五ノ柱 賊
逃げた貴族を追い、ルナリオンが宙を舞う。
薄暗い闇の中で逃げ惑う人影を目に捕らえ、周囲に人が居ないのを確認して魔法で炎の檻を作り出す。檻に閉じ込められた人間がソルフテラから貰った人相状と一致したのを確認して、懐から出した逮捕状を突き付けた。
「エクテレスィー家第二子、ボースハイト・エクテレスィー。
王女殿下の命によりお前を捕縛させてもらう」
逮捕状を見た貴族の顔が青く染まる。全身が震え膝が笑って足元が覚束ない様子で首を振る。
「ひっひぃいい!!や、やめてくれ!人違いだ、おれは無実だ!!」
「人違いだって行ってもなぁ。もう殿下の逮捕状は出ちゃってるし、どうにもならんだろ。諦めてお縄につきな」
余計な手間をかけさせるなと言わんばかりに嫌そうな顔を差し向け、手早く済ませるために魔法を使おうと剣に手をかける。貴族は要領を得ない発言を叫び喚き散らしていた。
「嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!なぜこうなる!!オレは騙されたんだ!」
「はあ?そりゃ無理があるぞ。どっかのギルドに私の誘拐を依頼した、依頼人のハイトってお前だろ」
「そんなものやっていない!オレが依頼したのは魔力適正の高い孤児を捕まえて来ることだけだ!!」
脅してもいないのに墓穴を掘る貴族に、これはしめたと情報を吐き出させる。剣を檻の隙間をくぐらせ、その眼前に突き立てた。
「おー。で、その孤児はどうしたんだよ」
「金をくれるというからギルドに引き渡した!!新しいメンバーを募集していると、だから消えても問題のない孤児を別のギルドに頼んで拐わせたんだ!!」
「消えても問題ない、ねぇ…」
その言葉を反芻する。その反応に畳み掛けるように貴族は孤児を蔑むような言葉を並べ立てる。
「そうだろ、親の居ないスラムのガキなんて必要ない!むしろ厄介払いが出来て下町の人間も嬉しかっただろう!感謝されてもいいぐらいだ!!」
まるで自分が善人であるようにしゃべる貴族にどう反応すればいいのか分からず、ルナリオンは困惑する。微妙な顔でガリガリと頭を掻き、深く息を吐いて話し出す。
「私もさー、ママが死んでグレイに拾われるまでの二年ぐらいは親無しだったんだよ」
ルナリオンの生母は少女が四歳を迎える前に亡くなっている。小さく愛らしい女性であった。
ルナリオンの生母は早くに両親を事故で亡くし、その愛くるしい容姿に目をつけた人物に引き取られ十歳にも満たない年齢で下町の最下層へ移り住んだ。
十五を過ぎた辺りで引き取り手が経営する食堂で働き始め、程なくしてルナリオンを妊娠。それに怒り狂った店主に追い出され、何とか協会へたどり着き、ルナリオンを出産したが産後の肥立ちが悪かった。
体力も戻らない内に別の食堂などで働き始めたが、結局体調不良で長くは続かず二十歳という若さでこの世を去ることとなる。
母親の容姿を濃く継いだルナリオンも、グラディウスに実子として迎え入れられるまで娼館で暮らしていた。
そこでの生活は到底幼児には耐えられるものではなかった。
「そりゃ邪魔だよなぁ。娼館でもタダメシ食らいだし、出来ることなんてたかが知れてる。消えてくれ、居なくなれ、必要ない、何度も言われて聞き飽きたよ。それでもさ、」
暴力と蔑みの目。従業員の目を盗んでは食らった残飯。夜には下卑た男の声と甲高く響く女の声が不協和音となって眠りを妨げる。
いくら早熟なルナリオンであったとしても、ソルフテラとその母親が居なければ死は免れなかった。
事実、ルナリオンは一度死にかけている。
それを助けてくれたのは、今は別の町にいる当時同じく孤児であった者達だった。故にルナリオンは許せなかった。
「誰かに決められて自分を失う人生なんて馬鹿げてる。誰であろうと今を必死に生きている人間を否定するのは許さない。
お前らなんかにいらない人間だなんて決められてたまるかよ!!」
空にかざした愛用の剣が紅く染まる。辺りに炎が吹き荒れ、頭上に火の欠片が集結して剣に宿り、炎を纏う大剣となる。
「天炎魔法《炎の聖剣》」
目の前にある全てのものが、巨大な火の海に飲み込まれ焼き払われる。
悪意あるものには激しく狂暴に、巻き込まれたものには撫でるようにすり抜ける。
ルナリオンもまた、血統を持っていた。
平民にも流れる末端の初祖の血統は、始祖より弱いとされるがごく稀に先祖還りを起こし、その身に豊潤な魔力を抱えて産まれてくることがある。ルナリオンの場合はこれに当てはまり、例の如く強力な魔法を使いこなすことができる。
それに加え、多大な功績を残した騎士に贈られる『アーク』の名を、初祖の血統を継ぐ貴族に与えられる『ロゼ』の称号を国王陛下から直々に賜っている。
王国も認める強さをルナリオンは個人で所有し、神とも恐れられる魔法を彼女は容易く扱って見せた。
しかし十分に出来上がっていない小さな体に、溢れるぐらいの魔力を溜め込むのは常に危険を伴う。現在は容易に扱える魔法も、幼少期の血反吐を吐くようなたゆまぬ努力があったからこそ。
