六ノ柱 "元"貴族
太陽が完全に隠れ、暗闇の中で飛ぶ光が二つ。炎の翼を足に纏い空を駆ける少女と、飛びやすいように氷を箒の形に設えた少年。
襲撃犯が居るとされる目的の方向へ飛ぶも、影も形もない事に焦りを感じる。
「くっそ、見えてこねぇぞ!!本当にこっちであってんのか!?」
「屋敷の方で取っ捕まえた奴等に聞いたら、アジトはこの方面だって言ってたけど…」
こんなに時間がかかるものなのだろうか、とソルフテラは考える。
万が一に備えて余力は残してあるが、それでも最速で飛ばしてある。なのにいつまで経ってもそれらしき影は見えてこない。
ふいにソルフテラの思考に疑問が浮かび上がる。
「…ルナ。なんで賊は貴族の催しに追い入ったんだ?」
「知るかよ、なんか恨みでもあったんじゃねぇの?」
「恨み…」
「ああ、そういえばエクテレスィー侯爵は南地区の結界塔の担当だったけど、王都の防衛魔術具の総管理者ってデュトラバドールの管轄なんだろ?」
ルナリオンが王宮の資料室から持ち帰った資料は結界塔を含めた防衛魔術具の管理者リストだった。その資料にはソルフテラの養子先、デュトラバドール家の名前も総管理者に記載されている。
その事をソルフテラに伝えると、何かに気が付いたように魔法の速度が落ちた。
「……」
「ソル?」
「恨みを持ってる人間…裏ギルド…結界塔…。ルナ!貴族街に戻るぞ!!」
前を飛んでいたルナリオンの着ているマントの首根っこを掴み、急旋回して元来た方向へ飛ぶ。思わず脱げそうになったのを反射で握り締めて、魔法で体を安定させる。
ちなみにルナリオンが現在着用している騎士団のマントはソルフテラからの借り物なので、普段着ているものよりも二回り以上大きい。しかも後の成長に合わせて作られているのか、ソルフテラ自身にも少し余裕がある。
訳も分からず首根っこを掴まれ、空を引き摺られる。たまらず体を回転させソルフテラの背にしがみついた。自分の背をルナリオンが掴んだのを確認すると、ソルフテラはさらにスピードを上げて王都へ急いだ。
「ちょ、アジトの方はいいのかよ!!」
「放っておけ!
ああ、何で気が付かなかったんだ…!狙いはデュトラバドール家か!!」
一人で納得して呟く。とりあえず戻るための魔法はソルフテラに任せ、ルナリオンは叫んだ。
「私馬鹿だからお前が何考えているのかわっかんねぇよ!」
説明してくれ!と喚いても、ソルフテラは答えてはくれなかった。
王都の貴族街で二人が捕縛するために暴れた屋敷から遠く離れたこの場所、古びた邸宅から人の声がする。どう見ても人が住めるような家ではなかったが、一時の砦にするには十分であった。
「あのガキ共は無事王都から離れたようです」
細身の人物から報告を受けた男、天の黄昏のギルドマスターは満足そうに頷いた。
男の名はエントフールグ・ローグ。没落した元貴族であり、以前結界塔の管理を任されるほどの名門貴族だった。
「そうか、うまく騙されてくれたようだな。ようやくあの忌々しい家に復讐する時が来た」
エントフールグ・ローグの狙いはデュトラバドール家ただひとつである。
そもそも王都の結界塔を含む防衛魔術具は、騎士団の中でも地位のある家や人物がその任に当たる。
それもそのはず、王都は王宮が存在する場所で国の中枢と言っても過言ではない。万が一にも結界が発動せず、魔物と呼ばれる異常生物が王都に溢れかえれば国の崩壊にもなり得るからだ。
さてデュトラバドール家は王弟が創設したとはいえまだ比較的新しい貴族であり、当初からその任に就いていた訳ではない。
総管理者を担っていたローグ家が当時の第五王子を旗印にクーデターを起こしかけた。理由はごく単純、クーデターに成功し王子が国王となった暁には家の娘を嫁がせ外戚として政権を手中にするためだ。
しかし当然ながらそれは失敗に終わる。正室の出とはいえ第五王子など継承順位が低すぎることが最大の原因でもあった。
その後、国を混乱に陥れたことを理由に取り潰しの上で粛清に遭い、代わってすでに実績を積んでいた先代デュトラバドール公爵に管理者の白羽の矢が立ったのだ。
では何故エントフールグ・ローグが裏ギルドのマスターとなり、下町の孤児を拉致を誘発し結界塔の魔玉を破壊するなどと回りくどいことをやったのか?
