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110話 紹介 過去 2


 今日の戦闘で1つの大きな変化があった。


 戦闘で一命を取り留めた成体のオスが、自分に従い始めたのだ。 

 餌を要求すると、そのオスはすぐに大きな魔獣を狩って来た。それが幼体にとって、産まれて初めての食事となる。


 この時に、幼体は様々なことを知った。

 ワイバーンは身の回りの強者と戦い、勝てば従え、負ければ従うと言う本能を持っていること。

 それが、成体のオスがなぜ自分を襲うのかと言う疑問の答えであること。


 そして……自分の様に体が黒い個体は、産まれながらの『強者の象徴』である事。


 だが、それを知ると同時に新たな疑問が生まれた。


『なぜ、ワイバーンは強者を求めるのか』


 それは、“自然界で強いものが生き残る”、“強いものが多くの子孫を残せる”と言った事を理解している自然動物ならば、当たり前の本能によるものだった。


 しかし、生まれ落ちたばかりで、その本能を理解する前にそれに巻き込まれた事。

 そして、ワイバーンらしからぬ高い知能により、その“本能”を理解出来なかったこと。


 “ワイバーンの本能”を理解出来ないが故に、幼体は『戦う理由』を完全に見失ってしまった。


 それと同時に、“自分が得体の知れないなにか”のように感じられた。


 その時、幼体はふと空を見る。

 そこには、親に飛び方を教わる自分とは別の幼体の姿。


 それを見ながら考えた。

 なぜ、自分にあのような存在はいないのか。

 なぜ、自分の親は産まれたばかりの自分を、冷たい巣に置き去りにしたのか。



『戦い抜けば、親に会える』



 それが、幼体が考え抜いた末に出した、答えだった。

 考えるうちに、『戦う理由』と『なぜ親がいないのか』を無理矢理、結びつけてしまったのだ。


 それから、幼体は戦い続けた。

 自ら成体のオスの前へ姿を現し、襲って来たところを正面から返り討ちにする。それを繰り返した。



 『親に会いたい』ただその一心で。



 数年に渡って戦い続け、幼体はその言葉が似合わない程まで成長した。

 その頃には、山岳のワイバーンを全て従え群の長となっていた。


 しかし、戦い抜いた“彼”は絶望していた。

 『戦い抜いた』のに、『親』が現れなかったからだ。


 だが、それも当たり前だろう。

 幼いワイバーンが、『親に会いたい』の一心で、なんの根拠もなくそう期待していただけなのだから。

 

 全てのワイバーンを従え、自分に逆らう者も挑んでくる者もいなくなった。

 それにより、『親』ではなく“命令に無条件で従う人形の様なオス”、“強い子孫を残そうと自分の種を欲しがるメス”を手に入れた。


 それらから“彼”は何を得たのだろうか?



 『無』だ。



 従えたワイバーン達は、ただ自分に従うだけ。知能に差がある故に、ろくに会話も出来ない。

 

 多くのワイバーンを従えても、“孤独”である事に変わりはなかった。


 もはや生きている意味を見いだせず、ただ洞窟の奥で従えたオスが持ってくる餌を口へ運ぶ毎日。


 “死にたい”とさえ思う日もあった。

 


 だが、そんな毎日に変化があった。

 他のワイバーンに促されるがまま、1つの人間の村を襲った。それから少し経った時、大勢の人間が巣のある山岳に攻めて来たのだ。


 そして、その中に異質を放つ者が1人いた。


 こちらを威嚇するかの様に、魔力の気配を放っている。他のワイバーンがそれを恐れ、身を隠す程だ。


 しかし、“彼”だけは違う。その者の存在に気付いたその瞬間から、胸を躍らせていた。


『自分に勝るかも知れない者が現れた』


 そう思った。


 その者が自分達が拐った同族を助けにきたのを察した“彼”は、山岳の奥地へ足を踏み入れるよう獣を使って道を示し、そして戦いを挑んだ。


 ……。


 結果は期待通りだった。

 決して手を抜いたわけではない。全力で戦い、そして敗れた。

 それが“彼”にとって最初で最後の『敗北』だった。


 “彼”は歓喜した。ようやく終われたから。


 凄まじい生命力を持つが故に、半端な傷で死ぬことはなかった。そもそも、体が頑丈すぎて傷自体がほとんどつかなかった。


 意味も無く、ただ何も考えない様に毎日を生きていた。何かを考えると、悲しくなってしまうから。


 そんな日々もようやく終わった。

 “死”の瞬間だからこそ感じる、『産まれて初めて』『自分は生きてきた』と言う実感を堪能する。


 完全に力が抜け、地へと落ちている時に、自分を屠った者の姿が目に映る。

 薄れゆく意識の中、その姿を見ながら思った。


『このお方に仕えたい』


 その思いは、理解することの出来なかった本能のもう一方のものだった。

 

 死ぬ間際に“ワイバーンとしての本能”を初めて理解した。

 それは、“得体の知れないなにか”だった自分の存在が、初めて『形』を持った瞬間だった。


 “彼”は感謝した。

 それと同時に強い衝撃を感じ、意識が途絶えた。



 “彼”はふわふわとした不思議な空間で、目を覚ました。

 いや、“目を覚ました”と言う表現が、合っているのかも分からない様な感覚だ。

 周りを見渡すが何も無い。それどころか、自分の体すら確認できない。

 

