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閑話:一年目

夜に降った木に降り積もる雪がほどけ落ちる陽気、空が白みだしたが太陽はまだ姿を現さない。そんな冬の終わり、夜と朝の隙間に産まれた二人。

同じ日、同じ時間、同じ場所で産声を上げた。


「髪は黒…でも目は私と同じ、雪のような白銀だわ…」


一人は小さな小さな女の子。

成人男性であるなら両手に収まってしまうのではと思うほど小さな体。僅かに生えた頭髪はこの国では珍しい黒色で、母親、そして祖父母にも見ない色。目の隙間から見えた瞳は光を受けて輝く光沢のある白銀色。そんな儚げな容姿には想像もつかないような、力強い泣き声。


「紺色に金の瞳だなんて、まるで澄みきった夜空のような子…」


もう一人は少しだけ大きな男の子。

母親の腕に収まる体はこの周辺で産まれてくる子より少し大きく産まれた。頭髪は星一つない深い闇の夜空を写した紺色、月をそのまま嵌め込んだような、滅多に見ることはない黄金色の瞳。濃い闇の色も相まってそのまま冬の夜空を思わせるような色彩。


何の変哲もない命が二つ、この世に目覚めた喜びに二人は顔を見合わせて笑いあった。




下町の中でも最下層に位置する貧民街の一角、下町の住民達の病院として使われている一部屋で子を産んだ女性がいた。

名をリオンハート。食堂で給仕で生計を立てる、まだ少女と言って差し支えない年齢の女性。

名をヴィオラ・フローレス。この王都の最南端の城壁を守る兵士の妻で、三十という若さで五人目の子を産んだ女性。


対照的とも言える二人が何の因果か、隣り合わせに子を産んだ。


「リオの子はとっても小さくて可愛い、触ったら壊れてしまいそう」

「ヴィーの子は綺麗だわ。きっと将来は男前になるでしょうね」


これも何かの縁だと、自身のベットに隣接された、子供用の寝床に寝かされている相手の子を褒めあう。二言、三言と会話をすると、母親達は生誕の儀と呼ばれる儀式に向けて出産で疲弊した体を休めることにした。


この王国の人間は基本的に三つの名を持つ。


まずはファーストネームとなる『親から貰う名前』。

これは両親から名付けられる名前のこと。


次にセカンドネームの『神殿から貰う名前』。

例え娼婦の娘だろうと貴族の嫡男であろうと産まれたら15日以内にその町の神殿へ行き神から名前を賜る。実際には神殿の長が産まれた季節によって定められた名前を教えられるだけなので、例外を除いて平民には省略される場合が多い。

これが二つ目の名前として用いられる。


最後はサードネームの『生家当主から貰う名前』。

当主から名前を貰うことで家族の一員として認められるのだ。逆に貰えなければその子は家族ではないとされ、孤児になったり養子に出されたりする。

核家族であるヴィオラや姓を持たないリオンハートが子に名付けることはないが、貴族に近い富裕層の家には名付けを行う者が多い。


『生誕の儀』とは、二番目の名前を子が産まれて十五日以内に教会から授かる儀式だ。例にもれず、二人も洗礼名を授かるために教会へ向かった。


「失礼致します。ヴィオラ=フェデーレ・フローレス、子に名を頂戴しに参りました」

「リオンハート=デサント。同じく子に名を頂戴しに参りました」


扉の前を掃除していたシスターらしき人物に礼をとる。簡潔に説明すればシスターも手慣れたもので、奥で作業していた司祭の所まで案内をしてくれた。


名を授かる儀式は単純で、司祭から名前を授かった後に礼拝堂に祈りを捧げるだけだ。赤子は男女共に『ゴスペル』を授かり、母親達は礼拝堂の入り口をくぐる。その時、時間外れの、鳴るはずもない教会の鐘の音が響き渡る。


ぱちりと一瞬き、目を開ければそこは礼拝堂ではなかった。かといって、自身の知る内ではこのような場所は王都に存在しない。自身らに何が起こっているのか分からない。母親達は困惑し、辺りを見渡す。

真上は晴れ渡る夏の青空、下は水の上に立っているようで足を落とせばそこから波紋が広がる。荘厳で高潔な神秘の空間。


ここは神域だと、思い当たるのは遅くなった。そうでなければこのような現実には存在出来ない、この場所が今目の前にあるはずもない。

二人は神の言葉を待つ。しばらくすれば清らかな声が耳に届く。


『太陽の輝きを放つ瞳、光を受け継ぐ者。汝に真名を《ソル》と授ける』

『月の輝きを放つ瞳、影を受け継ぐ者。汝に真名を《ルナ》と授ける』


重なって聞こえた言葉にハッと息を飲む。神の言葉は我が子に『真名』を与えるというのだ。


本来なら神殿から授かる名前など決まっており、セカンドネームなどただ産まれた季節を特定するための記号に過ぎず、王族ですら神の名を模した名前を授かるだけだった。だが稀に神のお告げにより名を賜ることがある。


『真名』と呼ばれる、正真正銘の神の名。それを我が子達が与えられたという。


気が付けば目の前の景色は元の礼拝堂に戻っている。

あれは夢だったのか、それとも自分の妄想だったのか。しかし幻覚というにはあまりにも現実味があり、それでいて幻想的だった。


母親達は夢見心地で教会を後にした。


()()()()()()()()()()()()()()()()それぞれ貰い受けて。


ルナリオンとソルフテラが産まれた、そんな一年目の春だった。






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