温かい噴水
生臭いにおいが鼻腔を刺激する。
5本、きっちり備えられた指が地面を掴む。怪物の腕の、無駄にたくましい筋肉が稼働に向けて、水のように波打つ。それに連鎖して、骨と皮の胴体から緑色に着色された水しぶきがあがった。
それは怪物の、蛆のように白い皮膚に無数に突き刺さった鉄パイプや、鉄骨から吹き出ている。たくさんの細かな、と言っても人から見れば大きな穴だが、そこから緑の液体が止めどなく噴出している様は、まるで前衛的すぎるデザインの噴水のようだった。
溢れる液体は真下の地面を染めて、湖と見紛うほどの水溜りを作り出していた。人間の手がその中を、びちゃびちゃと遠慮なく進む。
生臭さが俺の鼻に侵入し、脳に不快感を与えてくる。気持ち悪さと吐き気を誤魔化すために、口を手で覆う。
しかし自分の所作に、自分で疑問を持つ。俺は今室内に、液体内にいるのだから外の匂いが伝わってい来るはずがない。そう思って落ち着こうとしたが、出来なかった。たとえ嗅覚が錯覚していても、怪物が与えてくる視覚的な恐怖が、精神を絶え間なくべっとりと攻撃してくるのだ。
目を閉じろ、瞼を下げればあれを見ずに済む。冷静さが指摘してきた。しかしどうもそれすら出来ずにいる。俺はあの怪物から目を離してはいけない。そんな強迫観念が、脈絡なく浮かんできていた。
「……」
俺の強迫的な思考は別として、ほかの4人の隊員たちは皆一様に、同じ感情を浮かべていただろう。表情を確認するまでもなく、あの怪物を見た人がすべき反応なんて、限られたものだ。
「隊長」
そんな状態でも、ウサミはこの場においてただ一人、極力まで動揺を抑え込む術を知っていた。部隊の年長者はとにかく冷静に、仕事を果たそうとしている。
「隊長、敵が動き始めました。指示を」
お願いします、とでも言いたかったのかもしれない。しかしその言葉は途中で遮られ、誰にも聞くことができなかった。
張りつめた嫌な熱さのある衝撃と共に、視界が掻き乱れる。何が起きたのか、即座に対応できなかった俺は部屋の壁、映像の中に背中をしこたまぶつけてしまう。
「うぐっ…」
息を詰まらせていると、けたたましい警告音が耳をつんざいた。
「衝撃を感知!衝撃を感知!」
ソルトの悲鳴にも似た報告を、ぼんやりと耳にする。いったい何の衝撃なのか、遅れてきた痛みに歯を食い縛りながら考察を巡らす。
「ううう…っ」
押し殺した悲鳴が聞こえる。そのすぐ後に、
「総員状況を確認せよ!」
ルドルフのしっかりとした指令が鳴り響く。
「映像が乱れている、早急に修復しろ」
「はっはいぃ」
ルドルフの命令に、ムクラが返事をした。確かにおれの視界も、ざらざらと乱れていた。さっきの衝撃で、何かが故障したのか。
「修復しました、映像を出します」
仕事を的確にこなしたムクラの声の後、視界が回復した。
「ひっ…」
そして俺は悲鳴をあげる。
最初は透明の液体にしようと思っていましたが、それも変更して緑にしました。