タンチョウの頭の、赤い部分は羽毛ではない。
時計塔に少年は立つ。
不快感のある浮遊感が、爪先から下半身を支配した。
「あわわわ…」
ビビった故に情けない声を発し、無意味に両足をばたつかせる。
脳の無駄に冷静を装いたがる部分が、今更ながら今までの状況を確認し始めた。はっきり言ってしまえば、俺は絞め技を食らった後に目を覚ましてから一度として、床なんてものに足を着けてはいなかったのだ。だって液体まみれの一室に密閉されていたのだから、体内の脂肪が身体を勝手に浮遊させてしまうのだから。現実の日本だったら、給排気用装置も付けずに俺のようなろくに訓練もされていない奴が、液体に密閉されれば一分も生き延びられないだろう。だけど口惜しや、此処は不思議な異世界なのである。呼吸に関しては何の問題もなく、俺は室内を金魚の如く泳ぐことが手来ていたのだ。
それなのに、今は温い水中ではなく冷たく冴えわたった、だだっ広い空中に移動してしまった。
視界が広がったことによる憎々しい清涼感が、穏やかに眠っていた皮下の神経をぶすぶすと突き刺し目覚めさせる。
慌ててはいけない、とりあえず落ち着こう。そんな空しい理想論が脳膜にじわりと広がり、網膜が渋々従う。
目で周囲を観察してみる。いちいち確認しなくともよいことだが、俺はすごく高い所にいた。それは何処なんだと誰かに聞かれたら、視線を明後日の方向に向けるしかできない。なにしろ俺はこの世界を、己の足でまともに歩いたことすらないのだ、土地勘なんてものがあるはずもない。あえて具体的に説明するならばある程度都市を、アラジステムという名の広大な地下都市を一望できる場所。
と、そこで俺はひらめいた。アラジステムで一番高い所、都市のランドマーク。
「時計塔だ」
先ほど土地勘がないと自負しておいて、ちゃっかり観光名所を憶えているところに俺は自身の異物感を再認識せずにはいられない。なんにせよこんな形で、ソルトの観光ガイドが役に立つとは。知識の有用性とは本当に把握できない。
「ぜ、絶景かな…」
頭の中で色々思考をこねくり回そうが、瞳に映る現実に変化は現れない。なのでせめて風流な台詞を吐いてみた。そうでもしないとこの戦慄の風景に、全身を磔にされてしまいそう。あるいは他人の金で貪った焼肉が、無料の水と一緒にナイアガラよろしく体外に排出されてしまうか。そんな悲劇はどっちもお断りだ。
ああでも畜生、見てもろくな目に合わないものに限って好奇心が反応しやがる。これがいわゆる見るなの法則なのか、俺は鶴に同情したくなった。
よく見ると赤ではなく茶色だったりします。