これまた理由は単純、そうした方がデュトラバドール家の失脚は確実だからだ。
もう一度言うが王都の防衛魔術具は信頼と信用、加えて確実な実績を持った人間にしかその責務は与えられない。いわば一種のエリートコースのようなものだ。
となれば崩してしまえばいい。その座に就くにあたって必要とされたその信頼を、結界塔の整備不良を理由として。
その布石としてまずは孤児の誘拐。下町の平民とはいえ誘拐事件が起きたら報告が行くのは王都を守る騎士団である。だが下っぱの騎士に金を渡し味方に引き入れ報告が行かないように情報を操作。
そして以前管理していた結界塔の穴を突き中へ侵入、魔玉を破壊した。当然の如くそれ以上上の者には報告が行かず、十日も結界が放置されることとなる。
なおかつ結界塔は王都で起きた犯罪者を包囲する網の役割も担っているため、その機能が正常に作動しない場合は悪意ある人間が野放しになる。
仕上げとして有力貴族の子息達を誘拐。
平民や下町の孤児は居なくなったとしても貴族には関係がない。だが貴族の子息らが行方不明ともなれば、その責任は王都を守る任に就いている者へ向かう。
王都を守る国軍の騎士団長の失脚、すなわちデュトラバドール公爵の責任追及がエントフールグ・ローグの目的である。
その目的を遂行するには邪魔である子供がいる。それがデュトラバドール公爵の子飼いと認識されているルナリオンとソルフテラだった。
王都どころか王国中に知れ渡っている強力な魔法の使い手、両者を正面から相手取るのはいくらなんでも避けたい。そこでギルドの下っぱに雑な用事を任せて、侯爵邸に居座らせ無駄足を踏ませた。
計画は完璧だ、と笑うエントフールグ・ローグに一人の男が首を傾げる。
「だがマスター、子供二人に大袈裟じゃねえか?」
「あぁん?」
エントフールグ・ローグがくいっと指を動かせばその辺にあった木片が刃となり、意見を告げた男の腕を切り裂く。薄皮一枚で繋がった腕に激痛が走った。
「いぎぃいいいいいっ!!」
「お前は俺の決定に逆らうのか?
俺が目障りだと言ったなら排除しろ、この計画は誰にも邪魔はされたくねぇ」
側に立つ男、副ギルドマスターが頷く。側近はこのために引き入れたくもない有象無象を駒としてギルドの名を名乗らせた。
「はい。捕まった者達には別の情報を握らせています、気付くとしてもまだ時間はかかることでしょう。荷物を持って脱出するには事足りるかと」
今は誰も居ないアジトに向かって魔力を消費している頃だろう。例え途中で気が付いたとしても戻ってくるまでにも魔力を使う。ここへ辿り着く頃には魔法も使えないほど消耗しているはずだった。
男が『荷物』と呼んだのは、部屋の隅っこで両手足を縛られている、会場から連れ去った五人の幼子たち。すすり泣く声が重なりそこそこ大きな音となっている。だがここは寂れた屋敷であり中心街からも外れているため、その声を拾う者はギルドの人間しかいなかった。
その中の一人が小さく呟いた。
「誰か…助けて…」
到底叶うはずもなき一言が涙と共に溢れ落ちる。その声は下卑た笑い声に飲み込まれ、誰にも聞かれず虚しくも消え失せようとした。
「おっじゃましまぁあああああああああすっ!!」
その大声が聞こえるまでは。というかその大声にかき消されて誰にも聞こえてないようだが。
まあ誰にも聞かれてないし、呟いた本人すらも爆音に驚いてひっくり返っているので良しとしよう。いや本当は良くはないが。
割って飛び込んできた薄桃色のマントがはためく。土煙に紛れて姿は見えないが子供特有の甲高い声がその場に響く。
その姿はできることなら相手をしたくない、それ故に余計な画策を立てて王都から追い出した件の二人だった。
「あーもー手間取らせやがって!!この借りはデカイぞゴルァ!!」
「うえ…気持ち悪っ…」
ソルフテラは魔法を使っての飛行特有の浮遊感+魔力の消耗しすぎ、のコンボで揺れる脳内の不快感から口を押さえる。対して魔法の行使は任せっきりだったルナリオンは行きの魔法で多少魔力を消費しているが、それでも賊を相手取るには十分過ぎる魔力を残していた。
「ありがとな!おかげで逃げられる前に叩き潰せそうだ!!」
「そうかい…」
よくやった!と親指を立てるルナリオンに答える気力は今のソルフテラにはない。
霞む目を抉じ開けて子供達の前まで歩き、自身を含めて氷の箱に閉じ込める。これからルナリオンが行う粛清に巻き込まれぬよう子供達を守るための壁を生成し、ソルフテラはその場に倒れた。
それを見届けると、ルナリオンは全員に炎を纏う。今度は剣を持たずに戦うらしい。
ルナリオンは騎士としての誇りだの、淑女の慎ましさや淑やかさだのほっぽり出している。拳に直接炎を纏わせて戦う方が単純で分かりやすくていい、というのが少女の言葉である。
