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呪いの言葉





 仲村の調子が悪い。


「縦!」


 久保がスペースにパスを出すよう要求する。ボールを右足のアウトサイドで所持していた仲村が素早く左足に持ち替え、インサイドでパス。

 だが、それが引っかかった。相手に読まれており、出し手であった仲村も置いていかれる完璧なターンオーバー。向こうの切り替えも早い。一気に二人が駆け上がり、阿部と一対三の状況を作り出す。


 ーーやられたかな。


 相手の三人の連携は巧みだった。左サイドにいたドリブラーが中に切り込み、中にいた選手はドリブラーの後ろを回って左へと走る。綺麗に三角形を作り、パスコースを二つ用意。阿部は難しい判断を強いられる。


「左!」


 ゴールキーパーである中沢の一声。若干の遅れがある左側のパスコースを消せと阿部に指示を出したのだ。阿部が左足を前に置く半身となり、ドリブラーを右方向に押し出す。そして中沢が少し前に出て牽制することで右側の選手をケアする。一対三と言う不利な状況を、疑似的な二対二に持ち込んでみせた。自分達を上回る好連携の守備にドリブラーの思考が揺れる。結果、


「うりゃ!」


 キーパーが飛び出そうとしている裏をかいてのシュート。それを中沢が止めた。逆を突かれていたが、しっかり左手を伸ばし、一度弾いてからのキャッチだった。


「おぉ。やっぱり上手いなぁ、ゆり」


 遠藤が感嘆の溜め息。確かに、彼女では阿部のような落ち着いた対人守備も、中沢のような機転、身体能力も期待できない。だが、それは選手としての特徴の違いに過ぎない。変に劣等感や焦燥感を覚える必要はないだろう。

 そしてそれは、仲村も同じことなのだが。


「……」


 なかなかそうは思えないらしい。今の仲村はそう言う表情をしている。自分の調子が悪いこと、そのせいでチームに悪影響が出ていること。実感すればするほど、無い物ねだりや自己嫌悪がつ


「何だか、あんちゃん調子良くないね」


「……うん。どうしたんだろ」


 すでに望も遠藤も気付いている。まだ試合が始まって四分だ。仲村に特別ボールが集まっているわけではないのだが、だからこそミスが目立つ。


「っ!」


 阿部からの縦パスを仲村が受ける。厳しいプレスに遭っているため、相手を背負い、足の裏でトラップ。思うように前を向かせてもらえない。久保がサポートに寄ってくるが、それは仲村がパスを出せないコースだった。マークマンもしっかり付いて来ている。

 結果、攻撃をやり直すために阿部へボールを戻す。その一瞬。仲村は右足の裏でボールを引き込み、軸足の裏から相手の股の下を通しに行った。かなり強引だが、判断としては悪くない。実際、ボールも狙い通りの軌道を辿った。仲村がくるりと振り向き、相手を振り切る。ことができない。身体をぶつけられてしまったのだ。


「つっ!?」


 相手ディフェンダーの対応が良かった。ボールを追わず、あえて仲村が通る方向に体を反転させた。仲村とディフェンダーがぶつかり、仲村が押し倒したみたいな形になった。レフェリーはいないが、誰もがファールだと思うようなプレーだった。


「やるな、あの小学生」


「大下君って言うらしいよ」


「ふーん」


 仲村と一対一をやりあっているのは、船川のエースだ。今のプレーは、仲村に背中を当てる方向に反転していたら、彼のファールになっていた。肘や肩が仲村に当たり、進行方向を塞いでしまう。また、フットサルは原則として身体のぶつかり合いを禁じている。ショルダータックルの概念がないのだ。

 大下少年は、それを理解した上で、仲村から自分にぶつかってくるように誘導した。攻撃面では身体能力に任せたプレーが多いが、しっかりとクレバーさも身につけているらしい。


 ーーなるほど。逸材だ。


 控えめに言っても、良い選手だ。仲村は手も足も出ない、といった形になっていた。

 とは言え、試合そのものは膠着している。攻守両面において阿部の存在がでかい。このコート中では選手として頭一つ二つ抜けている。阿部のフォローディフェンスやボールキープ、鋭いパスなど、彼女の安定感がチームを下支えしていた。

 その阿部から仲村へ、コートを横切る斜めのパス。仲村はボールに近付き、動きながらのトラップでむりやり加速しようとする。だが、もちろんマークは引っ付いてきている。仲村の思惑は上手くいかず、右サイドに追いやられてしまった。相手はこれを狙っていたのだろう。ここが勝負所ともう一人もプレスをかけてくる。完全に後ろ向きにさせられて、手詰まり。仲村は阿部とポジションチェンジをした小鳥遊にバックパスをするしかなくなった。すると、ここでたまたま仲村と小鳥遊のマークマンが入れ替わった。大下少年と小鳥遊が対峙する。その瞬間、船川のエースは小鳥遊から距離を取った。


