呼吸を忘れないで
べとべとの粘液がこぼれ出す。
ひい、と誰かが悲鳴をあげた。この状況においては、誰が言っても問題ない。
「も、モンステラ…!」
ようやく言葉を発することができたのは、ムクラであった。彼が恐れのあまり喉を硬直させたのを、俺は呼吸音としてうっすらと認知していた。
こんな事をこんな状況で補足する必要性など微塵もないが、あえて言わせておこう。ムクラは決してサトイモ科の多年草のことを、おどろおどろしく呟いたわけではい。
言葉の使い方は奇をてらっていても、その表現は悲惨なまでに明確で正確だった。その怪物はまさにモンスターの名に相応しい。意味を何重に重複しても、言葉だけでは伝えきれないほどのおぞましさだ。
「どっちかていうと、キマイラっぽいね」
ウサミがうそぶいた、四文字の単語の意味を理解するのには少々時間がかかった。きまいら。
「キメラか」
自分なりに解釈した三文字に、俺は一人納得する。確かにあの怪獣を例えるなら、その言葉はぴったり見事に似合う。
人間が豚に、あるいは豚が人間に無惨な合成実験で、無残にも合体してしまった悲惨な物体。それが今のところ怪物に対して抱ける、最上限の褒め言葉だった。
怪物は人間の手足を動物らしく伸ばして、自身の体を覆い突き刺していたパイプの瓦礫から、ごろごろと這い出ようとする。
「aa/aa/aaaa」
だがその巨体のどこかが引っ掛かっているのか、体が上手く動かないらしい。ハートの鼻から耳障りな呼吸音と、謎の緑色の粘液をねっとりとこぼしながら脱出に苦戦していた。
がらんごろん、と怪物の体を隠していたパイプと土、その他雑多な残骸が次々と地面に落ちていく。
その様子を俺は、隊員達は悲鳴を押し殺して見守ることしかできなかった。怪物が動くのを、出来ることなら阻止したい。目的は異なれど、この場にいる全員がその願いを求めていた。そうしなければ、怪物の姿を見る羽目になる。
しかしみんなの願いは、叶えられなかった。やがて救いの瓦礫は、全て地に落ちていく。
「…う」
あらわになってしまった怪物の体、それはもう耐え難いものだった。俺は喉元を逆流してくる吐き気を、嫌悪感で抑え込んだ。寒気に肌が硬くなる。
怪物の体は最低限、本当に最低限に豚の特徴を持ち合わせている。だが決定的なまでに、その胴体は豚とは異なっていると断言できる。
その体には俺の知る、食用豚に備わった豊満な肉体が全くなかった。妖獣と引けを取らないほどの巨大さがある胴体は、まったく肉がなくまさしく骨と皮しかない。
手足の筋肉の盛り上がりが胴体と重なり合い、もはや憎悪を叩き付けたくなるほどの不快感を奏でていた。
鼻炎ってすごく辛いですよね。