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98話 家庭教師


 窓から日差しが入り込み、部屋の床を部分的に照らしている。


「よし、全員席に着いたな。では、いただこう」


 お父さんの一言で食事を始めるが、俺の両手はまだ膝の上にあった。


「お……お母さん……離してよ……」

「ダメよ。大人しく抱っこされてなさい」


 今、俺はお母さんの膝に乗せられ“強制的”に食事させられている。


「ほら、お口を開けて」

「ぅ……あ……あー……」


 開けた口にスプーンでスープが運ばれる。俺はそれを大人しく受け入れるしかない。


 こんな事になっているのには理由がある。

 ワイバーンとの戦いを“バカ正直”に話したところ、2、3回死にかけたことが両親にバレてしまったのだ。

 それにより、“無事に帰ってくる”と言う約束を一部破ったと判断され、罰的な意味を込めてこの状況になっている。


「どう? このスープは私が作ったんだけれど、美味しい?」

「う……うん。美味しい……」


 正直に言えば、嫌ではないけど……むしろ嬉しいけど……。


 リティアさんの視線が痛い。


視線の先には、スプーンを持ったまま、こちらをじっと見つめている彼女の姿があった。


 あれから彼女はずっと俺と行動を共にしている。

 食事はもちろん、風呂や寝床まで一緒だ。

 中身が大人の俺からしたら、いささか問題のように感じたが、仕方ないと思い良しとした。


 でも、なんでそこまで俺と一緒にいたがるんだろ?


 俺以外に信用できる人がいないとなれば、一応の納得はできる。

 しかし、彼女は女の子だ。

 普通、風呂とかは恥ずかしがると思ったんだけどな。


 そういえば、朝起きたらほぼ毎日、ワイバーン山岳でして貰ったように、頭を抱きしめられている。


 あの時の事が、なにか関係してるのかな?


“あの時”とは、俺が彼女に本当の姿を見せた時のことだ。

 あの時、彼女はなぜか大泣きし、俺に抱きついた。そして、誰かに謝り続けていたのだ。


 俺のこの姿が何か関係してる?

 そういえば、彼女の様子はあれからどこかおかしい。俺を見るたびに懐かしそうな、悲しそうな表情をみせるのだ。


 ほら、今だって羨ましそうにこっちを見て……。

 ……羨ましそうに?


