96話 エルフ問題 2
「ま、そういう訳で、君がその子を守るというのなら、俺達は手を出せないんだ。言ってしまえば、エルフのスパイ1人より、君が怒り狂って暴れることの方がおそろしいからね。国が滅びかねない」
「そ、そんな事しませんよ……」
コウさんは冗談を言うように笑いながら言っている。
「でも、1つだけ約束してくれないかな」
「は、はい」
突然雰囲気が変わって、少し面ぐらう。
「その子に対して絶対に油断しないこと。でないと、何かあった時に君が1番困る事になるよ」
つまり、彼女がスパイの可能性がある事を忘れるなと言うことか。
「……分かりました」
頷いて答える。
「うん、それじゃあこの話はここまでにしよう。そうだ、君を家に返す前に、悪いけどブラック・ワイバーンを倒したという事を王都に報告するために、一緒に来て欲しいんだ」
「王都にですか?」
「きっと、避難勧告とか応援要請とか出しちゃってると思うから、とりあえず倒した証拠としてブラック・ワイバーンの死骸を見せて欲しい」
……なるほど。
確かに、国を滅ぼした魔物を倒したなんて、簡単には信じられるものでは無い。
「良いですよ」
「ありがとう。よし、じゃあ今回はお疲れ様。後の事は俺たちに任せて、馬車でゆっくり休んでね」
しかし、彼との会話で現実が見えてきた。
ブラック・ワイバーンに滅ぼされたという国も、決して弱かったという訳ではないだろう。
自衛の武力くらいは持っていただろうし、勿論反撃だってしたはずだ。
俺は、国1つが戦って負けた“国滅ぼしの魔物”を、たった1人で倒してしまった。
それは、俺の実力を言葉で表現するには十分すぎるものだ。
きっと……いや、絶対にこれは噂として広まる。
「はぁ……」
「……あ、そうだ」
すると、ため息をついた俺にコウさんが1つ提案した。
「君がどうやって国滅ぼしの魔物を倒したのか、気になるな。良かったら聞かせてもらえないかな」
「……良いですよ。ちょっと曖昧なところがありますけど」
覚えている限り、ワイバーンとの戦闘を話した。彼は、それを黙って聞いている。
「……みたいな感じで、多分最後は殴って倒しました」
「……それは……すごいね。あれと殴り合ったんだ……」
話を聞いたコウさんは、驚きやら若干引いてるやら、なんとも言えない表情だ。
しかし、俺の話を聞いて、1つの疑問を抱いたと言う。
「君って、1回ブラック・ワイバーンのブレスをまともに受けたんだよね?」
「あ、はい。記憶が正しければ」
「さっき、君はそのことを特に気にも止めずに、『ブレスを受けたけどなんか生きてたんですよね。それで……』って言ったけど、割と重要な話だよ」
そんな言い方してたっけ……まぁいいか。
それを言われてみたら、たしかにその通りだ。今の今まで忘れていたけど、あの時の俺はなんで生き残ったんだ?
「君は、ブラック・ワイバーンのブレスを凌ぐ防御力だったのかな?」
「……そ、それは無いと思います」
「それじゃあ、なにか理由があるはずだよ。心当たりは?」
心当たり……かぁ……。いや、死んだと思ったら生きてたことへの心当たりなんて……。
なんだか、ゲームで言う残機があるみたいだ。やったことないけど。
そんな、生き死にを無視できる考えに、苦笑いを浮かべる。
「……!」
その時、ふととある“生き死にに関わる”人物が頭に浮かんだ。正確にいえば、その人物は“生命”に関わっている。
この世界に俺がいる理由でもある人物。
「テイル……?」
その名を呟くと同時に、以前、彼から加護を授かっていたのを思い出した。
コウさんが生まれた(?)森に、調査に行くと言う依頼。それを受けた時、安う……椀飯振舞いしてくれた加護。
ただ、その内容は分からない。たしか、『そく……む……』って言っていた。
……ダメだ。考えても分かんない。
「なにか心当たりが、あるのかい?」
コウさんの声でハッとする。
そうだ。彼にはテイルとの関係を話している。なら、このことを話して一緒に考えてもらおう。
「はい……1つだけ、心当たりがあります。えっと、前にコウさんにも話しましたが、テイルから……」
「あ、ちょっと待って」
「えあ……ぅ……」
いきなり止められたことにより、発言のために吐いた息が変な声を奏でた。
俺の言葉を遮った本人は、なにやら鋭い目をしている。
「な、なんですか?」
「テイル様の話をするなら、事情を知っている俺以外には聞かれない方が良い」
「え? でも、ここには……」
「……その子だよ」
彼はリティアさんに小さく指をさした。それにより、彼女体はビクリと震える。
「で、でも……」
「さっきも言った通り、その子がこちらの言葉を理解していないとは言い切れない」
コウさんの言いたい事は分かる。ただ、どうしても……俺には、彼女に裏があるとは思えない。
すると、彼は彼女に聞こえないよう耳打ちをしてきた。
「君がその子を庇うのは分かってる。だから、万が一のことを考えて、収納部屋に入れてくれないかな」
「え……」
「生き物を入れても問題ないんだろう? 話が終わったら出してあげれば良い」
それを聞いて、収納部屋に関する記憶が蘇る。
「あの……無理です」
「どうしてだい?」
「あのワイバーンに使おうとしたんですけど……なぜか、収納出来なくて……だから、なにか不具合でも起きたかもしれません」
「あ、なるほどね」
俺はそれなりに重く考えているのだが、彼のその声は軽く感じられた。
「それ、多分ブラック・ワイバーンの魔術や魔法に対する耐性。言わば、『魔力耐性』のせいかも知れないね」
「魔力耐性……?」
そういえば、ワイバーンは個体によってそんなのがあるって聞いてたっけ。
「まぁ、正直に言えば君の収納する魔法とかブラック・ワイバーンの魔力耐性なんて、どれほどのものか分かりっこ無いけど。とにかく、それが絡んでるのは間違い無いよ」
言われてみれば、リティアさんとご飯を食べた時はお皿とかを問題なく出し入れできた。
と言う事は、彼の言う通りワイバーンの耐性のせいだったのかな……?
