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三ノ柱 裏ギルド

次の日の朝、三人は別れそれぞれ情報収集へ向かう。

その内、ソルフテラはある場所へ足を運んだ。


「遅かったわね、フテラフィル?」


金の髪に濃い桃色の瞳の少女は、その美しくも歳相応に愛らしい姿には見合わない荘厳な雰囲気を纏わせ、そこに存在していた。

ソルフテラが騎士見習いとして仕えている主に、今回の件について口添えしてもらおうと重い足を進めたのだ。


「ええ、出先で少し揉めまして。その事後処理に追われていました」

「聞き及んでいるわ。王都の結界に異常が見られたようね。

まったく…下町とはいえ結界塔の異常を放置するなど何を考えているのやら…」


桃色の瞳を持つ少女は憂いを帯びた表情で頭を押さえる。


少女は大人びて見えるが、実年齢はまだまだ幼い。少女の年齢は両手で足りる、とまではいかないが、今年で17になるソルフテラよりも数年遅れて産まれていた。

そんな幼い少女にも公務を積まれるほど現在の王侯貴族の連中は腐敗していた。


「はい。つきましては修復を優先して行うよう、ご指示を頂ければと思いこちらに馳せ参じた次第にございます」

「よいでしょう、その件についてはそちらに任せます。早急に現状を回復させること騎士団長には私から伝えておきます」

「ありがとうございます。王女殿下」


ソルフテラが仕える主はただの少女ではない。

彼女は大陸随一の王国、その第一王位継承権を持つ少女。

王国第一王女殿下、マリアンヌ=ヴィクトフラム=テリージア姫である。


今はまだ王女の称号ではあるが、現国王の唯一の嫡子であるため即位は確実、また数ヶ月後には立太子の儀式を行う予定だ。


ふと王女は何を思い付いたように口を歪ませた。


「ところでソルフテラ・レイ・デュトラバドール殿?あの件、そろそろ受け入れていただけるかしら?」

「…自分は一介の騎士。殿下の願いを聞き入れることは光栄の極みにございますが、その件に関しましては自分の手に余る始末。故に不遜とはされながらも何度もお断り申し上げております。その意思は現在でも変わっておりません。

それと…その名を容易に呼ぶのはお止めになるようお願いしたはずです。よもや王女殿下ともあろう方がお忘れになるハズもないと思っておりましたが…」


ソルフテラは自身の『真名』と『血統』を呼ばれる事に酷い嫌悪感を持つ。グラディウスや商会の人たち、自分で守る術を持たない者達を守るために必要な称号であるのと同時に、幼き日の少年から大切なものを奪った称号でもあったからだ。


殺気を含ませた視線を王女へ向ける。そんな視線を意にも介さず王女はすました顔で笑い、何も答えない。まるで最初から何もなかったかのように平然と笑っていた。

国の頂点としての矜持と覇気を携え、そこに君臨する少女はまさに王と呼ぶに相応しい者だ。


「失礼致します」


手の上で遊ばれている気分だ。年端のいかない、自身より幼い少女に。


ソルフテラは礼もせずにわざと大きく音を立て、扉を閉める。

周りから無礼と言われようが、この程度で罰する器量の狭い主ではない。そもそもいくら無礼を働こうとも王女本人に解雇する気がないので、ソルフテラは辞めるに辞められない。


苛立ちを隠せず歪む表情。ソルフテラは逃げ出すようにして足を速めた。

本来の、自身と幼馴染みの誘拐未遂について箝口令を敷いてもらう、という目的を忘れて。


一方その頃、件の結界塔がある南地区の責任者に関係する人物を調べているルナリオン。王宮の一画に存在する資料室で関連する資料を漁っている時、そこでふと興味深い噂を耳にする。


年若い女性ら、この場合は礼儀見習いの侍女として王宮に上がった者達だろう、口にしていたのはとあるギルドの話だ。


ここで『ギルド』と呼ばれる組織について簡略して説明しよう。


ギルドとは一種の組合の事で、国の統治外に存在する組織である。王国のみならず、世界中に幾多にも存在し様々な分野の生活を支える、いわゆる『何でも屋』に分類される。

その仕事内容は多種多様で、商店の助っ人、家の清掃、素材の採取、隣町までの護衛、果ては魔物の討伐に至るまで依頼ができ、平民は生活にその存在が根付くほど深く関わりがある。

国の統治外に属されるとだけあって貴族は多く利用はしないが、中には事業の関係でお抱えのギルドを持つ貴族も居たりする。


それはさておき、ルナリオンは令嬢達の話に耳を傾ける。

都合が良いことに彼女達は周りに人が居ないことを理由に、小さな存在に気が付かず喋りたおしていた。


「ギルドの名前はなんだったかしら…。確か…『天の黄昏(スカイ・トワイライト)』でしたか?

