113話 ポチとリティアは使用人 2
リティアさんはこのように、おっちょこちょいと言うべきか……トラブル体質と言うべきか……とにかく、小さな騒ぎをよく起こす。
普段は失敗しないメイドの人が、何かにつまづいて彼女の頭に水の入ったコップをかぶせてた。
この前だって、食事中に天井からシャンデリアが彼女の目の前に落ちてきて、頭から熱々のスープをかぶっていた。
それに、なぜワイバーン山岳にいたのか聞いたら、彼女は『高いところから見下ろせば、どこか分かるかなって』と言っていた。
つまり、自分から山岳に入ったのだ。
……うん。小さくはないな。軽く死にそうなトラブルがちょいちょい起きてる。
そんなわけで、もし彼女が働くとなったら、トラブルがたくさん起きて働くどころじゃなくなる気がする。
うーん……メイド服は似合うだろうけどなぁ……。今夜、お母さんに相談してみよっかな。
「では、リティア様の1日メイド体験を開始します。よろしくお願いします」
「は……はい。よろしく……願う……します」
ティカさんの前に、メイド服に身を包んだリティアさんが立っている。
あの日の夜に、お母さんに相談してみた。
そしたら、ティカさんの管轄の元で1日メイドの仕事を体験してみることになったのだ。
「それではリティア様。まずはお部屋の掃除から、始めましょう」
「分かった……ました」
覚えたての辿々しい人間の言葉で、受け答えをするリティアさん。
その様子を、俺は影から見ていた。
……やっぱり、心配だなぁ。
多分絶対(?)なにかトラブルが起きるだろうし。何かあった時のために、影から見守っておこう。
と言う事で、俺に見守られながらリティアさんの1日メイド体験が始まった。
まず向かったのはティカさんの部屋。
余計な物が何一つ無く、家具も整理整頓されていてとても綺麗だ。
「まず、掃除の基本をやっていただきます。ここには高価な物は無いので、たとえ壊してもご心配はありません」
「分かった……ました」
あ……やっぱり、ティカさんもリティアさんが何かやらかす気がしてるみたい。
しかし、その思惑とは違い、リティアさんの掃き掃除と雑巾掛けは難なく進んでいく。
……よくよく考えてみたら、掃除してるだけだもんね。そうそうトラブルは起きないか。
そう思い、気を緩めた次の瞬間。
ガシャーンッ
「きゃー!」
リティアさんの悲鳴と共に、ガラスが割れたような音が響く。
「リ、リティア様!?」
「リティアさん!?」
慌てて彼女のもとへ駆け寄る。
そこで、彼女の身になにが起きたのかを知った。
「い……いたた……」
チチチッ
なんと、彼女が窓拭きを始めた途端、その窓に小鳥が突っ込んで来たのだ。
そんな事ある!?
だが、幸いリティアさんにも小鳥にも、怪我はないようだ。
「大丈夫ですか? リティアさん」
「リティア様、お怪我は……」
「へ、平気……無し……怪我です」
……なんで、こんな事が起きるの?
ひとまずガラスの破片を片付け、別の仕事にも取り掛かる。
しかし、その後もなかなかにトラブル続きだった。
まずは皿洗い。
お皿を割る事は無かったが、手に取った鍋の取手が折れて彼女の足へ落下した。(怪我は無し)
続いて夕食作り。
ジャガイモの皮を剥こうとしたところ、彼女の頭上の戸棚から皿が雪崩のように落ちてきた。(怪我は無し)
うーん……凄いね。トラブルが起きまくってる。それに、彼女のミスじゃ無いのが驚きだ。
怪我は無いが不幸中の幸いだけど、大丈夫なのかな……?
