二ノ柱 魔玉
「元気そうでよかった」
「そっちも変わりなくてよかったよ」
銀と金の視線が入り交じる。
実はこの二人、顔自体はよく見かけていた。貴族社会の中は存外狭い、必然的に顔を合わせる事になる。
だだ唯一『ルナとソル』として会っていなかっただけだ。
堅苦しいルールがはこびる社会で婚約者でもない兄妹でもない二人が会えば、どうなるのかは目に見えている。だからプライベートで会うことは一切しなかった。
だがここは下町。少年少女が産まれ育った場所。
よく目立つ二人が久方ぶりの再会を心から喜び、抱き合う光景は二人が下町を去るまでは日常茶飯事だったので気にする人間はいない。そもそもこの時間帯は人通りが少ないので、今のルナリオンとソルフテラを見ている人間はいなかった。
一通りはしゃぎ、気分も落ち着いた事で身体を離す。
「…で、なんか聞けたか?」
「それを含めて説明する。グレイの元へ帰ろう」
ソルフテラの手が差し出され繋ぐのかと思いきや、ひょいと持ち上げられた。肩にぶら下げられ、プラプラと手足が安定しない。視界は少年の背と地面だけだ。
年齢にそぐわない背丈のルナリオンにとっては、荷物のように担がれるのは割とあるので特に気にしないが、それでも妙齢ともあって少々複雑な気分だ。
そんなルナリオンに気が付いていても、黙って担がれている姿が可愛くてしょうがないので、ソルフテラも黙っている。
「じゃあ危ないからしっかり捕まっててね」
「おう。お前が下ろしてくれたら解決する話なんだけどな」
走り出したようで、ルナリオンの目に写る景色がすごい勢いで流れていく。小さいとはいえ、人ひとり抱えて走る速度ではない。肩に乗る人間を気遣ってか、揺れはそうでもないが腹に食い込む強さはある。
考え事をしようにもこれではまとまらないだろう。ルナリオンは家に着くまでの間、ぽやっと意識を飛ばすことにした。
ソルフテラは悩む素振りもなかったので、最後の言葉はたぶん無視された。
数分もしないうちにルナリオンの父親、グラディウスが商会長を務める商会へ辿り着く。入り口前ではグラディウスが今か今かと待ちわびていたらしく、ソルフテラが声をかけると表情が和らいだ。
そして二人の姿が見えたとき、また眉間にしわが寄る。
「やっと帰ったか…ソルフテラ、貴族の子女に対してその持ち方はないと思うぞ」
「あ、やっぱりグレイもそう思う?」
「ごめん、これが一番持ちやすかったから」
「喧嘩なら買うぞ」
悪びれる様子のないソルフテラにルナリオンが噛みつく。
二人が幼い頃に何度も見たやりとりにホッとしつつ、用意していた浴室へ二人を促す。
「じゃれるのは後にしろ。
風呂を沸かせてある、それぞれ入ってこい。夜食は執務室に運ばせるからそっちへこい」
「はーい」
「え、待って私このまま連行されんの?」
「ルナ、どっちから先に入る?」
「なあ聞いて?」
言うまでもないが、ソルフテラのルナリオンに対する態度は少々雑である。
二人とも風呂から上がり、ラフな服装に身を包む。
ソルフテラは以前より用意していた服が合わなくなっていたので、グラディウスの服を着用している。
袖と裾、その他もろもろが足りず、未だに目線のあうことのないグラディウスに口を尖らせたのはソルフテラだけの秘密だ。
夜食を食べ終え、すべての使用人を下がらせた後、グラディウスが本題に入った。
「色々聞きたいことがあるが、まずは言わせてくれ。
兵士から事情は聞いた。ルナリオン、ソルフテラ、危ない目に合わせてすまなかった」
頭を下げるグラディウスに二人が驚く。慌てて頭を上げさせようと弁解するも、動く気配はない。
「グレイが謝ることじゃない!グレイが気を付けろって言ってくれたのに聞かなかったオレ達が悪かったんだ」
「ごめん、危ない目にあわないようにグレイが馬車を手配しようとしてくれたのに断った私が間違いだった。
結果的には無事だったし、誰かのせいとかじゃねえよ」
「それでもだ。いくら心得があるとしても死ぬときは死ぬ。それを俺が忘れていた。
お前たちは俺の大切な家族だ、何があろうとも絶対に失いたくない」
銀色の目に薄く膜が張る。顔から血の気が引き、握った手は震えて声も心なしか弱く聞こえる。その姿を見てハッと息を飲む。
二人の脳裏に美しい金の髪の女性が浮かぶ。今はもういない、百合の名を持つ女性。
グラディウスには婚族も血族も誰ひとりとして居ない。数年前に妹が一人居たが、ある事件を切っ掛けとして失っている。
亡くなったのはルナリオンが引き取られた後のことで、二人もよく知る人物だ。