「……」


「?」


 露骨に警戒している。こいつは何をするかわからないと思っているのだろう。不用意に飛び込まないつもりだ。

 小鳥遊もその警戒感を見て、無難に左サイドの阿部にボールを戻す。久保、仲村が前に、阿部、小鳥遊が後ろの2ー2の陣形になる。だが、それだと安全なパスコースが少なくなる(キーパーにパスできない)ので、仲村が中央に落ちてきた。左に阿部、中に仲村、右に小鳥遊。そして前に久保。この陣形に対し、相手ディフェンスもプレスを緩める。

 仲村が小鳥遊にパス。するとそのワンタッチ目で小鳥遊がスピードを上げた。タッチラインぎりぎりをドリブルで駆け上がる。大下少年も一定の距離を開けて付いてくる。

 ぴたりと、小鳥遊が止まった。右足の裏でボールを止め、慣性の法則のまま跨ぐような形でワンステップ。そして左足でもう一度ステップし、再び右足のアウトサイドで縦に進む。変則的なプル・プッシュのフェイントだ。が、大下少年はしっかり読んでいる。

 が、そこまで小鳥遊は読んでいた。右足のアウトサイドで縦に行くのではなく、スッと空振った。シザースではなく、ただ軽く足を振っただけだったので、その軌道を変化させることができた。縦を切りに行った相手を躱し、中へ切り込む。簡単なステップを連続しただけなのだが、よほどのバランス感覚が無いとあの動きはできない。

 高速ステップと、それに耐え得る体幹。そして、丁寧なボールタッチ。見事と言う他ない。

 一気に中へ侵入した小鳥遊。だが、大下少年も粘る。ショルダーチャージにならないレベルで身体を当ててくるが、小鳥遊の軸はブレない。むしろ大下少年の力を利用してするりと前に入り込んだ。こうなってしまえばディフェンスは無効化されたのと同じ。左サイドにいた久保と小鳥遊の二人と相手ディフェンダー二人の勝負。


「……」


「……っ!


 小鳥遊の視線に何かを感じ取った久保が前に走る。のを止め、バックステップ。ディフェンダーから離れてパスコースを作った。そこに小鳥遊のパス。ワンツーだ。が、久保はダイレクトでリターンパスをせず、身体を引いてボールを深くまで引き込み、ディフェンダーの奥、縦にスルーパスを出した。


「おぉ」


 その攻撃が効果的かどうかは置いておいて、プレーそのものは非常にテクニカルだった。トラップはまだまだ下手な久保だが、まれにこう言うプレーをする。そしてそれは、小鳥遊との連携で生じることが多い。

 小鳥遊がボールに追いつく。そのまま左足を振り抜いた。小細工、フェイント一切無しの力業だ。ゴールエリアの若干外から、ゴロの強烈なシュートが相手キーパーを襲う。


「く、の!」


 相手キーパー、キャッチは不可能と判断し、左手のパンチングで外に弾いた。が、弾き方が弱い。タッチラインもゴールラインも割らない中途半端なクリアになってしまった。

 当然、久保はそれを見逃さない。


 ーー決まった。


 しっかりとこぼれ球に詰めていた。重ねてクリアしようとする相手ディフェンダーの前にするりと入り込み、爪先でプッシュして押し込んだ。桜峰の先制である。


「っし!」


 久保は右拳を掲げ、小鳥遊に向ける。小鳥遊はよくわかっていないような表情をしていたが、駆け寄ってきた阿部に何か教えられ、あぁそう、と言う感じで右手を挙げた。相手ディフェンスをほぼほぼ一人で切り裂いたと言う事実を自覚していないらしい。久保はこの得点は小鳥遊のおかげだ、そう言っているのだが。

 このゴールは七分頃の出来事だ。幸先よく先制できたとは言え、時間はまだ半分以上残っている。この一本目をしっかり勝ち切るなら、もう一点は欲しい。

 そうなると、仲村の活躍が不可欠になってくる。小鳥遊へのチェックが厳しくなるからだ。俺が相手チームの側にいるのなら、小鳥遊を抑えるための手を考える。と思ったのだが、相手はシステムやマークマン変更をしてこなかった。まぁ、趣味の練習試合だし、そこまでストイックにやる必要もないと言うことらしい。いや、そもそもそんなに小難しいことを考えていないのかもしれない。それが普通だ。

 そしてその判断が結果的に仲村を締め付けることになる。彼女の相手は依然として大下少年だ。はっきり言って、何もやらせて貰っていない。

 阿部、久保が二回パス交換。そこに小鳥遊や仲村も絡み、ポンポンとボールが回る。パスの連携で相手ディフェンスを掻い潜ろうとするが、そっちはあまり上手くいっていない。所々で小鳥遊や阿部のちょっとした個人技で突破しているのだが、決定機を作るまでには至らない。ただ、これは相手のディフェンス云々と言うよりは、単にこちらの技術不足が原因だった。ゴール前で久保がトラップミスしたり、仲村のパスがズレたり、ドリブルを奪われたり。

