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序章

ただただ見切り発車の異世界転生物語

とりあえず頑張ります

この世界『オランディアリー』の成り立ちは、ある二柱の神から語られる。


最初、世界は『闇』と『光』に満ちていた。

やがて『光』から太陽が生まれ、また『闇』からも月が生まれた。


二つは太陽と月を掲げ交ざりあい、そこから多くの神々が産まれた。


火、水、風、土、天、空、海、夜、昼、雪、雲、雨、雷、霧、音、岩、木、草、花、氷、毒。


産まれた神々は自身の持つ力で世界を変える。


火は熱を与えた。

水は生を育んだ。

風は世界を巡った。

土は生を守った。

天は神々の世界を作った。

空は星々を飾った。

海は世界を満たした。

夜は静かに休んだ。

昼は賑やかに動いた。

雪は冷ややか眠った。

雲は太陽を包んだ。

雨は恵みをもたらした。

霧は光を覆い隠した。

音は世界に彩りを見せた。

岩は道を阻むものとなった。

木は果実を実らせた。

草は世界中に敷き詰めた。

花は色を染め上げた。

氷は悪を閉じ込めた。

毒は世界の戒めとなった。


世界は廻り、様々な『命』が形を成し世界は栄えた。


世界が栄える原初となった二つはそれぞれ月をシンボルとした『闇の神』となり、太陽をシンボルとした『光の神』となった。


これが神話で語られる世界の最高位の神として讃えられた二柱である。




*****






__自分を呼ぶ声が聞こえた。

その名を持つ少女はふと顔を上げ辺りを見回す。

窓から差し込む光はここへ来た時よりも濃い色を持ち、開かれた本を橙色に見せている。この国の気候にしては珍しく初夏の空よりいささか鈍い色をしていた。

部屋の入り口付近に立つのは少女の専属執事である。


「失礼いたします。お嬢様、ご準備が出来ました」


少女の頼み事の手配が出来たらしく、恭しく礼をしながら簡潔に用件を伝える。

冬の白銀の色をした瞳を執事に向け感謝を述べる。


「ありがとう、世話をかけるわ」

「いえ、とんでもございません」


老年の執事は礼をしたまま、そう答える。

少女は今まで読んでいた本を閉じ、小脇に抱え席を立つ。


「数日は向こうに泊まります。三日後の昼頃に迎えをよこしてちょうだい」

「かしこまりました。いってらっしゃいませ、リオンハートお嬢様」


数日後の予定を伝えるとその場を立ち去る。

緩く風が吹き込み、この世界では滅多に見ることのない畏怖の象徴として恐れられる漆黒と、誰もが焦がれてやまない神の寵愛の証である純白の髪を夕焼けの色に染まるも染まらずにはためかせる。

建物を歩いていた時とは違い、幾分軽い足取りで用意された馬車に乗り込み自身の生家とされる家へ里帰りに向かった。


里帰りと言えども旅路は短い。少女の生家は同じ王都の中に存在する、とある商家である。慣れ親しんだ商店の扉を開けて大きな声で父親の名を呼んだ。


「グレイ!帰った!」


名を呼ばれて振り返ったのは四十手前の男性だ。

金の髪に少女とは頭二つ分も差のある長身、その銀の瞳は少女に良く似た色をしている。


「ルナリオン!!ちょうどよかった、今お前に手紙を出したところだ」


慌てた様子の父親に眉をひそめた。どうやら厄介事の最中に帰ったようだ。

他の従業員の手前、これ以上トップの狼狽えた姿を晒すのは良くないであろうと、奥の部屋を指差す。少女が言わんとすることがわかったのか、側に居た従業員にいくつかの指示を出し先に奥へと進んだ少女の後を追った。