「お前はっ!何故ここにいる!!」
「お前ら全員ぶん殴るためだよ!!天炎魔法《炎円撃》」
言い終わらない内にルナリオンは魔法を発動する。
ルナリオンを中心に炎が円を描き、襲いかかる人間を炎で連打する。攻撃を喰らった男達の後ろから追撃しようと、別の男達の姿が目に入る。
それに素早く対応し、再度魔法を練り上げた。
「もっかい!天炎魔法《炎の槍》」
今度は体に纏う炎を槍の形に変え、幾多も敵へ撃ち込む。これで数の雑魚はほぼ殲滅することができた。
「さーて、一騎打ちといきましょうか!!」
お膳立てはしたぞと言わんばかりに胸を張るルナリオン。
盾にも時間稼ぎにもならないメンバーに舌打ちをして、エントフールグ・ローグは立ち上がる。
「お前一人なら俺でも十分に始末できるんだがなぁ」
「やってみろよ、はみ出し者」
「クソガキ…」
男はひどく冷めた声でそう吐き捨てて、魔法を行使する。あまりに早い魔法構築にルナリオンの対応が一歩遅れる。僅かな魔力の塊を投げ付けるとそれは植物へ成長し、木片とは思えぬほどの殺傷能力を持った魔法となりルナリオンを弾き飛ばす。
「ぎゃっ!!」
背を強かに打ち付ける。庇うために前へ出した腕に無数の切り傷が刻まれる。体勢を立て直そうと起き上がろうとするも、何故か微動だにすることもできなかった。体全体に根が生えたように、地面に張り付いている。
「植物魔法《樹木の鎖》」
男が発動した魔法は攻撃のためではなく、拘束するための魔法だった。魔法に魔力の塊から飛び出た木の根をぶつかった人物と壁や床に縫い付ける魔法。
攻撃より拘束を選んだ思慮深さ、自分より高い魔力を保有するルナリオンを捕らえる魔法の質、何より魔法構築の速さ。
腐っても元名門貴族といったところだろう。
「今降参すれば殺すのは勘弁してやるぞ」
「ぐっ…やなこった」
滝のような汗を流しながらルナリオンが苦し気にそう言った。首を締める木の縄から逃れようと必死にもがいているためか息荒く、肩で息をしている。
そうか、と一言呟いて男がもう一度魔力の塊を飛ばすのと、ルナリオンが魔法を焼き斬り抜け出すのはほぼ同時だった。
「天炎魔法《炎の弓》」
ルナリオンの焔が男が飛ばした魔法を燃やす。その瞬間、僅かに乱れた男の体勢を壊すため魔法を繰り出す。
しかしそれはあっさりと分厚い木の防壁によりいなされる。
「マジかぁ。結構やるじゃん」
これはルナリオンも本気を出さなければ負けかねない。そう思って残った魔力をすべて注いで魔法を組み立てる。ルナリオンの頭上に巨大な火の玉が浮かび、魔法の炎で温められた周りの空気が上昇気流となり、風が暴れ周囲にいたギルドメンバーが何人か吹き飛ばされている。
ルナリオンは一応後ろにいたソルフテラに声をかける。
「おーいソル、デカイの使うけどケガさせんなよ!」
分かってるよ、と言わんばかりに氷の内側から拳を打ち付ける音が僅かに聞こえた。
「天炎魔法《百炎爆乱》」
太陽の如き灼熱の焔が爆発する。それは極限までに火力を増大させた炎を放出して周囲を焼き尽くす広範囲の攻撃。下手をすれば魔法を行使するルナリオンすらも灰を残らぬほどの業火を放つ魔法。
今までにソルフテラの氷の盾以外でこの魔法を受けて無傷でいられた者は存在しない。
さすがのエントフールグ・ローグもこれには狼狽える。魔法から生成した木で防壁を張ろうとしても、魔法になる前の魔力が燃え尽きる。
風も、空気も、土も、水も、もちろん木も草もこの魔法の前では全てが無意味だ。
「なんっ…だ!お前は!!」
エントフールグ・ローグが肺に残る僅かな空気を絞り出して叫ぶ。
その叫びは尤もだった。ルナリオンの魔法の威力は、初祖の血統のおかげと言うにはあまりにも狂暴で過激で、苛烈なほど強力なものだった。
そんな男を見てルナリオンは笑う。
「何でもないよ。
私はただの下町の商人、ルナリオン・ディア・リング・アルデナだ」
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【人物紹介】
グラディウス=レグラ=ラヴェンデル・リング・アルデナ
年齢:38歳
性別:男
誕生日:夏の始まり
俗称:グラディウス・アルデナ
通称:グレイ(ルナリオンとソルフテラのみ)、ディーン
容姿
身長:めっちゃ高い
体重:それ相応
髪:金髪
目:灰色に近い銀色
その他:左肩に傷痕
口調
一人称:俺
二人称:お前
呼び方
ルナリオン→ルナリオン
ソルフテラ→ソルフテラ
呼ばれ方
ルナリオン・ソルフテラ→グレイ、父さん
詳細
本作の主人公であるルナリオンの父親
下町にある商会の代表、あることが切っ掛けで貴族御用達の看板を賜っている
実は伯爵位を持つ貴族の血筋、伯爵家の使用人であった母が亡くなりその兄である前代表に引き取られた