 今日の出来を見る限り、仲村のところは遠藤に変えた方が良いだろう。


「遠藤、酒井、準備しとけ」


「はい!」


「了解だよ」


 小鳥遊、阿部に続き、酒井もフットサル初挑戦だ。長距離走を得意とする彼女だが、競技性的にはインターバル走に近いフットサルにどこまで適応できるか。

 久保の攻撃力、小鳥遊の意表をつくプレーを阿部の技術とインテリジェンスが支える今のメンバーは、チームとして非常にバランスが良かった。だがまぁ、困ったら阿部をぶち込んでおけば何とかなる、みたいな部分もあるので、一概には言えないのだが、良い連携が取れているのは間違いない。

 そこを無理やり弄る。


「交代でーす!」


 楽しげにピッピと笛を吹く望。


「小鳥遊。阿部。交代だ」


 一本目はあと五分。スコアは1ー0。程良くヒリヒリした状態に酒井を投入できるのはラッキーだ。彼女の適応力を測る良い機会になる。そして、阿部と言う軸、小鳥遊と言う個人技が無くなったチームをどれだけ持ち堪えさせられるか。遠藤のゲームコントロールにも期待する。


「遠藤を中央に、仲村、酒井をサイド。前を久保」


 言わなくてもわかっているだろうが、指示を出しておく。

 さぁ、どうする仲村。遠藤も酒井も、選手としてはパスの「出し手」だ。どちらもハイレベルでこなせる阿部、「受け手」として格別のクオリティを持つ小鳥遊はいなくなった。これで彼女にかかる負担は大きくなる。その状態で、自分より上の大下少年とどこまでやれる?


「じっくり! じっくり行こう!」


 と、俺の思惑とは裏腹に、遠藤がチーム全体にゲームスピードを落とすよう声をかけた。教科書通りの判断だ。交代したメンバーの個性を見る限りは、先程までより守備的になった。守備が得意なのだから、焦って攻める必要がない。ボールをキープしていれば勝ちで終わるのだから。


「裏!」


 遠藤の指示を半分無視したような形で久保が走り出す。これは、「桜峰がボールキープに入る」「プレスを仕掛けないといけない」「俺たちは前に出るぞ」と言う相手チームの一連の思考を一気に先読みし、後の先ではなく、先の先を突いた攻撃だ。タッチラインを舐めるように触れながらのゴロパスが裏に放り込まれる。相変わらず、遠藤のパスは抜群の精度だった。おそらく、「じっくり!」の時点で久保が動き出すことまで計算している。

 右サイド。ゴールエリアに差し掛かる直前で久保がボールに追いつく。カバーに入ってきたディフェンダーと一対一だ。勝負できない場面ではない。が、久保は斜めにボールを落とした。酒井だ。ドリブルで中央を上がっていき、相手を二人引きつけてからさらに外の仲村にパスを出した。良いプレーだ。だが、


「っ!?」


 大下少年の切り替えは早かった。ゴムで引き戻されたみたいな速度で駆け戻り、仲村とゴールの間に立ち塞がる。

 仲村。右足のアウトサイドでボールを突きながらタイミングを見計らう。

 大下少年。バックステップで常にボール、仲村との距離を一定に保つ。

 これ以上は退がれない三歩手前。二歩手前。一歩手前。に入る前に仲村が仕掛ける。右足で引っ掛けながら縦に入り込む。シュートコースがなくなる方向へのドリブルだが、そのまま速度で振り切り、中にマイナスのクロスを入れるつもりだ。


「っうぉ」


「っ」


 ボールを晒しながらのチェンジオブペースは効いた。タイミングをずらしてから一気に加速した仲村に、大下少年はうまく身体を入れられない。あとは身体の右側面でボールを守りながらクロスをあげれば、勝ち。

 そして、仲村は抜き切った。


「くっ……!?」


 はずだった。今のプレーは仲村的には完全に相手を抜き切った感覚だった。仲村側はベストを尽くし、駆け引きに勝った。

 それなのに、相手の足がぬぅっと伸びてきた。そして、互いにボールを蹴り合い、簡単に押し負けた。

 仲村の目は、まるで岩でも蹴っているような形をしていた。体幹の強さ、下半身の筋肉量で負けたのだ。


 ーー抜けない。


 この、呪いのような言葉が。


 ーー私じゃ、勝てない。


 この言葉が、仲村の脳内で反響する。俺にはわかる。その恐ろしさを、俺は誰よりも深く、強く知っている。

 その後、桜峰は一本目を1ー0で勝ち切った。別チームとの二本目も阿部、小鳥遊の活躍により勝利。酒井もフル出場し、しっかりと守備的な役割を果たした。遠藤、中沢も好プレーを連発し、調子の良さを見せてくれた。

 ただ、仲村あん子だけが突破口を見出せず、大下少年に敗れ続けた。仲村の余裕が削げ落ちていくのを、俺は黙って眺めていた。

 





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