 その状況を理解するよりも早く、“彼”はある事を理解していた。


 それは、『魔力召喚により召喚される』と言う事だった。困惑するも、何故かそれだけははっきりとしている。

 “彼”は召喚される身と言う立場から、不思議と『魔力召喚』を完璧に理解することが出来ていた。

 

 少しして、体が吸い込まれる感覚に襲われた。なんとなくだが、召喚されている事が分かる。

 それは、もう1度生きる事を許された事を意味した。


 しかし、“彼”は喜ぶどころか、怒りを感じていた。


 自分が召喚されると言う事は、誰かが自分を従えようとしているのだ。

 自分が従うのは、自分を屠ったあのお方だけ……例え、もう1度生きるチャンスをくれようとも、どこの誰かも知らぬ者に従うつもりは毛頭無い。


 だが……もし召喚が成功して、もう1度生きられるのなら……あのお方を探しに行こう。


 どこにいるかなど分からない。

 もしかすれば、探している最中に力尽きるかも知れない。

 下手をすれば、再会できたとしても再び葬られてしまうかも知れない。


 だが、その思いは揺るがなかった。

 

 必ずあのお方の元へたどり着いて見せる。

 そう決心し、召喚へ身を委ねた。


 地面を踏み締める感触を認識。無事、召喚された様だ。


 視線を落とすと、1人の人間のメスが見えた。だが、魔力による気配に脅威は全く感じない。


 『こんな者が、自分を従えようと……』



 グルルルルル……。



 怒りのあまり唸り、威嚇する。人間のメスはその唸り声に反応する様に、体を震わせた。

 しかし、“彼”はすぐにこんな事をしている暇では無いと気がついた。

 一刻も早く、あのお方を探しにいかなければ。


 そう思った時だった。


 その人間のメスの下から、別の人間が姿を現した。

 黒髪黒目で体格は小さい。おそらく人間で言う所の子供。

 “彼”の心臓が大きく鼓動した。


 『あのお方だ!』


 見た瞬間に確信した。


 すると、体が自然と動き、その子供へ頭を下げる。

 言葉を話す事は出来ない“彼”にとって、その姿勢が精一杯の、敵意がない事を伝えるための手段だった。


 目の前の2人の人間は、困惑する様子を見せた。だが、すぐにこちらへ話しかけてくる。


 その言葉が理解できた。


 何故かは分からない。だが、耳に届く“音”を『言葉』として認識できた。

 理屈は分からないが、仕えようとしている人間の言葉が分かる事に越した事はない。


 そして、不思議な事がもう1つ起こった。

 その子供から『ポチ』と言う名をつけられた瞬間、その子供の記憶が頭に流れ込んできた。


 長い間森で生活していた事。

 今の両親に拾われた事。

 人恐怖症で苦労した事。


 そして……『カイト』と言う名である事。


 なぜカイトの記憶を読み取れた? この名をつけられることの、なにがそんなに特別なのか?


 彼の記憶から、その答えらしきものを探し出す。


 人間の間では、“名付け”と言う儀式があるらしい。

 それは基本的に『親』が『子』へ行う儀式であり、“名付け”により名付けられた名は一生涯に渡り変わる事はない。

 1度きりで変わりは効かない、とても大切な儀式だ。


 カイトは自分へその儀式をしてくれた。つまり、それによって『親子』と言う関係がここに契約されたのだ。


 “ポチ”はそう確信した。


 カイトが横にいる人間のメス……女性と何か話している。その女性の名も、カイトの記憶からミフネと言う名と分かった。


 ミフネと話していたカイトが、両手をこちらに向けて何かをし始めた。

 すると、体の形が変形し始める。困惑するも、それに身を委ねた。


 目を開けると、視線がやたらと低く感じた。

 体に違和感を感じて視線を落とすと、見慣れぬ体がそこにある。


 “ポチ”はカイトと同じ、『人間』の姿になっている事に気がついた。


 頭の中を整理すべく、変化した手を見つめているとカイトが目の前に立った。

 

「これからよろしくね」


 そう言い、右手を差し伸べて来る。

 これは、人間の間では“握手”と言う行為だったはず。あいさつの時や、親愛の印として行うもの。

 この行為をする時、対等な者と認めると言う意味もあった。

 カイトは、自分の事をそこまで認めてくれている。その事に胸が熱くなった。


 だが、自分はカイトへ仕える事を望んでいる。そこに、対等な関係などいらない。


 そこで、読み取った記憶からこの様な場合に使えるものは無いかと、探してみる。

 すると、それらしきものを見つける事が出来た。

 

 カイトの右手を取り、自分の手が下となるよう軽く捻った。その手を握りつつ片膝を地面へつく。

 その記憶からの知識では、ここで忠誠の言葉を言うらしい。今の自分にはぴったりだった。



 絶望していた自分を終わらせてくれた。

 自分という存在がなんなのか、それを理解させてくれた。

 そして、生きる事への希望を与えてくれた。



 いくら感謝してもし切れない。一生かけても足りない程。

 その時、口から出た自分の『言葉』は、嘘偽りの無い本心そのものだった。


「カイト様に絶対の忠誠を誓います。この命、果てるまで」



 ー カイトの部屋


「……カイト様は私に、生きる意味を教えてくださいました。カイト様は、私の命の恩人なのです」


 ポチにも過酷な過去があったみたいです。

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