歩くごとに爪がめくれる
肉の塊に、少年は何を思うか。
「豚だ」
この例えには大きな誤りがあることを、言葉を発した本人が認めなければならない。
それはまさしく豚ではなかった。しかし同時に、どうしても豚を連想せずにはいられなかった。
そもそも豚ってどんなのだっけ?日常でお世話になりまくっている、感謝すべき動物なのにもかかわらず、俺はその生き物の姿をこの時だけど忘れしてしまう。
あの特徴的な、ピンクのハート型の愛らしい鼻を豚の存在意義として考えるなら、今地面に横たわっているあれを豚と認めるべきだ。だけどどうしても、それができない。あれを豚と思うことは、絶対にしたくなかった。
あれには一応、ほかにも豚としての要素が詰め込まれていた。それは例えば、白い体毛に包まれたぺらぺらの耳であったり、くるりと回転した尻尾などその傲慢な巨体の割には、しっかりと真面目に豚としての存在価値を保とうとしている。
だけどやっぱり。
「何だあれは?」
巨大なあれが足を動かす。あれの足は硬い地面に、じっとりと柔らかく食い込む。
その肉の陥没を見て、俺はようやく一つの確信を得る。ああそうだ、おかしいだろ、豚はそんな気持ち悪い歩み方をしないはずだろ。
あれはもう一度、緩慢に一歩肉を食いこませた。嬉しくない一歩だ、おかげで俺の確信がさらに深まってしまう。その確信はおそらく、この兵器内にいる人物全員が抱いたに違いない。
不遜にも豚の姿をかたどったあれには、豚であるべきものが圧倒的に、断腸しそうなほど欠陥していた。
あれには偶蹄類がが持つべき、桜の花びらに似た可愛らしい蹄がなかった。
また一歩、あれが地面を踏みしめる。柔らかい皮膚が、そのずっしりと重たそうな体を本格的に支え始めた。
まさしく、柔い皮膚に包まれたその四肢が、あれの存在の異様さを痛々しく訴えていた。
あれ、あの怪物の手足には、それぞれ五本の指がびっしりと生えてた。その指はついさっきまで、天井から生えていたあのハナモグラ、もしくはイソギンチャクを形作っていた巨大な手だ。
巨大な人間の手と、豚の体を脳内で合致させることができず、実例が目の前にあるくせに俺は、ぼんやりと現実逃避してしまう。
豚に人間の手足が生えている?あるいは人間の手足が豚にくっついたのか、どっちでもいい。
怪物は生まれたての小鹿の如く、しかしそこから神聖さをごっそりこそげる体で、四肢を地面に突き立てた。
そこでさらに陰鬱なものを見せつけられた。怪物の前足が、最後の抵抗と言わんばかりに、動物的な屈折を見せ始めた。
何もそんなところで豚らしさをアピールしなくてもいいのに。俺は怪物の骨格を手前勝手に非難した。
「あれ」は最初人間みたいな間接にしようと思いましたが、姿を想像してみて変更しました。