部屋ではすでに少女が使用人に頼んだ茶が置かれており、その茶が鎮静作用があるとされているものだと気が付く。目端が利くのは相変わらずらしい。

父親が向かいの席に座ると、少女はコクリと一口飲んで先を促す。


「何かあったのか?」


待ってましたと言わんばかりに父親は話し出す。


「実は数日前から王都の結界が異常が見られてな。役人に確認を頼んだんだが職人を派遣するまで少し時間がかかると言われたんだが、まあ後回しになっているんだ。

あまり長く放置すると危険があるし、かと言って魔術具の直し方なんて誰も知らん。この際別の誰かに相談しようと思ってな」

「なるほど?私に直せるのなら直してほしいと」


父親の言外に含まれた意味を汲み取り言葉にする。


対貴族用の商売を学ぶ少女は魔術具についても造詣が深い。

大規模な魔術具の経験はないが、たとえ修理は出来なくとも動かなくなった原因ぐらいは掴めるだろう。


「ああ、帰ってきたばかりで申し訳ないが頼めないだろうか?」

「分かった。とりあえず状況を確認しよう、直せるようだったらそのまま直すよ」


結界の要となる魔術具の場所はここからそう遠くない場所にあり、管理は貴族の信用がある人物が持ち回りで行っている。

父親もその一人のようで、故に話が回ってきたのだろう。


「すまない、恩に着る。

…それとルナリオン、ソルフテラも王都に帰ってきていると聞いた」


それは、懐かしい名前だった。ふわりと少女の心に暖かな風が通った。


「そうなのか。何をしに?」

「お前それは酷いだろ。まあなんだ、時間があったら会いに行ってやれ」

「気が向いたらな」

「お前なぁ…」


道すがら、少女は父親の紹介で世話になっている家で学んだ商売のあれこれを語り、父親は城下町で流行しているものなど、情報を交換する。商人など流行を知らなければやっていけない。


数ヶ月ぶりの会話を交わせばすぐにその場所に着いた。

王都を囲む高い石壁の側にある蔓草に覆われた塔。ここの最上階、といえども2階しかないが、その奥の扉の先に結界の魔術具は存在する。


魔術具をひょっこり覗き込むと、少女はひくりと顔をひきつらせた。


「なんだぁこれ」

「お前に言われたら、本当に危ないのか」

「危ないなんてものじゃないだろこれ。異常どころか破損しているじゃないか。ここ、見てみろよ」


少女が指を差したのは、手のひらほどの大きさで濁った白い石。

元は綺麗な楕円形をしていたのだろうが、今はひび割れて辺りにはそれらしき破片が散らばっていた。


「飾り…じゃないよな、お前が見せるぐらいなんだから」

「結界の魔力供給を行う魔玉だ。こんな壊れ方をしてみれば結界自体が壊れても仕方ないな」


『魔玉』と呼ばれたそれは魔術具を使うために必要な動力源だ。それが使えない状況では結界が正常に作動しないのも無理はない。


散った破片の一つを拾い上げてまじまじと眺める。ついでに散らばった破片を踏んで誰かが怪我をしないように足で端っこに払う。

濁った白い破片は歪で、わずかに散らばる赤色に少女は首を傾げた。


「予兆みたいなのはなかったのか?一日二日じゃこんな壊れ方しないぞ?」

「いや、異常が確認できる前日の施錠前までは正常に動いていたんだ。

日が昇って来てみればこの有り様だ」

「ふーん…」

「どうだ?直せそうか?」


納得しない表情を見せた少女に不安を覚え、急かすように答えを求める。

追加であっちこっちを眺めるも、見た限りでは以上は見られない。唯一にして最大の原因である魔玉は小娘ひとりにどうにかできるものではなかった。


お手上げという風に両手を上げ、首を振る。


「無理だな。魔玉が壊れてんなら取り替えるしか方法はない、役人に伝えて…いやそれだとまた後回しにされるだけだ。

ちょっとひとっ走りしてじいちゃんに事情を説明して魔玉を貰ってくる」


幸いにして魔玉に関して、少女にはつてがある。そのつてである人物に相談すれば魔玉の一つや二つぐらいあっさりと融通するだろう。


ちなみにここで言う『じいちゃん』とは少女が世話になっている家の前当主であり、本来ならじいちゃんなどと呼べば即刻縛り首になるほど有力な貴族である。少女はなかなかの豪胆のようだ。