今回の件がその事に重なったのだろう。程度の差はあれど、ルナリオンもソルフテラも大切な人を失うことの痛みと絶望を知っている。
知っているからこそ、その謝罪を受け入れるしかない。
ソルフテラがハンカチを出して手渡す。
「グレイ、私達はもう謝らないから、グレイも謝らないでくれ」
「…わかった」
渡されたハンカチで拭われるグラディウスの涙は、あの時と違いすぐに消え去る。
記憶の中にある血と涙、何度拭い去ろうとも痕を残す映像はルナリオンが貴族に養子として入る理由の一端にもなった。
薄暗い雰囲気を払うようにルナリオンがパチンと手を叩く。
「さて!気を取り直して次の話だ。
ソル、私が兵士を呼びに行っている間に何があった?」
「ああ。あの男、情報を知らないって言われても納得出来なかったから、もう一度尋問したんだ」
「お前何やってんだよ」
「そうしたら依頼主っぽい奴の名前を吐いたよ」
吐いた、というか、吐かせたという方が正しいがそれは口にしない。
王国騎士の薄暗い部分など人に対して聞かせるものではないからだ。
「『ハイト』と呼ばれる人間から人拐いの指示を受けたらしい。それ以上は聞けなかった」
「ハイト…まさか!」
「え、グレイなんか知ってんのか?」
何かに気が付いた様子のグラディウスだが、憚られるようで口ごもる。
それを見たソルフテラが代わって答えた。
「ボースハイト、侯爵家に名を連ねる人物の名前だ。たしか第二子だったはず。
ハイトというのは通称、愛称に使われやすいから絶対とは言えないんけど…」
「ルナリオン、エクテレスィー侯爵は金払いがいい客だぞ。うちの名簿にも乗っているはずだ。よく見るだろ、両手に女はべらせてる貴族を」
「知らねえよそんな奴」
うんざりとした顔で茶をすするルナリオン。
商人として客の顔と名を覚えないのはまずいだろう。案の定グラディウスに引っ叩かれている。
「ゲホッ…で?なんだってそのエクレア侯爵の息子だって分かるんだ?
よく使われる名前なんだろ?」
「エクテレスィー、な。
最近よく聞く噂があるんだ。エクテレスィー侯爵の次男坊が人拐いに関与しているって。知っている人間なら、『人拐い』と『ハイト』で聞けばまずこいつの名前が上がるはず。
残念ながら証拠もなにもないから騎士団でも取り調べが出来ないけど」
ここでも貴族の縦社会の話が出てくる。
ルナリオンもソルフテラも、貴族故の上に立つ者としてそれなりの矜持はあるが、それを理由に理不尽な行動は起こさない。大半の貴族はそうだろうが、一部では権力を盾にして横暴な態度を取ったり不正を揉み消す、などということは事実として存在する。
行動を諌めようにもその人間が上の立場である場合は、逆に自分が牢屋に入れられる事になる。
今回は犯罪を取り締まる騎士団より影響力の大きい侯爵家が絡んでいるために調査が進まないということだ。
その事にふてくされたようで、ルナリオンは眉をひそめて顔を伏せる。
「腐っても侯爵家の人間ってワケね。権力の無駄遣いとか死ねばいい」
「それに関してはオレも同感だ。あいつらほんっとくそだもん」
「……」
この場で唯一の平民であるグラディウスは下手に口に出せないのか、青い表情で二人を見やる。
「とりあえずドラ息子の方は置いといて、私たちを襲った実行犯はどうなる?下手に置いておけば口封じされるんじゃねえか?」
「近衛騎士を襲撃したんだから、城の牢屋に入れられるだろ。
ソルフテラ、下町の根回しはこっちでやる。お前は王宮での根回しを頼む」
「ああ。ルナは何を聞かれても『通り掛かった近衛騎士に助けられた』で通すんだ。襲撃犯も近衛騎士も初対面だ、分かったな?」
「それは大丈夫だけどじいちゃんに話がいくだろ。さすがの私でも誤魔化しきれないぞ」
「そうか…。最悪、公爵家が絡んでいると説明するしかないだろうな。
エルリークス卿にはオレから説明しておくよ」
後述するが、今回話題に上がった侯爵家とルナリオンの養子先の伯爵家はパワーバランスが歪である。
通常なら侯爵家の方が身分は高く、吹けば飛ぶという程でもないが、それでも対抗すればこちらの方が立場は弱い。なのに両家より高い家格の名前を出さないと諌められぬほど、力関係は奇妙に拮抗している。
「というかなんで私達だったんだろ…。監督不備で難癖でも付けたかったんだろうか?」
「まさか。養子とはいえ公爵家と辺境伯の子息らだ。しかもエルリークス辺境伯は爵位自体は下だがエクテレスィー侯爵家と職務は同等、派閥も血筋もこちらの方が強い。