そのギルドの者がエクテレスィー侯爵の所に頻繁に出入りしているそうよ」

「まあ…侯爵は大きな事業も展開していらっしゃらないのに、ギルドなど何のご用があるのかしら?」


そう、商会などを抱えていない限り、貴族がギルドを頼ることなど一切ない。何があってもまず自分の使用人に声をかければ大抵のことは解決出来るからだ。

貴族かお抱えのギルドを定める、その場合は決して表には出られないような薄暗い依頼を遂行する『裏ギルド』と呼ばれるギルドである場合が多い。


三人はまだ知らないが、今回ルナリオンとソルフテラを襲ったのはその裏ギルドである。


ルナリオンは貴族の令嬢達がなぜそんな事を知っているのかが、一番の気掛かりとなったが、触らぬ神に祟りなしということでその情報だけをありがたく頂戴し、今回の件に関する一枚の書類を持ってその場を離れた。


もしここですぐさま離れていなければ、ルナリオンは気が付いただろう。


「わたくしの家の使用人が言っていたのですが、天の黄昏(スカイ・トワイライト)のギルドマスターは失脚した貴族との噂があるらしいですわ」

「恐ろしいこと…。貴族街にも見慣れぬ人物が闊歩していると聞きました、人拐いなど出なければいいのですが…」


天の黄昏(スカイ・トワイライト)』と呼ばれるギルドが、今回の件に深く関わっている事を。

もしくは気が付かずにいた事は幸運だったのか。


また場面は変わり、グラディウスは納品に来ていた同業者から一つの情報を得る。


「ああ。よく聞く噂だろう?

どうやらお偉いさんが見込みのある子供を、って話だ。あながち間違いでもないらしいな」

「見込み?王女の侍女にでも推薦するつもりか?」

「孤児の中でも魔力適正の高い子が多いと聞くから…お抱えの魔法使いでも育成するんじゃないか?」


下町に広がっている噂は誘拐ではなくスカウトらしい。衣食住を提供する代わりに家に尽くせというものだ。

それだけならグラディウスも不思議には思わない。貴族が平民が雇うのはそう珍しい事ではないし、孤児でも魔力適正が高ければ王宮に上がることだってある。


ただ疑問がある。それは、


「囲いこまれた子ども達を見た者は?」

「あー、そういや見ないな。領地にでも連れ帰っているんじゃないか?」


町の誰一人として、その後の子どもを見たことが無いことだ。

グラディウスの繋がる同業者は貴族街に店舗を構える者もいる。貴族に引き取られたなら貴族街で見掛けてもいいものだが、目撃情報は一切出てこない。


「お前の所にも貴族街で勉強している娘さんが居るんだろう?

こっちに帰ってくるときに誘拐されないように気を付けておけよ」

「わかった、忠告感謝する」


すでに昨晩誘拐されかけたとは言えず、素直に礼を言う他なかった。


「それと最近エクテレスィー侯爵が羽振りがいいって話だ。新しく事業を始めたってのは聞かないからキナ臭いぞ。よくわからんギルドとも懇意にしているしな」

「…おい、さっきの孤児の話もエクテレスィー侯爵じゃなかったか?」

「ああ、明確な名前は出てないがその可能性が一番高い。

どの商会もしばらく侯爵との取引は自粛するらしい。痛くない腹を探られて巻き込まれたくないからな」


エクテレスィー侯爵、見かけなくなった孤児、羽振りが良くなった。


思考の中によぎる悪質な言葉がグラディウスの胸を締め付ける。それを同業者に気付かれぬよう、そっとその場を後にした。


(まさか、子供を使っての商売だとしたら…)