「ほーら、カイト。食事の時は他のことを考えてはダメよ」

「え、むぐ……」


 彼女の視線の異変に気づくと同時に、口にスープの肉をねじ込まれた。

 咀嚼している最中に、お母さんはリティアさんに話しかける。


「どう? リティアちゃん。お口には合うかしら」

「えっあっ……う……」


 突然話しかけられたリティアさんは戸惑って、俺をチラチラと見てくる。

 それも仕方ないだろう。なんせ言葉が通じないのだから。

 ようやく肉を飲み込み、その事を伝えた。


「お母さん、リティアさんには人の言葉は通じないよ」

「……あ、そうだったわね。それじゃあカイト、通訳を頼めるかしら」

「それなら、私からもお願いしよう。その子にはいくつか聞いてみたい事がある」

「うん、分かった」


 そして、俺を通訳として挟んで彼女達の会話が始まった。


「どう? ご飯はお口に合うかしら?」

「は、はい……ただ、お肉がちょっと……ごめんなさい」

「あら、少し入ってたかしら。まだメイド達に伝わり切ってなかったみたい。ごめんね」

「何か、必要なものはないか? もしあれば、なんとかして揃えるが……」

「いっいえ、前に貰ったもので十分です……ありがとうございます」


 何を聞くかと思ったが、彼女の事を気遣っての事ばかりだった。


 実は、彼女を両親に紹介した時、2人は悩んでいたので少し不安だったのだ。

 しかしこの様子を見るに、両親と彼女に関しては心配いらなさそうだ。 


 ほっと胸をなでおろすと、食堂の扉がノックされた。


「ティカでございます。お食事中で申し訳ありませんが、お時間よろしいですか?」

「構わない。入ってくれ」


 お父さんが返事を返すと、扉が開きティカさんが入ってきた。


「失礼いたします」

「どうしたの? 何かあった?」

「はい、カイト様にお客様でございます」

「あ、もうそんな時間……」


 お母さんの手からスプーンを受け取り、残りのスープを口の中へかき込んだ。


「あ、こらカイト。お行儀が悪いわ」

「ごめんなさい、じゃあ行ってきます!」

「ああ、頑張ってこい」

「行ってらっしゃい。リティアちゃんは任せて」

「行ってらっしゃいませ」



 膝から降り、ティカさんが入って来た扉から玄関へと向かう。

 玄関横の応接室の扉を開けると、そこにはミフネさんの姿があった。


「おはようございます、ミフネさん」

「おはよう、ったく遅いわよ……まぁいいわ、裏庭に行くわよ」


 彼女と足早にに裏庭へ向かう。


「全く……これのおかげで王都からここまで来る羽目になってるのよ?」

「ご、ごめんなさい」

「……でも、その分あんたにも協力してもらってるから、文句は無いけど」

 

 彼女は前を向き直し、複雑そうに呟いた。


「まさか……あたしがあんたの家庭教師になるなんてね」




 数日前、王都


「それじゃあ、今からライナ達に報告するけど、カイト君はついて来てほしいかな。とりあえず倒した証拠として、ブラック・ワイバーンの死骸を見せてやってほしい」

「はい、分かりました。……リティアさんはどうしたらいいですか?」


 乗っていた馬車はもう片付けられてしまった。

 今は彼女の頭に黒い布を被せてバレないようにしているが、それがいつまでバレずにいられるか……。


「なら、私が見ててあげるわ。適当に言って誤魔化しとくから」


 王城の中で適当に誤魔化す……多分、騎士団長だからこそできる事だね。


「行くよ、カイト君」

「……はい」


 彼の後につき、王城の中へと入った。その影に隠れて男の姿へと戻る。


「……予想はしてたけど、凄いね……」

「は、はい……」


 王城内では数え切れない数の人達が走り回っていた。俺がワイバーンの件を知った時も大概だったが、その比ではない。

 そこに、王様が駆けつけて来た。


「コウ! 無事だったか、良かった! カイト君も無事か!」

「あ、ああ無事だよ」


 こちらの無事を確認するや否や、宰相から紙を受け取って唸り始めた。


「なんだって!? 『応援要請には答えられない』!? ああもう、ほんっとに協調性無いなあのクソ帝国!」


 お、おお……だいぶ気が立ってるな……。


「今の時点で応援要請に応えてくれたのは3ヶ国か。仕方がない……少し距離があるが、アルダ王国にも応援要請を出すんだ」

「ねぇ……」

「っ!? 正気ですか国王様!? あの国とはまだ条約を結んでおりません! 要請に応える代わりに何を要求されるか……」

「聞い……」

「そんな事は分かっている! だが、あの国は魔法研究の最先端を行く国だ。戦力としては十分に期待できる。背に腹は変えられないだろう」


 なかなかの修羅場だなぁ……。


 ちなみに、コウさんは先程から話を切り出そうとしているが、コントのようにスルーされている。


「何としてでも、ブラック・ワイバーンを討伐するんだ。でなければ……この国の明日はない」

「ちょっ……」

「……はっ、分かりました。では、すぐにアルダ王国へ使者を……」

「ちょっと聞いてって!」


 遂にコウさんが大声を出した。大勢の視線が彼に集まる。


「ど、どうした?」


 王様が驚いた表情で尋ねる。


「えっとね、今みんながブラック・ワイバーンの件で慌ててる所申し訳ないんだけど……カイト君が単独で倒してしまったよ」

「「……は!?」」


 王様と宰相が同時に驚きの声を上げた。しかし、表情は信じられないと言わんばかりのものだ。


「……え? ほんとに……え? ちょっともう一回……え?」

「だから、ブラック・ワイバーンはカイトくんが倒してしまったよ」


 コウさんとミフネさんの時のように言葉が悲惨なことになっている。

 そこまでの事なのか。


「気持ちは分かるよ。証拠を見せるからついて来てくれ。カイト君、行こう」


 4人で王城裏の演習場へ出た。王様と宰相はまだ半信半疑の表情だ。


「それじゃあカイト君、見せてあげて」

「わ、分かりました」


 広場に誰もいない事を確認し、収納部屋からブラック・ワイバーンの死骸を出した。


「どう? 本当だったで……」


 コウさんが振り向き、声をかけようとしたが、2人は大口を開けて固まってしまっていた。


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