真っ向からケンカを売ったとしても勝てるかは運次第だぞ」
エクテレスィー侯爵家は何十年も重ねて侯爵まで登り詰めた家。
反してルナリオンの養子先のエルリークス家は何代か前の王弟が興した公爵家の分家、そして先々代の国王の嫡子である王女が輿入れをして更に血筋は確かになっている。
その姫君の夫が前辺境伯、ルナリオンが『じいちゃん』と呼んでいる人物だ。
ちなみにエルリークス伯爵家の本家はソルフテラが養子となっているデュトラバドール公爵家だ。
「なんで伯爵家に王女殿下が降嫁したんだっけ?身分差が合わないだろうに…」
ソルフテラの疑問は真っ当である。
本来国王の嫡子はすでにある家格の見合った家に降嫁・入り婿、または男児であるなら大公ないし公爵身分で新しく家を興すのが通例である。
王族が興した家といえども、分家となり血は薄くなっている。直系の姫君が輿入れするには少々身分が低い。
その疑問にルナリオンはいくつかの理由を指を折りながら述べる。
「じいちゃんから聞いた話によると、確か当時の国王には直系の王子王女が複数いたこと、側室の出自だったこと、母親自体の家格があまり高くなかったこと、それに伴い王位継承権が低かったこと、王家の血を引いている主だった貴族や国外にはすでに王家の者が嫁いでいること、または跡取りが子女だったり年齢が合わなかったことが理由だな。
あとは護衛の近衛騎士だった、じいちゃんに惚れ込んだ姫君の熱い要望もあって、じいちゃんも満更でもなかったみたい」
軽い気持ちで聞いたら長々と惚気られた、と渋い表情で呟く。
「そのことに関する逆恨みということもあり得る。
再度言うが油断するなよ、お前ら」
「任せとけって」
「大丈夫だよ」
「今回の事に関する当面の目的は『ボースハイト卿と人拐いに関して調べる』、『下手な詮索はされないよう【知らない】で乗り切る』でいいか?」
ルールに則り、いくつかの目標を決める。
自分ひとりで解決できない問題が起こった・巻き込まれた時にいくつかの目標を決めてそれぞれその目標を担当し、解決に尽力する。
これは四人で決めたルールだ。
一つ、ハイトと呼ばれた人物と人拐いの関連性について。
これについては貴族御用達の看板を背負うグラディウスが適任だ。
貴族とも下町の人間とも顔が広い。しかも今のところは人拐いの被害者は親が居ない人間だけだ。貴族街より下町の方が情報は集まるだろう。
二つ、今回の件を発端に横やりが入らないように阻止すること。
現在近衛騎士として活動し、王族に次ぐ権力を持つソルフテラが担当する。
公爵家の人間に事のあらましを説明させるような無粋な人間は少なく、また聞かれたとしてもしらを切ればいいのだ。
上の人間が白と言えば、それが黒くとも白となる。それが現在の貴族のルールだ。
それに納得したソルフテラが頷く。
「ああ…ルナ?どうした?」
「その目的に『最近結界塔に来た人間の捜査』ってのも追加してくれ」
「何か気になることでもあったのか?」
詳しく現場を見る前に塔を飛び出してしまったソルフテラが首を傾げる。
「結界の魔玉だよ。グレイは見ただろ、あの割れ方」
「ああ…ガラスが外側から衝撃を加えられたような割れ方だったな」
そう言われて、グラディウスは顎に手を当てて思い出す。
幾重にも亀裂が入った魔玉、細かく飛び散った破片とそれに混じって見えた赤い跡。
「以前魔玉の魔力補充でやらかしたことがあるんだけど、過剰に追加するとあんな風に内側から割れることがあるんだ。
破片の散らばり方、わずかな血痕、これだけでも推測する余地はある」
「何者かの手の者が細工を施したと言うことか?」
「ああ。グレイと私の関係を知っている人間か、はたまた単なる愉快犯か…」
どちらにしろルナリオンの担当は決まった。
塔の管理者、それに連なる人間を調べて今回の魔玉が破壊される事態となった原因を突き止めることだ。
「エキセントリック侯爵家も調べた方がいいな。たしか南地区の担当だろ」
「エクテレスィー、ね。魔玉の事実があるなら侯爵自体も怪しいしね」
「そうそう、エリザベス侯爵」
「ルナ、わざと言ってるだろ」
「覚えてるって。ピスタチオ侯爵だろ」
「もうそれ原型すらねーんだわ」
一切覚える気のないルナリオンにソルフテラは苦笑をもらす。
どうやらもう一度グラディウスに叩かれなければいけないらしい。
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