112話 ポチとリティアは使用人 1
ポチがお父さんから俺のそばにいる許可をもらった次の日。俺の部屋には昨日と同じ人達が集まった。
一応リティアさんもいるが、今は見ててもらうだけという事になっている。
朝に図書室から出てきた彼は、家にいる執事の人と同じ服を着て目の前に立っていた。
「いかがですか? どこか、不自然な点はございませんか?」
「うん、大丈夫。どこからどう見ても普通の人だよ」
「ご両親様、いかがでしょう」
「ああ、問題ない」
「大丈夫よ」
これから、屋敷内の執事とメイドに紹介するにあたり、ツノや翼などのワイバーンを連想させるものは消してある。
今のポチはただのイケメン男性だ。
「……それじゃあ、ポチ……君? さん?」
「呼び捨てで構いませんよ」
「そう。じゃあ、ポ……ポチ、ティカを呼んできても大丈夫かしら?」
「はい。よろしくお願いします」
お母さんが部屋から出て行く。
部屋の中には俺とポチ、そしてお父さんが残った。
「ポッ……ポチ」
「はい。なんでございましょう」
お父さんがポチへ話しかける。
「昨日君が言った事……忘れるなよ。この家の者へ手を出すのは私が許さん」
「ご安心を。手を出すくらいであれば、自害します」
「……そうか」
お父さんはポチの事を、まだ信用し切れないようだ。きっと、お母さんも口に出さないだけで同じ心境なのだろう。
こればかりは俺にはどうにも出来ない。時間をかけて、仲を深めてもらうしかないだろう。
少しして、お母さんがティカさんを連れてきた。
「ティカ、紹介するわ。彼が昨日話した、ポチ・シリウスよ」
「この方ですか……」
ティカさんは部屋に入るなり、ポチの事をまじまじと見始めた。そんな彼女へポチの自己紹介が始まる。
「メイド長様、お初にお目にかかります。ポチ・シリウスと申します」
「あっ……失礼いたしました。グローラット家、メイド長を務めさせていただいている、ティカと申します」
深々と頭を下げる2人。先に頭を上げたのはティカさんだったが、その表情は曇っていた。
そして、今度は彼女からポチへ話しかけた。
「あの……エアリス様からお聞きしたのですが、カイト様に召喚されたブラック・ワイバーンとは……」
あれ、お母さん話してたんだ。まぁ、ティカさんは信用できるし大丈夫かな。
「はい、私の事ですね」
「そ、そうなのですか……私には、普通の人に見えますが……」
「そうですね……では、これをご覧ください」
そう言うと、彼の手がワイバーンのものへと変化した。
……は?
「ご覧の通りです。今は主人様の力により人の姿をとっていますが、本質はブラック・ワイバーンなのです」
「……失礼しました。これではもう疑いようがありませんね」
「はい。ですが、今の私は人として扱ってくださると助かります」
「承知しました」
……ちょっと待って。事の重大さに気がついてるの俺だけ?
