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物語の物語~今日は何の日短編集・3月6日~

作者: 白兎 扇一

今日は何の日短編集

→今日は何の日か調べて、短編小説を書く白兎扇一の企画。同人絵・同人小説大歓迎。


エステティックサロンの日

「サ(3)ロ(6)ン」の語呂にちなんで、エステティックサロン事業者懇談会が記念日に制定。

(思いつかなかったのでサロンの日ということにしました)


参照

https://netlab.click/todayis/0306

3月6日 サロンの日なので『物語の物語』


ある司教が有名な俳優に尋ねた。

「我々説教者は人間に本当に必要なことを説いてもなかなか理解してもらえないのに、あなたがた役者さんたちは舞台上の作り事で人々を深く感動させることができるのはどうしてだろうか」

俳優は答えた。

「わたしたちは架空のことを本当のことのように語っていますが、聖職者のみなさんは、本当のことを架空のことのようにお話しなさってるからですよ」

─あるジョーク


「私が世界一面白い物語を教えてさしあげましょう」

ストーリー夫人は流暢なフランス語でサロンの貴族達にそう言った。この夫人は非常に博識で、特に物語に関しては右に出るものはいないほどの賢者だった。そんな夫人が話す。家柄だけが取り柄の、凡なる脳味噌しか持ち合わせない者達は息を呑んだ。

「本当に面白いんですの?時間の無駄になりませんこと?」

サロンの主催である伯爵夫人が扇で隠しながら嗤う。五十路に近付いたこの夫人がまだ若いストーリー夫人の事を羨ましくも妬ましい目で見ていたことくらい、周知のことだった。

「ご心配なく。物語についての物語ですよ」

ストーリー夫人はやっかみと皮肉を気にせず、微笑む。伯爵夫人は豆鉄砲を食らったような顔で座った。ストーリー夫人は小さくて可愛らしい咳払いをして、話し始めた。


─ストーリー夫人の話─

ここのサロンほどではありませんが、私もサロンを開いてましてね。まぁ、多くの学者さんや作家さんがいらっしゃいます。

ある日のことです。皆さま、大量の本を読んでいらっしゃるので、一人一つずつ好きな物語を話すという企画を行いました。シェイクスピアですとかモリエールですとか著名な人を挙げる人がほとんどですのに、一人だけ聞いたことのない作家を挙げた作家がいらっしゃいました。こういうことを言ってはいけないとは分かっていますが、あまり有名でない作家さんでした。私がおすすめの短編を聞くと、彼は話し始めました。


─作家の話─

ある売れない作家がいた。構成、描写、知識、登場人物の心情……努力できるものはひたすら鍛えたが、一向に売れる気配がない。何が原因かは周りにも彼本人にもわからなかった。

作家を続けて四半世紀、そんな彼にも熱心に読んでくれるファンが出来た。カールした金髪が目立つ、細身で華奢な少年だった。少年は貴族の家柄で、目鼻立ちもはっきりしていて美しかった。

「いつか日の目を浴びる時が来るから、筆を折らずに書いてください。僕もやれる限りのことをしますから」

少年は彼の手に赤い薔薇を渡した。彼は少年の言葉を心に、執筆を続けた。彼の目標は作家が集まるサロンで開かれる小説コンテストで入賞することだった。コンテストの結果発表、彼は家にある綺麗な服を身にまとって、サロンへ向かった。いよいよ最優秀賞の発表が迫る。司会が作家の作品のタイトルを読み上げた。飛び上がって喜ぼうとした、その瞬間だった。

「『ハロルドの憂鬱』、まだ若き作家ステアくんの作品です」

(おかしい。紛れもなく私の書いた作品だ。何故自分ではないんだ?手違いか?)

彼は司会の横に現れた人物、この作品を書いたといわれている作家に目を向けた。自分のファンだった、あの少年だった。

「ありがとうございます。実は、僕は余命が後3年しかないのです。短い命を使い切って書きたいと思います」

律儀に礼をする少年に、拍手喝采が起こる。貴婦人の数人は涙を浮かべ始めた。

どうして。作家は少年が壇から降りた時、全てを問いただした。少年は薄い唇の端を上げて、笑った。

「僕、気付いたんですよ。この世界の人間は、物語が好むってことを。その作品が何を書いているかより、誰が書いてるかという物語にしか興味がないことを。命短い貴族の美少年が書いた。そういう物語に設定したら手のひら返したじゃないですか。同じ作品なのに、高評価をつけましたよね?やっぱり僕の目論見は外れていなかった」

作家は怒ろうと思ったが、彼の言葉に何も言えなくなった。彼の言っていることは紛れもない真実だからだ。少年は咳をした。初めてだった。今まで彼に会ってきたが、作家の記憶の中ではそんなことは一度もなかった。周りの貴婦人が彼を心配して近寄る。少年は作家の耳に口を近づける。

「これからもよろしくお願いしますよ。先生。僕もやれる限りのことをしますから」

少年からクスッという小さな笑いが漏れた時、作家の中で何かが音を立てずに崩れた。


そこからすぐ、作家は傷心旅行に出た。サロンに行く度にあの少年作家の作品、元自分の作品を見ては嘆き続けていた。あの時渡された薔薇はすっかり枯れてしまっていた。


─ストーリー夫人の話─

「なんだい、その作品は」

「後味の悪い話だな」

周りの作家は彼をそう貶しました。私は彼らをなだめました。彼は窪んだ目で悔しげに床を見ていました。私は彼の話が気になりました。彼と2人きりで話すため、2人で屋敷の庭に出ました。空を見上げました。煌々と輝く月と降ってくるかのような星々がありました。

