芸術は時計から現れる
観音開きから現れたのは。
それにしてもむなしいものである。時計塔は誰にも耳を傾けられることなく、まるで空に向かって大砲を打ち上げるように、鐘の音を鳴らす。
それも仕方のないことだ。だって今この地下世界は、謎の巨大怪物に侵入されているのだから、むしろ人がいてはいけないのである。もちろん怪物と戦うために集められた、優秀な隊員達も音色に耳を傾けるなどという、呆けたことなどしない。
ただ俺と怪物だけが、時計塔から奏でられる鐘の音を、感情もなく英語のテストみたいにリスニングしていた。
やがて鐘の音が尻すぼみに小さくなっていく。音が流れていた時間は、間延びしたメロディーに気を取られがちだが10数秒ほどしかなく、大体小学校のチャイムぐらいの長さしかなかった。
それなのに不思議と長い時間を錯覚したのも、やはりあの何とも言えない、行ってしまえば間抜けな音程のせいかもしれない。正直ようやく音が止んだことに、俺は微かな安堵を感じていた。
しかし残念なことに、時計塔の活動はそれだけではなかった。音がなくなった静寂の時計塔の時刻を掲示する文字盤、俺の買いでいう所のギリシャ数字によく似た文字が、これまた俺の世界にあるアナログ時計によく似た配置で時を刻む盤。灰色の街に埋もれる巨大な円が、中央から少しずれた部分で縦に真っ直ぐ割れる。そして左右両側に、歪な対象でぱかっと開いたのだ。
なんていうんだっけああいうの。そうだ観音開きだ、仏壇とかにある扉。じゃあもしかしたら、なんかすごいのがあの中から!
そんな期待を抱いたが、時計塔の中から出現したのは別段ありがたみのないものだった。
「あれは、山羊?」
それはまさしく山羊であった。白い体毛を模った、所々黒ずんだ偽物の顔。いやに大きくつぶらに埋め込まれた、らんらんと輝く偽物の黄色い眼球。貯金箱の穴みたいな瞳孔が、生き物を意識した偽物らしい動きをしていた。
時計塔から現れた巨大な山羊は、んめえええっ、と高らかに本物らしい偽物の鳴き声を発した。
何故に山羊。
「山羊の頭が現れるんです」
バルエイスのガイドブックが、ソルトの声で脳内に再生された。車の中で平和にそれを教えられたときは。
「へえ~変なの~」
としか思えなかった。だがこうして実物を見てみると、なんとも言えない感想が沸き起こってくる。
命に係わるストレスで、美的感覚が狂っているのかもしれない。しかしそのフィルターがあったとしても、あの山羊はなかなかに優れた作品であることは変わらないだろう。
なんていうか、具体的に説明できないが、とても芸術的な山羊だった。本物のようなリアルさの中に、作り物らしい美しさが同時に表現されている。非現実な愉快さが、あの山羊には表れていた。
俺は不思議と山羊の姿に釘付けとなった。耳の端でソルトが機体の損傷具合を確認していたり、ルドルフがてきぱきと指示を渡し、ウサミとムクラがそれにしたがって着々と仕事をこなしている、そんな忙しい空間で俺は一人、液体に浸りながら芸術に浸っていた。
いや、違う。山羊を見ているのは俺だけじゃない。
「@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@?@@aaa!aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
怪物が鼻を鳴らして叫んだ。
山羊の時計は、とあるゲームを参考にしました。そのゲームは私の人生の宝物です。