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第一章
かりかりと硬いものがこすれる音。かちっ、かちっ、という歯車の噛み合う音。金属の奏でる音たち。いつもの音に、私はゆっくりと目を開けた。
きりきりと発条の巻かれる音が消えて、足音が遠のくのを待ってから厚手の天蓋から垂れる幕を開いた。
〈おジョウさま、チョウショクのヨウイがデキています〉
一本調子の機械音声が朝食を知らせる。音を発したのは、ブリキでできた四角い部品をつなぎ合わせた人型のロボットだ。似合わないフリルのついたエプロンと、人間の頭にあたる部分にある謎の突起に申し訳程度に巻かれたピンクのリボンが、それが女性を模したものだと教えてくれる。
エプロンの腰ひもが引っかかっている発条を巻かなければ動かない彼女は、私が物心つく頃にはそばにあった。とはいえ、することは時報のようなもので、食事の合図と一時間ごとの予定についてしか音声を発さない。
誰が決めているのか、彼女の時報は毎日食事の時間以外違うもので、律義に毎朝発条を巻きに来る人物のことも含め、私にとっての謎だ。私の部屋には彼女と、自発的には動かない金属のおもちゃがあるばかり。いや、辛うじて分厚い天蓋付きのベッドがある。とは言え、物心ついてここにいた時からこのベッドも変わらない。記憶の最初のころは大きすぎたこのベッドも、今は丁度いい大きさだ。
発条を巻きに来る人物が置いているのか、今日の着替えを手早く済ませ、扉の近くの籠にそれまで着ていたものを丁寧に入れる。内側からは開かない扉の前には、金属の箱に入った今日の分の食事があった。
同じ大きさの箱が三つ分。朝、昼、晩、三食分。いつも、食べきれるギリギリの量だ。
朝の分を指さしで「かみさまのいうとおり」と呟きながら選ぶ。いつだったか、遠い記憶でこれを教わった時のことがよみがえる。長い時間がたっていて、もう細かいことは思い出せない。光を背にした小さな人影が、私の足元に置かれた何かを指さし、「かみさまのいうとおり」と唱える光景だ。
ぼんやりしながらも朝食を食べ終え、まだ食べていないものと区別がつくように置く。
〈おジョウさま、ドクショのジカンです〉
「わかったわ」
時報に返事をするなんて、おかしいのかもしれない。けれど、そうでもしなければ、私は喋る事を忘れてしまいそうだった。