95話 エルフ問題 1
空はすでに夕焼けに染まり始めている。
場所が少し離れていることもあり、幸いワイバーンによる襲撃は今の所ない。
「へぇ……じゃあ、あの人達は人間の国の騎士団長? なんだ」
「はい。結構、偉い人たちなんですよ」
俺たちは、お互いの事を教え合って時間を潰している。
すると、どこからか特徴的な動物の鳴き声が聞こえて来た。
この鳴き声は……。
「ちょっと待っててください」
「あ……う、うん」
彼女をその場に残し、その方向へ走った。
木の陰から覗き込むと、そこには大きな馬車が2台こちらへ向かってきていた。
それを確認し、急いでリティアさんの元へ戻る。
「来てください。もしかしたら、馬車に乗れるかもしれません」
「え、あっ……わっ分かった」
彼女の手を引き、馬車の向かう方向へ先回りした。
元怪我人達がいる場所へ着き、少しすると先程の馬車が現れた。
そこにコウさんが駆け寄って行く。
「君達だけ随分と早い戻りだね。何かあったのか?」
「はっ! この馬車に乗っていた者達が、緊急事態につき、団長だけでも先に帰還させよと自ら馬車を降りました!」
「……分かった。それじゃあ後ろのも同じ理由で?」
「はっ! 後ろの馬車に乗っていた者達は、『ここまで来れば後は歩ける』と、少しでも負傷者を救えるよう自ら馬車を降りました!」
その会話を聞いてて俺は思った。
騎士団の人達、立派すぎる。
「しかし……」
馬車を引いてきた兵士はコウさんの後ろに目をやった。
そこには、俺が治癒魔法で助けた人達の元気な姿があった。
「確か……ここには重傷者達がいたかと……」
「あー……えっとね……」
すると、その近くにいた兵士がその疑問に答えた。
「俺ぁ見たんです! 森の中から突然白髪の少女が現れたと思ったら、両手を広げて何かをし始めたんです! そしたら、デケェ魔法陣が足元に出て、俺たちの怪我を癒したんだ!」
「傷を癒した!?」
完全に俺のことだ。めちゃくちゃ見られてた。
これは面倒事になる予感……見つかる前に隠れておこ。
「カイト君? ああ、いたいた」
コウさん達と合流した。兵士達と話をつけてきたらしい。
「とりあえず馬車は小さい方を1つ、俺たちが使えるよ。その馬車へバレないようにその子を乗せよう」
「分かりました」
「ワイバーンが来てもすぐ対応できるように、あたしは後ろの馬車に乗るわ」
「……って言ってます。私達は前の馬車に乗るのでついて来てください」
「……う、うん」
コウさん達の言葉をリティアさんにも分かるように翻訳して伝え、指示された配置についた。
馬車の前には兵士数名と、コウさん達が何か話している。
兵士達がこちらを見ていないすきに、音を立てないように馬車へと乗り込んだ。
なんとかバレずに乗り込めたようで、胸をなでおろす。
少し経ってからコウさんも馬車へ乗り込んできた。
「よし。大丈夫そうだね」
「はい」
馬車が動き始めた。
俺が治癒魔法で怪我人の傷を癒したため、予定を変更して全員で移動することになったらしい。
後ろにある大きな馬車で交代で休み、徒歩で王都まで向かうとの事だ。
窓からバレないよう外を見てみると、後ろの馬車の周りに治癒した人達が並んで歩いている。
「皆さん無事に歩けてますね。良かったです」
「うん、そうだね。……カイト君、ちょっといいかな?」
「はい? なんですか?」
コウさんの方を向くと、彼はこちらをまっすぐ見て姿勢を正した。
「君のおかげで大勢の命が救われた。騎士団長として改めてお礼を言うよ。本当にありがとう」
彼はそう言って深々と頭を下げた。
「え!? いっいやそんな……」
「君がいなかったら今、後ろを歩いている団員はいなかったと思う。それどころか、君が命をかけてブラック・ワイバーンと戦ってくれなかったら、国が滅んでたかもしれない。どれだけお礼を言っても足りないよ」
お礼を言われ、照れくさく感じる。
しかし、それと同時に死んでしまった者も頭に浮かぶ。
「……でも、中には傷は癒せても……」
「……多くの人が助かったんだ。その人達も浮かばれるよ」
それなら……良いんだけど……。
「この礼は帰ったら必ずする。どうかそれまで待ってくれないかな」
これは、その礼を受けるまで引き下がらない気だ。
「……わっ分かりました」
「ありがとう。 ……それじゃあ、すまないけどこの話は一旦区切って、話を変えさせてもらうね」
そういうと彼は、目線を変えた。その先いるのはリティアさんだ。
「その子の処遇についてだ」
処遇……?
