117話 誘拐 3
「ん……ぅ……」
い……いたた……。
体に痛みを感じて目を覚ました。出来るだけ痛まないよう、ゆっくりと体を起こす。
どこだ……あ、そっか……。
辺りを見渡し、見覚えのない部屋にいる事を確認する。手には枷が付けられていた。
俺は誘拐されたのだ。それも、魔術も魔法も使えない。
あの後、気絶しちゃったんだ……。
魔道具の効果により、魔力切れを起こしている。それを知らなかった俺は、魔術を使おうとして拒絶反応を起こしてしまったのだ。
「あ……そうだ。リティアさんは……」
アルフレッドの別れ際、どこか別の場所で監禁すると言っていた。どのくらい気を失っていたのかは分からないが、もしかするともう移動してしまっているかもしれない。
ここから早く脱出して、後を追わないと不味い。
「でも……どうすれば……」
今の俺は、魔術を使えない。手足には枷も付けられているから、動きも制限される。
「……」
つけられた腕輪を地面に打ち付けてみるが、びくともしない。魔力量も0のままだ。
どうやって付けたのこれ……いや、それよりもどうやってここから逃げ出すかだ。
今俺がいる部屋に、窓は1つも無い。ドアも1つだけ。家具も無い。
隠れられる場所はない……となると、正面突破しかない。
「……頼れるのは……」
“身体強化”だけだね。
この腕輪のせいで魔力は0だ。でも、身体強化と身体操作は『身体系スキル』だ。
もちろん魔力は必要ない。
身体強化をかけ、再び枷を地面に打ち付ける。しかし、それでも壊れない。
思っていたより硬い……どうしようか……。
「なんの音だ?」
「……!」
枷を叩きつけた音で、気づかれてしまったようだ。唯一のドアから男が1人入って来た。
リティアさんを踏みつけていた男だ。
「あ……起きちまったか」
その男は俺を見ると、なぜかため息をついた。
「悪いな。これも仕事なんでな」
男はそう言い残して部屋を出ていってしまった。だが、すぐにその言葉の意味を理解することとなる。
「坊主が起きたって?」
出ていった男と入れ替わるように、別の男が入って来た。……あの時、俺を押さえつけていた男だ。
その男の後ろには先程の男がついて来ていた。
2人は俺の目の前まで移動し、こちらを見下ろして来た。
俺を押さえつけていた男が手をバキバキと鳴らす。
「んじゃあ、仕事を始めるか……なっ!!」
「ぅぐっ!?」
突然、その男に腹を蹴られた。壁に背中を打ち付けられる。
「悪りぃな坊主。旦那にこうするように言われててな」
「ぐうぅぅ……!? ぁぐっ……」
「なんでも、“音魔法”? を、使いたくなくなるまで痛めつけろってな」
前みたいに、音魔法で証拠を出されることを恐れているのか……。
だが、今はそんなことに頭は回らない。全身が痛い。吐き気がする。めまいも感じる。
1度に感じる複数の苦しみに、涙を流して必死に堪える。
「さて……んじゃ続きと行くか」
「ひっ……!?」
男がニヤニヤしながら、こちらへ歩み寄ってくる。それに対し、俺はビクリと震えた。
「……な、なぁアニキ。ちょっと待ってくれやせんか」
しかし、後ろにいた男がそれを止めた。
「あ……? なんだよ新入り」
「その……そいつはまだ子供です。そこまでする必要は無いんじゃ……」
……み……かた……してくれてる……?
しかし、俺を蹴った男はそれを一蹴した。
「うるせぇよ新入り。俺のやり方に指図すんな」
「……すいやせん」
「ガキ1人に情なんざ持ってんじゃねぇよ。テメェは外で見張りでもしてろ」
「……分かりやした」
その男は俺を哀れんだ目で見て、部屋の外へ出ていった。
再び、俺を蹴った男がこちらを向く。
「さーて、もう邪魔はいねぇ。思う存分にやれるぜ」
「……っ!」
やっ……やばい……抵抗しないと……!