それで、死んだからその効果も消えて、死体を収納出来たと……。
「もし彼女を出せなくなったら、その時は一緒に解決策を考えるよ。もちろん、ミフネにも頼んであげるからさ」
「……」
「ね……ねぇ、ミウちゃん。なんのお話ししてるの?」
すると、リティアさんが俺の腕を掴んでそう訊いてきた。その顔からは、かなりの不安を感じる。
「……安心してください、大丈夫です」
「そ、そう……?」
なんとか彼女を落ち着かせる。
「……」
正直、彼女を収納するのは不安だ。
でも……あの謎も解きたいし……コウさんならきっと……。
考えてみれば、収納部屋がワイバーンと戦っているときだけ都合よく(?)使えなかったとか。都合良く(?)不具合が生じて戦いが終わったら直ったとか。
そんな都合の良い(?)ことが現実で起きるのだろうか。
そう考えるとコウさんの言った、“ワイバーンが耐性を持っていた”という説が1番ありえるのか。
あ、じゃあリティアさんを収納部屋に入れても大丈夫なのかな?
そう思い、念のために刀を出し入れしてみる。やはり、なんのトラブルもなかった。
それを確認し、恐る恐るリティアさんを収納する。そして、すぐに元の場所へ出した。
なんの問題も起きない。彼女自身もそのことに、気がついていないようだ。
収納部屋に不具合が起きたわけではないと分かり、胸を撫で下ろした。これなら、彼女を収納しても問題はない。
再び彼女を収納し、コウさんへ話しかける。
「お待たせしました。これで、話しても良いですか?」
「……うん、大丈夫だよ。ずいぶん長かったね」
若干苦笑いしているコウさんに、テイルとのやり取りを話した。
「……なるほど。つまり、その『そく、む』っていう御加護が関係しているのかも知れないんだね」
「はい」
「でも、効果どころか名前すらもよくわからない、と」
「はい……」
そう答えると、彼は顎に手を当てて考え始めた。
「うーん……『そく、む』か……流石にそれだけじゃ、分からないなぁ」
「ですよね……」
「でも、テイル様がくれた御加護なんだから、きっとすごい効果なんだろうね」
2人で唸りながら考える。しかし、答えらきしものはなかなか見つからない。
「……一旦、今回の出来事を振り返りながら、考えてみよっか。そしたら、『そく、む』と結びつくものがあるかも知れない」
「……分かりました」
彼の提案に従い、俯いていた顔を上げて今回のことを再び話す。
「ブラック? ワイバーンのブレスを受けて、死んだと思いました。でも、なぜか生きてました」
「……」
「周りの状況からも、外れたとは思えません」
それを、彼は黙って聞いていた。
「……聞けば聞くほどおかしな話だね」
「僕もそう思います……」
「ただのワイバーンのブレスですら、直撃して生き残る生物はいないと言われてるんだ。ましてやブラック・ワイバーンのブレスなんて、比べものにならない程の規模のはず。それ受けて生き残っただなんて、正直信じられない」
「で、でも僕は……」
「大丈夫。君が嘘をついたなんて思わないからさ」
そう言うと、再び彼は考え始める。その口からは、ぶつぶつと小声が聞こえた。
「死んだと思ったら生きていた……生き残った……?」
「……」
「いや、“生き残った”よりも……」
そんな呟きを、黙って聞いている。
「……カイト君。受けたブレスの規模は、具体的にはどれくらいだった?」
「ぐ、具体的……ですか? えっと……地面におっきい穴が出来てました」
「横幅はどれくらい?」
「……10メートル……よりも大きかったと思います……」
自信のないまま答える。しかし彼はそれを聞いて、再び考え始めた。
「……ん?」
すると、そんな声が耳に届く。何かに気がついたようだ。
「カイト君」
「は、はい」
「君が受けたブレスの規模は、生物を確実に殺してしまう威力であることに、異論はないかい?」
「……は、はい。ありません」
「……そっか。うん、その御加護、もしかしたら分かったかも知れない」
え!?
「本当ですか!?」
「うん。あくまで予想だから、当たってるかは分からないけどね」
御加護の正体とは……。