庭の中央を貫く石畳の上を2人で歩きました。右に薔薇園がありました。彼は頑なにそちらの方向を向きませんでした。

「やはり、さっきの話は貴方自身の話でしたのね」

「やはり、ということは分かっていたのですか?」

「やけにリアルでしたので。それより、私の話を聞いてくださる?」

彼は短い首でうなづきました。屋敷から人が出てくるのが見えました。ここでは声が漏れる可能性がありますので、と私は彼の手を引き、薔薇園へと向かいました。

薔薇園内には赤い薔薇だけが集められている場所、白い薔薇だけの場所ときちんと区別されておりました。入ってすぐ中央にあるベンチに腰を下ろしました。私は、話し始めました。


─ある少年の話─

ある屋敷に少年がおりました。少年は美しい容姿に恵まれ、頭の良さにも恵まれておりました。

「人の役に立つように育つんだよ」

少年は親にそう言われ、育ちました。少年が一番興味を持ったのは文学でした。

少年が10ほどになった時、本当に好きな作家ができました。しかし、その作家は売れませんでした。何がダメなのか。少年は周りの貴族が開くサロンに参加して、色んな作家の様子を見てきました。彼は売れている作家は容姿が良かったり家柄が良かったりすることに気付きました。そして、こう決めたのです。

あの人は才能はあるがそれだけではダメだ。

私があの人の光になろう。

人の役に立とう。

少年は彼の作品の名前部分を書き換え、サロンのコンテストに応募しました。すると、瞬く間に評価されました。司会の紹介に、彼は余命が3年だと嘘をつきました。自分でもなぜそんな嘘がついて出たのか分かりませんでした。

少年は見渡します。集まった人の顔がよく見えました。その中にあの作家がいました。

作家は少年に問い詰めました。少年は「誰が書いたか、しか評価しようとしないのが世の中だ」という話をしました。その時も、あえて咳をしました。こういうことも、何故できたのかは分かりませんでした。

それからすぐ、その作家は姿を消しました。

その頃、少年の身に変なことが起こりました。突然肺が苦しくなり、血を吐くことが多くなりました。医者に調べてもらうと、3年しか生きられないと語っていました。少年の嘘はとうとう本物になりました。

自分が死ぬ。それがわかると、少年は急に怖くなりました。親も兄弟も何もしてくれない。助けてほしい。結局思い浮かんですがったのはあの作家の作品達でした。しかし、あの作家はもういない。下手したら筆すら折ってしまったかもしれない。

そんなの嫌だ。少年は召使いにあの作家を探すように命じました。そして、少年は今まで本で儲けたお金をかき集めました。その金が─救いになるかもしれない。しかし、親に見つかったら大変なことになる。少年は薔薇園の赤い薔薇の下に隠しておくことにしました。毎日、毎日、手にしたお金を薔薇の下の袋に入れました。召使いの返事が喜ばしくなくとも、召使いがもうやめようと言い聞かせても、毎日、毎日。


─ストーリー夫人の話─

私はそこまで話すと、赤い薔薇の下を探りました。大きく膨らんだ汚れた皮袋を手に乗せ、作家さんに見せました。

「これが、その袋です」

「じゃあ、貴方は一体……」

「ステアの姉です。あの子がお世話になりました」

私は丁重に礼をしました。作家さんは驚いた顔をしておりました。

「先ほども話しましたが、あの子は貴方を引き立てようとあんなことをしたのです。それが盗作・パクリであることはわたしも分かっております。しかし─」

「分かりました。今の話でようやく、彼のことが分かりました。そんなことより、彼に会わせてください。彼はどこにいるんですか?」

「先日、亡くなりました」

私は最も伝えたくない残酷な一言を告げました。作家さんは小さな目に涙を浮かべておりました。月の光が差し込み、宝石のように輝いておりました。

「すみません。こんな話をしてしまって」

「いや、これは『やっぱり作家に何かがないとダメなんだなぁ』という無名作家の涙ですよ」

「どうでしょう。あの子は貴方以外にもこのようなことをしたんですよ。でも、まったく評価されませんでした。評価されたのは、貴方の作品だけでした」

作家さんは顔を上げました。私は続けました。

「私は作家自身のことはやたらと目立つ付属品なのだと思っております。確かに多くの人間はそこから入ります。しかし、作家自身に力がなければそれは無用の長物。作品が面白いからこそ、評価されたんですよ。自信を持ってください」

私は薔薇園のドアを開けました。2人で見た月は実に美しく輝いておりました。


─伯爵夫人のサロン内─

「実にうまくできた話ですね。しかし、それのどこが面白い話ですの?世界一というには言い過ぎではありませんの?」

伯爵夫人は扇でパタパタ仰ぎながら、ストーリー夫人に告げました。ストーリー夫人は口を開きました。

「いずれ分かりますよ。こうしたサロンの中の限られた人だけでなく、最も多くの人が作品を書くようになって、発表するようになったら」

ストーリー夫人は紅茶を一口飲んで、サロンの外へと出て行った。この夫人は後にこのサロンに呼ばれたのか、出禁になったのか─それはご想像にお任せすることにしよう。



ご閲覧ありがとうございました。今回はちょっと違った作風にしました。

作家ありきの作品か、作品ありきの作家か。

皆さんはどう思われますか?

本当に閲覧ありがとうございました。

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