男がこちらへ手を伸ばしてくる。なんとか抵抗しようと、身体強化をかけようとした。
……しかし。
……あれ? 身体強化……出来な……。
上手く身体強化をかけられない。それどころか、体も動かない。
それを認識したと同時に、体のあちこちに激しい痛みを感じた。
どうやら、投げ飛ばされたようだ。
「うぐぅ……な、なんで……」
身体強化がかけられない。体も動かない。
だが、それに対する疑問をとある感情が覆い隠した。
『恐い』
「……ぁ……」
それを認識し、1つの言葉が思い浮かぶ。
『精神系スキル 人恐怖症 Lv - 』
蹴られ、痛めつけられ。克服したと思っていたスキルが、再び顔を出した。
人恐怖症の恐怖心が、“恐怖耐性”を上回ったのだ。
恐怖のせいで体は動かない。身体強化も上手くかけられない。
今の俺は、ただ恐怖に喘ぐ子供だった。
「おっ? 逃げねぇと捕まるぞ?」
「ひっ……!?」
男の大きな手が……得体の知れない化物のように感じられた。
「うわああああ!!」
「おっ、いい声で鳴くじゃねぇか」
胸ぐらと首を掴まれ、持ち上げられる。
息が苦しい。体中痛い。
パニック状態に陥った俺は、ただ泣くことしか出来ない。
「う……うあああ……」
「ははは、泣きやがったよこいつ」
再び地面へ叩きつけられる。目の前の地面へ赤い液体が斑点を作っていた。
「ひぐっ……だ、誰か……」
「助けなんざ来ねぇよ」
頭に両親や知り合いの顔が浮かぶ。しかし、当然誰も助けてはくれない。
足首を掴まれ、男の元へ引きずられる。
「ひっ……や、やめ……」
「ははっ」
命乞いをする俺の胴体を、大きな両手が左右から鷲掴みにしてきた。そのまま持ち上げられてしまう。
「ほら、もっと鳴けよ坊主」
その両手にギリギリと締め付けられる。
呼吸が出来ず、この上の無いほどの苦しみに襲われる。
「ぁっ……が……」
その苦しむ俺の顔を、男はじっと見ていた。
突然、男の声が聞こえた。
「カーッ! やっぱ、ガキの苦しむ顔は最高だな!」
……っ……!?
男の非常識すぎる発言に、さらに恐怖心を覚えた。
「ほらほら、もっと鳴けよ! 俺ぁそう言う表情が大っ好きなんだからなぁ!」
「あぐ……うううう!!」
締め付けられる力がさらに増す。骨が軋む音が頭に響く。
すると、突然その力が緩められた。
「っ……はぁ……! はぁ……」
なんとか男の手から逃れようと、自分の胴体を掴んでいる手を引き剥がそうとする。
しかし、身体強化をかけていない子供の腕力で、敵うはずもなかった。
「さーて……次はどうしてやろうか?」
「ひっ……ひぃ……」
男の声に体が勝手に震えてしまう。
そんな俺を見て、男はニヤニヤと笑っていた。
「……俺はな、ガキが怖がったり絶望したりする顔が好きなんだよ。だから、お前がもっと絶望出来るよう良い事を教えてやる」
「……?」
な、なに……?
疑問を抱く俺に、男は話した。
「お前と一緒に連れてきた“メスエルフ”、実はお前が起きる前から目を覚ましてたんだよ」
……え……!? じゃあ、なんで俺が起きた時は……。
「正直、俺はメスエルフに用なかったから、坊主に手を出そうとしたんだ。……そしたらよぉ、おもしれぇことが起きたんだよ」
男の顔がアルフレッドのような、醜悪な笑顔になった。
「そのメスエルフが坊主の前に立ちはだかったんだよ。『この子に手を出さないで! 私が代わりになるから!』ってほざきながらな!」
「……え……?」
え……リティア……さんが……?
「したらそのメスエルフ、俺の腕にしがみついてきやがった。ウザかったから腹に1発蹴り入れてやったら大人しくなったけどな」
「そ……そんな……」
「くくくっ」
俺の絶望する表情を期待してか、男が笑いながら大声を上げた。
「お前と関わったからこんな事になってんだ! あのメスエルフが酷い目にあってるのは坊主! 全部お前のせいなんだよ!」
俺の……せいで……? リティアさんは……俺を守ってくれたのに……?
「ほら、どうだ。お前の顔を見せてみろよ」
「……」
うつむいている俺の顔を、覗き込むように男は動いた。
「……あ?」
しかし、男は不満を抱いている。
「なんだその顔……」
「……おかげで……目が覚めた」
「あ? なにを……」
“身体強化”
顔をしかめている男の顎を蹴り上げた。