今、ルナリオンが生きているのは奇跡と偶然の産物に過ぎない。
キンッ、と剣を鞘に納めれば火の粉は徐々に消え失せ、立ち上る土煙が落ち着いてくる。
「孤児だって、燃えるぐらいの感情は持ってるもんだぜ」
魔法をもろに食らったボースハイトは、その灼熱と爆風に焼かれ崩れ落ちる。
一応近寄って生きているかを確認した。息をしているのを確認すると、どこからともなく出した縄でがんじがらめに縛りあげる。
その途中でボースハイトの言葉を思い出した。
(しかし…こいつじゃないなら誰が誘拐なんて…)
疑問に思いつつも、深く考えないようにする。根本は断ったのだ。これで孤児誘拐事件は解決する、そう決め込んでルナリオンはソルフテラの所まで芋虫になった犯人を引き摺っていった。
エクテレスィー邸の前まで行けば、すでにソルフテラが手配していたのか兵士達が事後処理に追われている。拐われて閉じ込められていた孤児の数人かも保護されたようだ。
引き摺っていた犯人を兵士に預け、その中心で指示を出しているソルフテラに声をかける。
「ソル、こっちは縛り上げたぞ」
「良かった。都軍騎士団に連絡したからすぐに引き取りに来るよ」
「それなんだけど…」
早くに解決して良かったね、と笑うソルフテラには言いにくそうにルナリオンは口を開きかけたが、それは阻まれる。二人を呼ぶ、グラディウスの声だ。
「ルナリオン!ソルフテラ!!」
「グレイ!」
「遅かったな、こっちは片付いたぞ」
走ってきたのか大量の汗が流れ呼吸も荒い。ソルフテラが魔法を使い、冷えた手でその背を擦る。だが息も整わない内にグラディウスは叫んだ。
「…違う!誘拐事件はエクテレスィー家が主導していた訳じゃない!!」
「はあ!?」
「どういうことだ!」
「さっき上級貴族が集まるパーティーに賊が押し入った!!令息令嬢複数が連れ去られた!!」
あり得ない、と二人は目を丸くする。
貴族街には騎士階級の軍が駐在しており、事件が起こった時は真っ先に対応に当たる。特に上級貴族が集まる催しでは、何が起きても対処出来るように熟練の騎士達がその任に当たるはずだった。その包囲網を易々とくぐり抜け、子供を拐う手口にソルフテラは驚愕する。しかも一人二人ではなく、複数。
しかしルナリオンは違う部分に反応した。怪しい噂が闊歩している最中に、呑気にパーティーなどする貴族達に怒りを募らせる。
「なんでこのタイミングでパーティーとかやってんだよ!!」
「言ってる場合じゃない!ルナ、賊を追い掛けよう!
グレイは街を頼む!兵士と一緒になって避難誘導と事後処理を!!」
「ああ!…絶対に無理だけはするな。生きて戻れ」
グラディウスが二人の頭を抱く。足元から沸き上がる火がか細く立ち上ぼり、温度の無い火の玉となって二人の頭上に降り注ぐ。その火に当たるとほんの僅かだが、体内に循環している魔力が増える。
これはグラディウスの魔法であり、願掛けのようなものだ。
「行ってくる。必ず帰ってくるから」
「待ってて。オレ達はグレイを独りにしない」
グラディウスを真っ直ぐに見つめる瞳が二対。その目を名残惜しく思いながらも手を離した。空に飛び立つ子供を、見送ることしか出来ない自分を不甲斐なく思う。
グラディウスは祈ることしか出来ない。彼には無い。我が子と共に戦う強い魔法も、町を守る力も。初祖の血統はその身に流れてはいるが、魔力量は少なく強い魔法を使えるだけの才能もない。唯一、彼の手にあるのは『信じる』という心だけ。
「創世の12柱、勝利の女神、火ノ神よ。
どうかあなた様の加護を、我が子達に…」
出会って十一年、二人はその心を裏切ることなくグラディウスの元へ帰ってきた。今回も二人が欠けることなく帰ってくることを祈って、グラディウスは自分に託された仕事を遂行すべく兵士達の方へ振り向いた。
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【人物紹介】
ルナ=リオンハート=グラディウス・ディア・ロゼ=リング・アーク=ナイト・フォン・エルリークス
年齢:16歳
性別:女
誕生日:冬の終わり
俗称:リオンハート・ロゼ・エルリークス
通称:ルナリオン(グラディウス他下町の人間のみ)、リオンハート
容姿
身長:130㎝
体重:31㎏
髪:白と黒が混ざっている
目:銀が混ざった白色
その他:紫に紺色の刺繍の入ったリボンを巻いている
口調
一人称:私
二人称:お前、あんた
呼び方
ソルフテラ→ソル
グラディウス→グレイ、父さん
呼ばれ方
ソルフテラ→ルナ
グラディウス→ルナリオン
詳細
本作の主人公、下町に店を構える商会の次期代表
現在は父親のグラディウスの元を離れ、ある貴族の庇護を受けて商売の勉強をしている
普段は『リオンハート』で通しており、真名である『ルナ』で呼ぶのは下町でもグラディウスの他商会の人間のみ