(9)
理由が分からなくても、彼は会いに来た。鋭い眼光と険しい表情を携えて。
「気分はどうだ?フロレンティ姫」
「……」
よくないです、などと言うわけにもいかず、私は沈黙を返した。
「ヴァルツからある程度のことは聞いている。あなたが半ば強制的に閉じ込められて過ごしてきたことも」
だから何だというのだろう。初対面で結構な剣幕の詰りを受けたことはまだ記憶に新しい。ついでにその直後に感じた激痛も思い出し、思わず眉を寄せた。それをどう受け取ったか、目の前の男性はふっと鼻で笑う。
「あなたが私をよく思わないように、私もあなたの罪がなくなったとは思えない。……ある種の貴重な存在ではあると認めるが」
「……貴重?」
首をかしげると、青年は案外穏やかにうなずいた。
「まぁ、もろもろの説明やら提案やらがあるが、まずは自己紹介だな」
そう言って手近な椅子を引き寄せ、音を立てずに座った。因みに私はヴァルツの監督の元、運動をしたばかりでベッドの上だ。上半身を起こしてはいるが、見ようによってはだらしなくも見えるだろう。青年は、そのことには特に何も言わなかった。
「私はラディオルツ。正式名称は国名やらなにやら続くが長いので割愛だ。この国の第四王子で、現王の五人目の弟だ」
そう言った時、彼は意味ありげに暗い笑みを浮かべたが、それをすぐに翻し真顔になる。
「親しいものや信の置けるものにはラディと呼ぶように言っている。あなたは口がうまく回らないそうだから、特別にラディと呼ぶことを許可しよう」
何処までも偉そうにラディ殿下は言った。初対面も衝撃的だったが、二度目も私は面食らってしまってろくに返事もできなかった。ラディ殿下は、しばらく黙っていた。
「はぁ……。返事もできないのか?ここは、『光栄です』とでも言っておけ」
「……。『光栄です』殿下」
一先ず言われたとおりに言ってみたが、ラディ殿下は気に入らないようだった。
「教育もろくに受けていないそうだしな……、おいおい、自分の為に教育係でもつけるか……」
初めてラディ殿下の皮肉気でも偉そうでもない声音を聞いたが、内容は決して聞いていて気持ちのいいものではない。馬鹿にされているようなものだ。