出汁の種類
御出汁は何にしますか?
「ぎゃあああっ?!」
黄ばんだ歯がずらりと覆いかぶさっている。ピンク色の肉が、ぬらぬらと生温かく輝く。ため池の水みたいな色の唾液が、ぼたぼたと頭上に降り注ぐ。
気持ち悪い、命が脅かされるほど気持ちが悪い。俺は今、怪物に食われている。
「機体が!機体が襲われています!早急に退避を!」
ソルトの悲鳴が、ノイズ交じりに聞こえてくる。
「操縦士!!」
ルドルフがウサミに向けて叫んだ。
「了解!皆さん歯ァ食い縛れ!」
ウサミが気合を入れると、機体が大きく動き始めた。彼はきっと全力でハンドルを握り、ペダルを壊す勢いで踏みしめている。俺の視界、部屋のディスプレイが目まぐるしく、横滑りに移動し始めた。
「全速後退!」
ウサミが声に力を込める。機体にへばりついた怪獣を引き剥がすために、予備の動力を使用して妖獣を後退させているのだ。
赤い妖獣の足に取り付けられた、金属質のタイヤが回転する。地面と摩擦することで発生する高音が、俺の鼓膜を突き刺す。
急激な運動に驚いた関節部分の、不満げな軋みに俺は申し訳なくなる。
妖獣は獣の名に相応しく、素晴らしい馬力を持っていた。予備電源をフルに消費し、汚らしく接近してきた怪物から、荒々しく乖離する。
肉が擦れて破れる音がダイレクトに脳へ届いてきて、俺は眩暈を覚える。妖獣によって、怪物の肉体に新たな噴水が造られる。
怪物から離れ、その水しぶきを眺めていると、意識が遅れて戻ってきた。
俺たちは怪物に襲われたのだ。
怪物はその不気味で醜く愚鈍そうな見た目に反し、驚異的な俊敏さを肉と骨に秘めていたのだ。
強引すぎる形状で生やしている、四本の人間の手足。それを豚、もしくは猪らしく作動させて、まさに猛獣の如く猛突進してきた。
俺は上半身に痛みを感じ始める。
「くそっ、まだ引き剥がせないのか!」
ルドルフが歯痒そうに叫ぶ。
妖獣の必死の退避も空しく、怪物は依然として機体にひび割れた牙を突き付けていた。
「操縦士!もっと速度をあげろ!」
「これ以上は無理ですよ」
ルドルフの叱咤に、ウサミは淡々と答える。見事に感情が対比していた。
「すごい顎の力だな…」
上半身、主に肩あたりの痛みが現実味を帯び始める。それはまるで、何か太いもので肉を抉られているような痛みだった。
「これだったら鰹節も丸ごと食えるんじゃないかな…」
痛覚は意識を変な方向へ持っていく、なのでこんな場違いな台詞を吐いてしまう。
「いやいや、こんなのは序の口だよ」
聞かれたくないことに限って、変な奴に聞かれてるものなのか。ウサミが不適に不敵な笑みを発した。
「それに僕はどっちかっていうと、煮干しの方が好きだ」
なんの話だコンチクショウ。一瞬苛立つも、目の前の危機が感情をすべて吹き飛ばす。
「なんて、言ってる場合じゃなかった」
ウサミが呼吸を短く、深くする。
「現実逃避は後でしましょう」
俺はウサミに、そして自分に言い聞かせた。
怪物の牙がさらに食い込む。痛みを堪えるために、俺は歯を食い縛った。俺も今なら鰹節を食えるかもしれない。
私は味の素派です。