そう思い全員の顔を見るが、全員彼の変化した手をまじまじと見るだけで、それ以上の疑問は抱いていないようだ。
「どうしたの? カイト、キョロキョロして」
「あ……ううん……何でもない」
お母さんに声をかけられるが、とっさにそう言ってしまう。
「それでは、メイドと執事達の元へ向かいましょう。朝の点呼のために集まっているので、その時紹介します」
「分かった。では向かうとしよう」
「行きましょう」
「はっ」
部屋から出て行く3人を、手をワイバーンのものから人のものへ戻したポチがついて行った。
「カイト君……大丈夫? みんな行っちゃったけど…」
冷や汗をかきながら立ちすくす俺に、リティアさんが心配そうに話しかけてきた。
「……大丈夫じゃ無いけど……大丈夫です」
「そ……そう……」
「……はい。じゃあ、僕も行きますね」
「あ、私も行く」
彼女と2人で部屋を後にする。
だが、彼女には大丈夫と言ったものの、俺は動揺していあのた。
それは、『ポチが自ら体の形を変えた』事だ。
てっきり、ポチの姿形を変えられるのは俺だけだと思っていた。
しかし、彼は自ら自分の手を変化させたのだ。と言う事は、彼は自分の意思で“ブラック・ワイバーン”の姿になれると言う事だ。
「……」
まぁ……ポチの事を信じてるから大丈夫だとは思うけど……ちょっと、びっくりしたなぁ……。
「……では、点呼はここまでにして、今日は新人の方がいらしているので紹介します。ポチ・シリウスさんです」
「ご紹介に預かりました。ポチ・シリウスと申します。若輩者ではありますが、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします」
挨拶をし、メイドと執事達へ頭を下げるポチ。その横にティカさんと両親が立っている。
俺とリティアさんは2階の手すり越しに、それを見ていた。
「彼は基本的にカイト様の専属となりますが、もちろんそれ以外の仕事もしていただきます。新人教育の経験もかねて、私と共にしっかりと指導してください」
「はい!(メイド、執事一同)」
見た感じ、嫌な顔をしている人はいない。嫌な顔どころか、メイドの人達は嬉しそうだ。
こんなイケメンと一緒に働くとなれば、女性としては嬉しいものなのだろう。
「ポチ……?」
「なんか、すごい名前ね……」
ただ名前に関してはあまり良くない反応だ。
そんな事を考えていると、お父さんの声が聞こえてきた。
「彼は少々人と違うところがある。何かおかしな行動をとるかもしれないが、多少は多めに見てやってくれ」
「お心遣い感謝します」
「……」
ポチに感謝されるが、お父さんはあまりいい顔をしていない。
「……では、各自仕事に取りかかってくれ」
お父さんの言葉に、メイドと執事の人達が返事をする。
「では、ポ……シリウスさん。こちらへ」
「お気軽にポチとお呼びください」
「……シリウs」
「ポチとお呼びください」
「で、ではポ……ポチさん。こちらへ」
ティカさんとポチが扉の向こうへ行き、両親、他の人達と他の部屋へ移動した。
ひとまず何事もなく終わり、ホッとする。
しかし、今度はリティアさんが曇った表情をしている。
「ど、どうしました? リティアさん」
「……ねぇ、カイト君。今あの人達って、お仕事の話をしてたんだよね?」
「は、はい。そうです」
……いきなりなんだ?
「で……でさ……カイト君が召喚した人? は、この家で住む代わりに働くんでしょ?」
「そうですね」
「じ、じゃあさ……その、私も働かないとダメかな?」
「……?」
……あ、そういう事か。つまり、後から来たポチが働く事になったから、自分も働かないと、ここにいさせてもらえないんじゃ無いかと思ったのか。
「リティアさんは大丈夫です。安心してください」
「……でも……」
しかし、彼女の不安そうな表情は消えない。
「……とにかく、今は部屋に戻って、言葉の練習しませんか?」
「……うん、分かった。お願いね」
俺の部屋に戻るため立ち上がる。
今までのリティアさんは”人間の言葉”は話せなかった。
だが、俺が翻訳しながら教えている事により、少しずつだが話せるようになってきている。
今では、割とスムーズに会話が出来るほどだ。
「リティアさんが働く、か……」
俺の部屋へ向かう彼女の背を見ながら呟く。
「何か言った?」
「……いえ、何も」
正直、彼女が働く事は賛同できない。というか、したくない。
それは彼女が、子供である事や人間の言葉を上手く話せないのもあるけど……。
「あいたぁ!」
目を離した瞬間に、彼女の声が耳に届く。
目を向けると、廊下に飾ってあった大きな花瓶の下敷きになっているリティアさんの姿があった。
「た、助けて〜……」
「だっ大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄り、花瓶をどかす。怪我はしていないようだ。
花瓶も割れていない。綺麗に彼女の背中に着地したからかな。
「ど、どうやったら、そんな綺麗に花瓶を背中に乗せられるんですか!?」
「えっとね……急に倒れてきて、避けようとしたら背中に……」
彼女はこのように、おっちょこちょいと言うべきか……トラブル体質と言うべきか……とにかく、小さな騒ぎをよく起こす。
アットホームですね……。