本物より優れた偽物
裂け目に少年は何を思うか。
この異世界には、つまりバルエイスという名の政治的共同体は地下に存在している。ということはここに住んでいる人々は、必然的に空を拝むことができない。どこか監獄然とした環境を受け入れることが、この世界においての常識であった。
だからなのかと、単純に結び付けるわけではない。だけどバルエイスの都市のひとつ、アラジステムがある区域に来た時からぼんやりと視界に入っていたものがある。
それは巨大な天井だ。地下深くに存在する密閉された都市ならば、天井は必要不可欠なものだ。それがもしも、いわゆる地下道とか地下街とか地下鉄とかなどの、俺が知っている当たり前の天井だったならば、まったく無視できたかもしれない。だけどそうは出来なかった、なぜならここの天井はそれなりに、人の目を引く天井だったからだ。
この世界の天井には星空が施されていた。もちろん本物の空とは全く異なる。
オゾン層越しの宇宙空間であるべき実体のない暗闇の代わりに空を覆うのは無数の鉄パイプであり、それには触れれば硬そうな実体と実用性がある。おそらく都市から発せられる生活排水の処理に使用していたのだろう。
そして星空に瞬くべき星の役割は、無数に発行する人工灯が担っていた。かなり巨大な発光体が寄り集まっている様子はまさしく、小規模の宇宙空間のようであった。もちろんそれらの光は、人の生活のために存在しているものであって、俺の抱いた散文的な印象はあくまで地球的なだけの見解かもしれない。
それでも俺はあの天井に星空を描かずにはいられない。だってただ生活のためだけに光を配置するならば、あんなにも美しくする必要があるのか。
昔あまりにも家にいたくなくて、引きこもりを自覚しているくせにふらりと、近所のプラネタリウムにほぼ自棄気味になって一人鑑賞しに行った記憶が今更になって、ぽつりと蘇った。
この世界の天井は、プラネタリウムにそっくりだった。本物ではなく、しかし本物よりも自在に美しくなれる人工物。綺麗に作られた偽物の星空の下で人々は生きていたのだ、少なくとも昨日あたりまで。
ばきばきばき。ぼりぼりぼり。嗚呼でも、なんということだ、大変なことが起こった。
天井には大きなひびができていた。冬によくできるあかぎれみたいなひび割れ、それがでかでかと天井に走っている。
細かな光が無数に落下してきたので俺は雨を疑う。だがここは地下なのでそんなものが降るわけない。雨粒だと思っていたのは、硬く薄いガラス片らしき欠片だった。ひび割れが作られる衝撃で、星空を作っていた人工灯が割れてしまったのだ。もし生身の人がいたならば、ガラス片が肉に刺さって大惨事である。だが幸いなことに血の匂いはしなかった。皆どこかに避難したのだら、それも当たり前か。
ガラス片は遠慮することなく、都市にざくざくと降り注ぐ。しかし妖獣の方は全く問題なく、悠々と破片を弾いていた。
明日から星空の一部がこの世界から失われることを考えると、俺は他人事のように残念がった。
プラネタリウムはダンベルに似た形のやつに、そこはかとない浪漫を感じます。