(8)
私はヴァルツと穏やかに話す以外、暇な日々を送っていた。ヴァルツから簡単に説明を受け、自分がなぜここにいるかも理解したので、暇つぶしが欲しいなどとても言い出せなかったのだ。
とは言え、寝て過ごしてばかりでも健康に良くないし、今までが今までだったのでろくに体力のない私は、ヴァルツの監督の元、与えられた部屋の中を歩き回ることになっていた。以前いた部屋は狭く、外部の音も一切入り込まないつくりだったので、三方の白壁と明り取りの窓、薄い布で囲まれたこの部屋は、様々な音が聞こえてきてそれだけでにぎやかに感じる。ただ歩き回るだけでもあまり飽きなかった。
それから、もう一つ飽きない理由があった。
「お嬢様、おはようございます」
「……、おはよう、ございます」
ヴァルツが会話の練習もかねて、と連れてきた身の回りの世話をしてくれる少女のレイナだ。落ち着いた声音で話し、おっとりとしている。私の覚束ない会話を苦にする事もなく付き合ってくれる。おかげで、最近は挨拶くらいならぱっと思いつくようになった。……口に出るまでに時間が掛かってしまうのだけど。やっぱり、独り言のように呟くのと、誰かに聞かれていると思いながら声を出すのでは勝手が違う。
「本日はラディ殿下がおいでになるようですよ」
「ラディ、殿下……?」
はて、誰の事だっただろうか。「殿下」と言うくらいだから、本の知識が正しければ王族かそれ相当の立場の人であるということだろう。そんな雲の上と言うか別世界の住人に知り合いはいなかったはずだけれど。
「覚えていらっしゃいませんか?ラディ殿下が閉じ込められていたティ様を最初に発見したと聞いていますが」
「……、…………」
もしかしてあの人だろうか。閉ざされていたあの部屋の扉をあけ放ち、険しい表情でこちらを睨んでいた、あの。親しいなどとはもちろん言えないし、むしろ嫌われているように思う。聞き違いでなく、認識が正しいのであれば、あの青年が会いに来るということだ。……理由が全く分からない。