まだ決め付けるのは早いと頭を振っても、一度浮かんだ疑惑は消えない。

胸に残る奇妙な気持ち悪さを抑えるように家路を急いだ。





「で、お前らなんでそんなにボロボロなんだよ」


日が暮れ、集めた情報を共有するために、三人は再度グラディウスの執務室へ集まった。最後に来たのはルナリオンで、男二人はすでに定位置に着いているが様子がおかしい。

ソルフテラは机に直に突っ伏して奇声を発し、グラディウスに至っては端正な顔を青白く染め無言を貫いている。


ルナリオンはため息をつき、まだまともに話が出来そうなソルフテラをつついて事情を求めた。


「仕方ないだろ…。殿下だぞ、次期国王陛下だぞ。そんな高貴な方に側近になれって言われて断り続けているオレの気持ちがわかるか?しかも口止めお願いするの忘れるし…。

あ、結界塔の修理は優先的にやれるよう頼んだから」

「なればいいのに。一生安泰だろ」


からかうように本格的に騎士としての修練を勧める。

そんなケタケタと笑う彼女の腕を掴み、ソルフテラの傾国とも言える美しい顔がルナリオンの間近に迫る。


「それ本気で言ってるのか?」


血が氷点下に突き落とされるような声。怒気を孕んだ瞳。ルナリオンの細く頼りない腕に沈む力強い指先。

軽口を叩きすぎた、とルナリオンは焦った。


普段は温厚なソルフテラが、ルナリオンとグラディウスに対して本気で怒ることは例外を除いてほとんど無い。感情を沸騰させる事があるならば、それは『血統』に関してだ。


ソルフテラは騎士見習いなので王女に忠誠は誓っていない。忠誠を誓っていないにも関わらず、ソルフテラは王族の護衛として従事しているのはその身に流れる特別な『血統』に起因する。

ソルフテラは後天的に血統に目覚め、以来王族に召し上げられる羽目になる。そのせいで生涯唯一と懇願した少女の隣には居れなくなった。

その絶望を引きずり、今なお決して消えることのない傷となり血を流している。


在りし日の悲痛の表情をよく知るルナリオンはばつが悪そうに顔を背けた。


「そんな顔で睨むなよ…、私が悪かった。ほんで、グレイは?何があったんだ?」


こうなったソルフテラにあまり効果は期待できないが、その憤りを払うようにして頭を撫で、気を反らすためにグラディウスに声をかける。

考えがまとまったのか、先ほどより幾分色が良くなった顔を上げ口を開いた。


「…エクテレスィー侯爵は孤児を使っての人身売買をしている可能性がある」

「は?」

「え?」


あまりにも突拍子もない言葉に、怒りに溢れていたソルフテラも呆ける。重ねがけるようにグラディウスは続けた。


「可能性というより俺の妄想だが否定するには材料が揃いすぎている。

羽振りが良いというのに事業を始めたという話も、エクテレスィー領の主な収入源である穀物や食料の価格が高騰したという話も聞かない。魔力適正の高い孤児を囲いこんではいるが、その後の孤児を見た者がいない。

さらには怪しいギルドの者が出入りしているらしい」


確定は出来ないがな、と付け足す。

ルナリオンはギルドと聞き、令嬢達が口にしていた名前を思い出す。


「そのギルドって、もしかして天の黄昏(スカイ・トワイライト)ってギルドのこと?」

天の黄昏(スカイ・トワイライト)…!!おい、すぐに侯爵を調べに行くぞ!」

「はあ!?いったい何を…裏ギルドか!!」


その名前を聞いて、弾かれたように立ち上がった。ソルフテラの慌てように困惑するがルナリオンとグラディウスもすぐに気が付く。むしろなぜ今まで思い当たらなかったのかが不思議でならない。

貴族と裏ギルド、二つのキーワードが揃えばどういう事なのか分からない人間はいない。


「裏ギルドと繋がるのは重罪、場合によっては死罪もありうる。疑惑だけでも十分取り調べの対象だ!

取り調べにはデュトラバドールの名前を出す、それでも出来なければ王女殿下に報告する」

「ソル、お前っ」


ルナリオンは驚愕する。いくら自分らの為とはいえ彼の嫌うものに頼らせるなど、自分の良心が許さない。先程の失言で怒らせたのであれば尚更だ。

そんなルナリオンに笑って答える。すでに怒りの表情はなく穏やかに微笑んでいた。


「ルナは自由に動いてくれ。権力が必要な時はオレがどうにかする。

ルナを助けるために、ルナが自身の矜持に正しくあるために、ルナにこの心を誓うために、ルナを守るために」


ソルフテラはルナリオンの正面へ回り、右手を左胸に当てて跪く。その体勢で頭を垂れ項を差し出した。

その姿は騎士の最礼。貴族の騎士が生涯の主へと贈る最大の礼。

以前にも見たその姿に言葉をつまらせる。


ソルフテラは自身の『真名』と『血統』を酷く嫌う。だが、それと同時に自身の『弱さ』も嫌いだった。だからこそ彼は軍門に下った、自身の名前と血を上手く操れる者の下に。


「オレはルナと共に戦うために、この名前と血を受け入れたんだから」


受け入れた、それはソルフテラが力を奮うための譲歩だ。


二人の脳裏に過去の記憶が甦る。

1日足りとも忘れたことはない、互いが互いを捧げたあの日。


『我が胸に秘めたる決意を我が最たる者へ捧げる』


あの日、紡がれたその言葉は、ルナの声だったか、それともソルの声だったか。

その答えを知るのはただ二人のみである。








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