伝説の魔法使いと聖者の姫
これは、一人の少年が恋した女の子のために戦った最後の物語
「姫様! 全て貴女様のためです!」
崩れた家屋の瓦礫が山を成し、方々あがる火の手が新月の夜を赤く照らす。
あちこちで発せられる逃げ惑う市民の叫びと略奪を楽しむ兵士の雄叫びが響き渡っている。
そんな破壊し尽くされた都市の中心地で2人の男女が向かい合っている。
漆黒のローブと同じ生地で作られたとんがり帽子を目深に被った黒髪の男、ルピアーノ・サンジェルマンは、世界樹の枝を削って作られた杖を女に突きつける。
炎によって照らし出された黄金の髪が生暖かい風になびき、レースを重ねた緑を基調としたドレスに身を包んだ女、アリス・オブ・ユトリシアは、自身に突きつけられた杖の先に立つ俺を睨み付ける。
「私は、こんなこと望んでいません!」
気丈に俺を睨み付ける俺の住む国の国名を名字に冠する彼女こそ、我らの国最後の王族にして、俺が唯一仕える主だ。
「どうして姫様は分かってくださらないのですか!? 貴女様のためだけ俺は頑張ってきたのです!」
姫様が貧民街で死を待つだけだった俺を救ってくださったあの時から、姫様のためだけを考え動いてきたというのに。
「私は! 私はルピアーノ……貴方と……友達と一緒にいられるだけで良かったのです! なのに、どうして……!」
俺を睨み付ける姫様のエメラルドグリーンの瞳からは無色の液体が玉となって地面にこぼれ落ちていく。
「今日も、あの時も、いつまでも姫様と一緒にいるためには必要なことです!」
「違います! 貴方ならもっと他の方法も選べたはずです。魔法理論を50年分は進めた稀代の天才、原初の魔法使いの生まれ変わりと呼ばれる貴方なら!」
姫様の左手の中に粉雪のように真っ白な粒子がどこからともなく現れると、天使の姿が先端に象られた純白の杖が形成される。
それは世界でたった1人、姫様だけに使える最強の固有魔法の1つ『熾天使の代行者』の発動を意味している。
固有魔法である『熾天使の代行者』は、詠唱を必要としない。発動後も姫様は思うだけで世界最高の力を自由に振るうことができる。
「姫様こそ違います! この選択こそ俺だから選べた姫様が一番幸せになれる選択です!」
そう、他の誰でもなく姫様が笑って暮らせる最上の選択が今の世界だ。
「私がこんな世界で幸せになれると貴方は言うのですか!?」
姫様の左手に力が込められる。
「はい。姫様のためだけの広大な国も築きました。それに姫様を苦しめる人は誰もいません」
小国だったユトリシア王国は今や世界の3分の1を治める世界最大の大国になった。
姫様は、そんな国の唯一の王族なのだ。
姫様を王城の角に追いやった国王はもういない。
姫様に冷たく当たる貴族ももういない。
姫様を酒場の笑い者にする市民ももういない。
もう、誰からも何からも恐れる必要もない。
姫様が必要だとおっしゃられるならば、残る世界も俺が必ず手に入れてきてみせる。
「そのためにいったいどれだけの人が犠牲になったのですか!? どれだけの血が流れたのですか!?」
「姫様の幸せのためならば必要な犠牲でしょう。死んだ人々も姫様のために死ねたなら本望だと思います」
「貴方は、本当にそう思っているのですか?」
「もちろんです」
姫様は、俺の迷いなき言葉を最後まで聞くと瞼を閉じ大きく息を吸う。
一瞬の間の後、見開かれた瞳から涙は消え去り、代わりに覚悟の炎が灯っていた。
「そうですか……ならば仕方ありません。私がルピアーノ! 貴方を止めて見せます! 貴方を信じて待つのはここでお仕舞いです! こうなる前に貴方の狂気に気が付けなかった主として、友として、最後の責任を果たします!」
姫様が握る純白の杖の先端に白い球体が生み出され、急速に膨れ上がっていく。
「姫様がそうおっしゃられるのであれば……僭越ながらお相手いたしましょう。姫様にご満足いただけるよう最善を尽くします。その後にたっぷりとお話しましょう」
空間を歪めるほどの魔力が練り込まれた球体がまるで矢のように俺に向け飛ばされ、俺の世界は白一色に包まれた。
この作品は、長編予定で書いていた作品のプロローグに当たるお話です。
反響があれば続きを書いていていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いします!