君の視線の先は
いやらしい目つき。
ルドルフが疑問を持つ。
「あれは、一体何を見ているんだ?」
彼の問いかけには誰も答えることが出来ない。それは当たり前のことだ、怪物は今怪物らしくない行動に出ようとしている。怪物はあくまでも心のないおぞましい存在で、その行動の意味を察せられるほどの親近感など微塵もない。
ただ、俺だけが怪物の目的を想像することが出来ていた。それでも言葉として報告する勇気が湧かず、確信を得るため、というわけでもないがただ怪物の目的として可能性の高い、時計塔を見つめることしかしなかった。それこそ上から下に至るまで、じっくりと。
怪物の顔面が、いよいよ限界まで引き延ばされる。そうすると皮のひだに埋もれていた眼窩が発掘され、その中に埋め込まれている眼球が電球の光の下に晒された。
怪物の眼を見る。その眼は黒目が小さく白目が多くある眼で、とても豚らしくない眼。人間の顔面についている、気持ち悪い眼球によく似ていた。
いかにもいやらしく動きそうな眼は、相変わらずとある方向を見続けている。眼球だけではない、三角形の薄い耳や心臓型の鼻、歯がぎっしりと生えたよだれまみれの口。怪物の感覚と思わしき部分全てが、もはや俺達を見ようとしていなかった。
「aa.aa」
そして再び動き出す。
「目標が動き続けている。何処に向かっているんだ?」
ウサミが疑問を呟く。
「それは…」
ソルトは言葉を詰まらせる。ナビゲーターたちは怪物の行動を理解できず、疑問に身を浸していた。
その間にも怪物は、緩やかに前進を試みている。その肉を磨り減らすような歩みは、確実に時計塔のある方向へ向いていた。
「あ、あの!」
意外にも俺は声を出していた。原因はよくわからないが、たぶん怪物の姿を見ていられなくなったのだろう。
「どうしたヤエヤマ君」
今度はウサミが声に気付いた。俺は言葉を続ける。
「あの怪物は、無イとかってやつは多分、真ん中の方に進んでいます」
自信が持てない意見は、己の中に確信があってもスムーズにいえない。
「真ん中?」
ウサミは俺から与えられた不明瞭な情報を、ほかの情報と照らし合わせる。たぶん目の前のディスプレイを見ていた彼は、都市をかき分ける怪物がどの方向に進んでいるのかが見えた。
「そうか、時計塔に向かっているのか!」
ウサミは見事に俺の言いたいことを言い当てた。そして、
「…なんで時計塔?」
新たなる疑問に声を濁らす。
その問いかけにも一応答えられる。だがあまりにも馬鹿げた答えになってしまいそうで、喉から出かかる言葉が舌の上で詰まる。ウサミを含めた隊員たちは、はたして時計塔の山羊に気付いたのだろうか。まさか俺みたいに呑気に、作戦中に山羊に注目したものなどいないだろう。実際にウサミが怪物の行動に疑問を持っている。まさかあのおぞましい存在が、美しい芸術作品に心動かされたなんて、そんなメルヘンなことを言える思い切りは俺にはなかった。
時計塔の音はラジオ放送でほかの地区の住人にも聞くことが出来ます。昔はテレビを使用していましたが、現在では使われていません。