
走りながらそう問われるカイト。
「アンデット! 前に倒した人間が生き返ったの!」
「ア……アンデット……?」
しかし、リティアはその返答に首を傾げる。
「あ、あれは倒せないの!?」
それは、聖騎士長を倒せないのかと言う疑問。
カイトは、まだ魔道具の事を説明していなかった。
「これのせいで今、魔術が使えないの!」
そう言い、腕に取り付けられた腕輪を見せる。
「えっ!?」
「武器もこのナイフだけ! だから、今は逃げなきゃ!」
「……分かった!」
それを聞き、納得したようだ。カイトの手が強く握り返される。
「マガいもノぉぉォオオ!!」
アンデット化した聖騎士長は、変わらず叫びながら追って来ている。
ただ、足はそれほど速くない。盗賊達との戦闘で、少なからず負傷しているようだ。
おそらく、このまま走り続ければ追いつかれる事はない。しかし、こちらはいずれ疲弊してしまう。
疲弊してしまえば、走る速度が落ちて追いつかれてしまうかもしれない。
どこかで聖騎士長から逃げ切らなければならない。
「……! こっち!」
突然リティアが方向を変える。彼女の手を握っていたカイトもつられてそちらへ走り出した。
「ど、どうしたの!?」
「こっちから声が聞こえたの! もしかしたら、誰かいるかも知れない!」
方向を変えて走る。2人の先には森があった。
森の中は多くの身を隠せる障害物がある。
木、岩、茂み……その様な場所では、体の小さいカイト達の方が有利だろう。
背後から叫び声が聞こえる中、森へ入る。
月明かりが照らす森の中は、異様な雰囲気を醸し出していた。
木々が密集している場所は一寸先も見えぬ闇。風に煽られ、揺れ動く影。どこからともなく聞こえてくる動物らしき声。
しかし、カイト達はそんなものには目もくれない。
背後から、本当の脅威が追ってきているからだ。
「ハァ……ハァ……」
リティアの荒い息遣いがカイトの耳へ届く。
彼女の顔には、疲れの色が見えた。どこかへ身を隠し、呼吸を整えなければ。
先ほど彼女が言った声の主はどこにもいない。まさか、聞き間違いだったのだろうか。
すると、足がもつれたのか、聖騎士長が転倒した。それをカイトは見逃さない。
「……こっち!」
聖騎士長はまだ起き上がれていない。その隙に、2人は茂みの影へ隠れた。
「シッ……」
『静かに』と合図をするカイト。リティアは両手を口に当て、息を殺す。
そこへ聖騎士長が足を引きずってやって来た。
「ぐい……あラだメヨ……てんばヅ……」
言葉に意味を載せずにぶつぶつと呟きながら、2人が隠れている茂みの横を進む聖騎士長。
そのまま行け……行け……!
その様子を見つからぬように伺い、そう念じる。そして、茂みの少し先まで行った時だった。
2人のいる背後の木から、突然フクロウが鳴いた。
「ミづげだァぁァアア!!」
「っ!!」
首がぐりんっと回転し、2人を見つけた聖騎士長が叫ぶ。
「うあああ!!」
しかし、その瞬間にナイフを握りしめたカイトが飛びかかる。見つかったらすぐに攻撃できるよう、ナイフを構えていたのだ。
身体強化をかけ、聖騎士長の眉間へ全力でナイフを突き立てる。
腐っているからか、いとも簡単にナイフは柄まで深く突き刺さる。
ナイフを手放し、聖騎士長の体を踏み台にして後ろへ飛び退く。
聖騎士長は大きく海老反り、ふらふらとよろめいた。
「ハッ……ハッ……やった……?」
倒した事を期待しつつ、それを見つめるカイト。
しかし……。
「ガァァァァァア!!」
聖騎士長は反った体を勢いよく戻し、目の前にいるカイトへ叫び声を上げた。
「っ! お姉ちゃん、逃げ……」
「危ない!」
振り返り、リティアの元へ駆け寄るカイト。
その背後には、歯をむき出しにして襲い掛かろうとする聖騎士長の姿があった。
カイトは予想よりも早く追いつかれてしまった事に驚き、判断が遅れる。
「ぐいあらだメェェェエエ!!!」
この世のものとは思えないような奇声。そして、まともに目を向けられないような聖騎士長の頭部が迫った。
しかしそれと同時に、カイトにリティアが覆いかぶさる。
「お姉ちゃん!?」
「今度は私が守るの!」
カイトの体をしっかりと握り、庇おうとするリティア。その震える小さな体へ、聖騎士長は容赦なく襲いかかった。
……。
しかし、とっくに襲い掛かられていてもおかしくないのにも関わらず、リティアの悲鳴は聞こえない。
「……?」
なにかと思い、目を開けるカイト。風が吹き木々の葉から月明かりが差し込む。
そして、聖騎士長と自分達の間に立つ背が照らされた。
「主人様、リティア様。ご無事ですか?」
カイトとリティアの目に映ったのは、自分の腕を聖騎士長に噛み付かせ、その体を静止させているポチ・シリウスの姿。
飛んできたのか背には翼があり、腕と足から血を流している。
「ポチ!!」
自分よりも強力な味方が来た。
そう思い、安堵から彼の名を口にする。しかし……。
「ポ……ポチ……?」
どうも様子がおかしい。
彼ならば、たとえモンスターと化した相手だとしても容易く(たやすく)あしらえるだろう。
だが、今目の前にいる彼は静止している聖騎士長の体を押し返そうとしない。
それどころか押し負け、片膝をついてしまった。
ポチの様子がおかしい……。