「なら馬車を回そう」

「それだと遅くなる。走った方が速い」

「大丈夫なのか?」


父親が心配したのは少女が一人で出歩くことではなく、一人で出歩く姿を誰かに目撃されることだ。

いくら平民だとしても、歩いて貴族の家を出入りするのは外聞が悪い。それが養子に入っている子供であればなおのこと。


「リーレイン様に見つからなければ大丈夫だ。今日のこの時間なら他家の茶会に出ているはずだから心配ない」


それを何を勘違いしたのかは分からないが、見当違いの返事を返す。本人はいたって真面目に答えているらしい。


父親は諦めて娘に託す。どのみち少女が動かなければ事態は解決しない。


「何から何まですまない、ルナリオン」

「いいよ別に。じゃあ行ってくる」

「ああ気を付けろよ…と言ったのに窓から出ていくな!」


父親の言葉に耳を貸さずにあっさりと2階の窓から飛び降りる。

貴族街で過ごしていようと、幼少期からのお転婆は抜けなかったみたいだ。


あれで嫁の貰い手があるのか、と思案を巡らせる前に一人の少年が思い浮かんだ。

二人で一対とまで言われていた少女の片割れは、現在この王都に帰ってきていると門の衛兵が言っていた。機会があれば会えるだろう。


少女の目的地はここから距離がある。再度こちらへ帰る時はすでに日も暮れているはずだ。少女もこんな暗がりで作業しようとは思わないだろう、と帰り支度として用の済んだ塔から降りようと階段へ向かうが、それは一つの影に阻まれる。


「誰かいらっしゃるのですか…グレイさん!」


まさに噂をすれば影、暗闇から現れたのは先の思考に浮かんできた少年。

僥倖、と呼ぶには少し出来すぎた展開に、薄ら寒いものを感じた。


「ソルフテラか?大きくなったな」


記憶に残る姿よりも大きく成長したその姿を目に写し懐かしむ。


「グレイさんは…老けましたね」


そんな様子の相手にけろりと笑顔で失礼な事を言う。

男性は仕返しと言わんばかりにその首に腕を回し、軽く締め上げた。


「口も達者になったなぁ」

「いででででで!やめろ離せグレイ!!」

「で?お前も結界の異常をどうにかしてくれるのか?」


思わず言葉を崩し抵抗する。

少年は腕の中から抜け出すと、表情を戻しその背を正し、ここへ来た本題に入った。


「はい、南地区の結界が作動してないと本日報告を受けたのですが…『も』ということは別の誰かが対応済みだったのでしょうか?」

「いいや報告して10日もほっとかれた」

「10日!?南地区は特に魔物が多い地区でしょう、真っ先に修復を行うべきなのに…報告の時差があまりにも長すぎる」


目をひらめかせ、その情報を疑う。まさかそこまで放置されていたとは思わなかったようで、情報伝達の不備に頭を抱える。


「それは俺も思っていた。下町といえどここは最前線だ、結界が破られれば貴族連中も危うい。…内乱か?」

「いいえ、そこまではなっていません。現在の国王陛下の治世は平穏そのものです。わざわざ内乱を起こしてまでの革命はどの人物も利点はさほどないでしょう」


権力者の意図によるものではないと分かると、ほっと息を緩める。

商人は武器や糧食の専門でない限り、その煽りをくらう。他国との戦争でも迷惑なのだ、内乱など余計の極みでしかない。


「となると役人の怠慢だなこりゃ」

「その者に代わってお詫び申し上げます。

明日にはなりますがすぐに職人を手配させていただきます」


自身の非では無いにも関わらず丁寧に詫びる。その顔には確かに自分の不甲斐なさを悔やむような色を滲ませている。


態度や立場が変わっても、ふとした表情は変わらないものか。


あの日と同じように、新月の夜のような深い藍の髪をくしゃり、とかき混ぜる。


「それには及ばない。ルナリオンが破損した部分のパーツを取りに行ってくれた」


今しがた走り去っていった、少年と共に育った少女の名を出す。少年は弾かれたように顔を上げた。

さっきのような悲憤の表情はコロリと抜け落ちている。


「ルナが!?なんでそれを早く言わないんだ!!

ちょっと追いかける!」

「だから窓から出ていくな!!」


少女と同じく静止も聞かずに窓から飛び降りた少年は少女の行った道を追う。

そんな少年に対して呆れながら壮年の男性はふと思う。


(相変わらず伝えてもないのにルナリオンの場所が分かるんだな)


すでに小指の先ほどの大きさになった背中、数年前に下町を出ていった時よりも大きくなった背中を懐かしむ。


家に夜食を用意しておこう。自分を含めて三人分。


あの二人に任せておけば明日にでも元に戻るだろうと、今度こそ用の済んだ塔の戸締まりをすべく窓から離れ階段を下りていった。




この日の出来事を境に世界は急速に時を進める。

神の思し召しか、それとも世界の運命なのか。いずれにしてもかの少年少女らが気付くのはまだまだ先だろう。


「(近くに居てくれ、ルナ)」


これは王国の騎士となった少年と


「(にしても…あの魔玉の割れ方…)」


下町で商人として生きる少女が再会することで始まる




とある二人が導かれるための物語である。






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