106話 まさか喋るとは 2
家族やその他の人達に、蔑まされた視線を送られている光景が頭に浮かぶ。
そ、それだけは嫌だ!
「お、お願いだからちょっと待って!」
「何故止めるのです? 主人様が名付けてくださったのでしょう?」
「そ、そうだけど……でっでも、ダメなの! 名前変えるの!」
我ながら子供みたいなセリフだが、気にしてなどいられない。
「変えるから! 待ってってば!」
「ふむ……そうですか。では、ポチに変わる名を言ってください。私が気に入れば、変更しましょう」
「な、なにそれ!」
重要な儀式とか言ってたのに、そんなので良いのかよ!
しかし、せっかくの名前変更のチャンス。なんとしてでも変えなければ……。
「よ、よし……僕が言う名前が気に入れば、変えるんだね?」
「はい。“男に二言はない”と言うやつです」
……地獄の始まりだった。
30分後。
「……ハァ……ハァ……えっと……カ、カーニャ!」
「却下です」
「……ハァ……アイル!」
「却下です」
「……ワイバーン太r」
「却下です」
あれから30分。思いつく名前を片っ端から言っているが、ポチは全く了承しようとしない。
もう、完全にネタ切れだ。
「ふふふ、どうしました主人様? 私が気に入った名前はまだありませんよ?」
「……くっ……」
ポチはニヤニヤしながらこちらを見ている。
   
「ワイバーン二郎!」
「却下です」
「ワイバーン三郎!」
「却下です」
「ワイバーン四郎!」
「却下です。もはや、なげやりですね」
この30分で1つ、分かった事がある。
   
俺が読んでいた“悪役令嬢”を扱った異世界ラノベ。それの登場人物に“さでぃすと”なる物がいた。
確か“さでぃすと”は、他人をいじってその反応を楽しむのが好きだったはず……。
「ふふふ、もうネタ切れですか? このままでは、私は『カイト様に名付けられたポチ』と名乗りますよ?」
   
目の前の彼は、完全に俺の反応を楽しんでいる。
こいつ……“さでぃすと”だったのか……!
「も、もう……ネタ切れだよ……」
「分かりました。では、私は今日からポチですね」
「うぅ……」
ああ……このままじゃ、お母さん達に変な目で見られちゃう……。
   
ポチへ目をやる。
見た目は俺の好きだったキャラクターの“アズライト・ライゼクス”なのに、中身は全然違う。
むしろ、同作品に登場していた“シリウス”と言う、さでぃすとキャラクターに似ている気がする。
「こ……これじゃシリウスみたい……」
無意識にそう呟く。
「……シリウス……」
しかし、その呟きにどんな名前も却下していたポチが、初めて別の反応を示した。
それを見逃さない。
「……! シリウス! 気に入った!?」
「……!」
   
ポチは顎に手を当てて考えている。その光景に希望を持った。
  
「……ふむ、良いですね。“シリウス”」
「……! ……! じ、じゃあ……」
しかし、彼の次の一言で俺の希望は打ち砕かれた。
「では、『ポチ・シリウス』と名乗ります」
「……へぁ!?」
彼は結局、ポチと名乗るらしい。この後、どんなに粘っても彼は『ポチ・シリウス』を譲ってくれなかった。
「わ……分かったよ……それで良いよ……」
「はい。私の名は『ポチ・シリウス』です。よろしくお願いします」
ようやく(不服だが)彼の名前が決まった。
次の問題は、彼をどうやって家に置いておくかだ。いくら、俺に仕えると言っても何も仕事をしなかったら、ニートと変わらないと思う。
「……と言う訳で、シリウスが僕の家で住むためのルールを決めたいんだけど……良いかな?」
「分かりました。そして主人様、私はポチとお呼びください」
「シリウス!」
「ポチです」
「シr」
「ポチです」
「……s」
「ポチです」
彼はかたくなにポチを譲らない。あの時、ポチという名しか思いつかなかった自分を恨めしく思う。
「……ポ、ポチ……」
「はい。何で御座いましょう?」
屈み、笑顔で俺の顔を覗き込んでくる。
こ、このさでぃすとを感じさせるイケメン笑顔……勝てる気がしない……。
「じゃ……じゃあ、ルールを決めるよ」
「はい。何なりと」
「1つ目。周りにたくさんの人がいるけど、ポチより弱いよ。でも、絶対に見下さない事」
このルールは、“自分より強いから俺に従っている”と言う、彼の思想から『主人様以外の命令は聞かん。弱者が気安く話しかけるな。食べるぞ』と言ってしまう事を懸念してだ。
しかし、その心配は余計だったとすぐに分かった。
「ご心配無く。他の人族を弱者と侮辱する事は、同じ人族である主人様を侮辱すると言う事です。もしそのような事があれば、自ら命を断つ覚悟です」
「い、いや……そこまでしなくても……ま、まぁそう言うなら大丈夫か……」
彼のさでぃすとな性格を考えると、俺以外の人を虐めるんじゃないかって思ったけど……大丈夫そうかな?
「じゃあ、2つ目。普段は僕の家で執事として働いて」
「分かりました」
よし、これでニートになる心配は要らないな。
「他にはございますか?」
「え、えっと……うーん……」
言われてみると、他が思いつかない。もう少し細かく決めておいた方が良いと思うが…
「そこの女性に意見を求めてみては?」
「そこの女性……? ……あ!」
ミフネさんの事、すっかり忘れてた!たしか、固まってしまって手元を見ずにペンを走らせていたはず……。
慌てて彼女がいた方向へ目をやる。
そこには、体育座りをしている彼女の姿があった。