「……って感じだった」
「そ……そうか。それは……凄いな」
「た、大変だったわね……」
夕食が運ばれてくるまでの待ち時間に、リティアさんの事を両親に話した。ちなみに彼女は俺の横に座っている。
「リティアちゃん、怪我は無いの? 大丈夫?」
「はい……無し……怪我です」
「それは良かった。して、どうだい? メイド体験は」
「楽しい……ありがとう……です」
両親の問いに、彼女は笑顔で答える。もうすっかり馴染んだようだ。
「失礼致します」
「失礼致します。主人様、ご両親様。夕食をお持ちしました」
そこに、ポチとティカさんが夕食をカートに乗せて持ってきた。
今日は魚を扱った料理のようだ。美味しそうな魚の切り身に湯気が立っている。
ただ……その横には、ボロボロになった蒸したジャガイモがある。
こっこれは……。
「ごめんなさい……私……イモ料理、した……」
おどおどと挙手をするリティアさん。やっぱり彼女が切ってたジャガイモだったんだね。
「ご安心を、リティア様。初めて挑戦する事は何かと失敗するものです。大切なのは、それにめげずに挑戦し続ける事なのです」
「う……うん……!」
ポチのフォローで、リティアさんの目に光が戻る。
ポチ……凄いなぁ。俺より人間の言葉が上手かもしれない。
しかし、そんな彼にあまり良い表情をしていない人がいた。
もちろんお父さんだ。
「……そう言う君はどうなんだ? ティカ、彼の働きぶりを教えてくれ」
「分かりました」
お父さん……やっぱりポチの事が嫌いなのかなぁ……? 俺としては、仲良くして欲しいんだけど……。
「えー……はっきり言いますとですね……」
「なんだ? まさか仕事をしていないのか?」
「いえ、その真逆です」
彼女の返答に、お父さんがぴくりと反応する。
「就任してまだ数日にも関わらず、すでに10人分の仕事をこなしています。今や他の使用人と同じ仕事だけで無く、皿洗い、毎日の2階の掃除は、彼が全て担っております」
「なん……だと……」
お父さんは、予想以上の仕事ぶりに驚愕している。
すると、ポチが彼に話した。
「父上様、ご心配には預かりません。この姿になり、私は様々な魔術や魔法を扱えるようになりました」
「ま……魔術や魔法だと?」
「はい。皿洗い程度でしたら、水魔術を少し使えば全てを同時に洗えます。掃除に関しても、風魔術や空気魔法を扱えば、手の届かぬ場所であろうと関係ありません」
それを聞いたお父さんは、わなわなと震えている。
……そういえば、ポチって俺の使える魔術と魔法を全部使えるんだっけ。
ポチからは、表情は変わっていないが、勝ち誇ったような雰囲気を感じる。
「しかし、魔術や魔法に慣れるまで、もう少し時間がかかります。扱いに慣れた暁には、更に倍の仕事をさせて頂こうと考えております」
「くっ……そ、そうか……励め……」
お父さんが負けた!
「もう、あなた達。いつまでやってるの? ご飯が冷めちゃうわよ」
「あ……ああ、すまない。それでは頂こうか」
お母さんの一言で、お父さんとポチの攻防が終わった。まぁ、終わってたみたいなものだけど。
すると、ティカさんがリティアさんに話しかけた。
「リティア様。ここでもメイドのお仕事があります。どうされますか?」
「あ……する、です!」
リティアさんはやる気のみなぎった表情で席を立った。
「エアリス様とグレイス様には、このぶどう酒カイト様にはこの桃ジュースを」
彼女の手から2つの瓶を受け取り、よたよたと両親の元へ向かうリティアさん。
その様子を俺と両親は、ハラハラしながら見守った。
「うんしょ……」
ふらつきながらも、両親のコップへぶどう酒を注ぎ終えた。全員が胸を撫で下ろす。
続いて、俺のコップへ桃ジュースを注ぐ。
「……!」
一瞬、足元がふらついた。危ない!
手を出そうとしたが、リティアさんに止められる。
「大丈夫……任せて……!」
「……!」
その真剣な目を見て、俺はうなづいて任せることにした。
桃ジュースが注がれるにつれ、コップの中の水嵩が増えていく。それを全員でただ見つめる。
そして……。
「お……終わり、ました……!」
……ちょっとノリで書いた箇所もあります。