「俺はその子を、王城に連れて行くべきだと考えてるんだ」
「え!? な、なんでですか?」
「その子は何をするか分からない。この国にいる限りは監視が必要だよ」
「っ!?」
俺は驚いた拍子に立ち上がった。そして彼とリティの間に立つ。
「なんで監視が必要なんですか!? リティアさんがここにいる理由は聞いてましたよね!?」
「ああ、もちろん聞いていたよ。だからこそだ」
「だからこそ……?」
俺の困惑した様子を見て、彼は説明し始めた。
「エルフって、不老長寿の種族なのは知っているよね?」
「は、はい……」
「成長が終わったエルフは基本的には大人の姿なんだけど、中には子供の姿のまま何十年も生きるエルフがいるんだ」
「……」
子供の姿で500歳とか言うエルフが、ラノベに登場していた事がある。彼が言っているのはそう言う事だろう。
「過去にそれを利用して、エルフが他国に諜報部隊を送ったことがあるんだ。つまり、スパイだよ」
「スパイ……」
確かに……エルフなら、見た目は子供でも中身は大人みたいな俺の様な人がいても、なんらおかしくはない。
「エルフって基本的に容姿がいい上に、髪と耳さえ隠せばほぼ人間。祖先が精霊だからか、特殊な魔法を使うしね。その方面では1番警戒しなきゃいけないんだ」
「で、でも……何故子供の姿なんかで……」
「子供が好きな変態なんて、どこにでもいるからね……」
「あー……」
なるほど……そういう経緯で……って、今重要なのはそこではない。
「コウさん……リティアさんはきっと、そんなのではありません。悪いんですが、彼女は僕の家で保護します。これは絶対に譲りません」
彼女にスパイ疑惑をかける彼に対し、俺はそれを否定した。
スパイという事は、彼女が俺に向けた行動も全て嘘ということになる。
俺がそう言ったのは昨日の夜に感じた温もり、安心感を嘘だと信じたくなかったからだ。
すると、彼の表情が一瞬で険しくなった。
「……それは、どういうつもりだい?」
「……っ」
凄い威圧感……。
右手をリティアさんの前に伸ばし、睨み返す。
「……」
「……」
コウさんと睨み合う時間が続いた。
これ……コウさんと戦うことになる? もし、そうなったら……。
額の汗が頬を伝って流れ落ちた時だった。
「……!」
突然コウさんが両手を挙げた。何かと思い身構える。
しかし……。
「分かった! 降参するよ」
上げた両手をひらひらと揺らしてそう言った。
「……へ?」
「降参。正直なところ、引っかかる部分は沢山あるよ、でも君にそう言われちゃその子には手出しが出来ないからね」
とりあえず、大丈夫かな……?
胸をなでおろして腰を下ろした。
「ね、ねぇ……ミウちゃん……?」
「……大丈夫です。安心してください」
不安そうにしているリティアさんにそう答える。
だが、1つ気になる点がある。
「あの……コウさん」
「ん? なんだい?」
恐る恐る彼に話しかけてみたが、いつも通りの反応で安心した。
「さっき言っていたのですが、“手出しができない”ってどう言う意味ですか?」
彼なら、無理矢理にでも俺を抑えらると思うんだけど……。
「そのままの意味だよ? その子を君が守るなら、物理的に奪うことなんて無理だろう?」
その言葉に疑問を抱いた。
「あの……コウさんは僕より強いんですから、その……奪うこと自体は……」
その疑問はすぐに否定された。
「いやいや、そんな事ないよ。もしかして、前に手合わせしたときのことを言っているのかい?」
「え……は、はい」
すると、彼はどう言うことか説明してくれた。
「前に手合わせしたときはね。君の技量を計らせてもらうために、とびっきり俺に有利な環境を選ばせてもらったんだよ」
「有利……?」
「“仙術”って1対多数でも強いけど、あの時みたいに正面から1対1でやる時が、1番本領発揮できるんだ」
「そうなんですか……」
「うん」
コウさんは指を立てて話し続けた。
「でも、もしあの時の環境が森の中だったら? 建物の中だったら? 地面が石畳ではなくゴツゴツした岩場だったら?」
確かにあの時は隠れる場所は無く、真っ正面からしか攻めることが出来なかった。
「“仙術”だけの俺と違って、君は魔術や様々な魔法を使えるんだ。そんな状況下なら、君の方が有利なはずだよ」
なるほど、そう言う事だったんだ……。
「早い話、俺はただのワイバーンで苦戦するけど、君はその何十倍もの力を持つブラック・ワイバーンを倒してしまったんだ。実力の差は歴然だよ」
言われてみれば……そう言うことになるのか。
「まっそういう訳で、君がその子を守るというのなら、俺達は手を出せないんだ。言ってしまえば、エルフのスパイ1人より、君が怒り狂って暴れることの方が恐ろしいからね。国が滅びかねない」
「そ、そんな事しませんよ……」
彼は冗談を言うように笑いながら言っている。